第八話 サイタマーの大勝負
~~~~~「サイタマーに関する成句」[王国故事成句集]より引用~~~~~
『サイタマーに関する成句』については、その成立時期は主に
『古代サイタマー帝国時代』と『王国時代』の二つの群に分けられる。
このうち、『古代サイタマー帝国時代』のものについては例えば、
・サイタマーは一日にして成らず。
・全ての道はサイタマーに通ず。
・敢えて言おう、サイタマーであると。
・サイタマーではサイタマー人達がするようにせよ。
・国破れてサイタマー有り。
と言ったように、偉大であった『帝国の威信』を感じさせるものが多かった。
これが一方『王国時代』、すなわち『悪徳の都 サイタマー』に関係した
一連のものになると、その様相は大きく様変わりすることとなる。
・グンマーサイタマーに近寄らず。
・トチギーにサイタマーを正さず。
・今のはタマでは無い、サイタマーだ。
・よいか、一つ一つはタマでも、二つ合わさればサイタマーだ、
サイタマーとなったサイタマーは無敵だ!
・このサイタマーを極めることにより、
攻撃効果は120%上昇、
防御面では63%上昇、
サイタマーを極めた者は無敵になる!
・サイタマーじゃしょうがないよ、だってサイタマーだもの。
その名は恐怖の代名詞であると共に、ある種畏怖の対象となって評価されて
いる傾向が窺えようか。
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……私達は今、何故か例の古代遺跡を再訪しています。
ここは、調査もだいぶ前に終了し、ごくたまに物好きな学者などが訪れるのみとなった『例の古代遺跡』である。
今回キットのたっての要望により、私達は再びここに来ている。
何でも、前回から気になっていたことがあるのだと云う。
「左手のリハビリも完了したから、探知は何でも来いってとこです。今なら、前に気になってた場所も調べる自信があります。」
自身満々な様子のキットに、私は励ましの言葉をかける。
「……それから、ノノワはくれぐれも『変な物』には触らないでくれよ。私も気を付けるから。」
そう、魔法関係の仕掛けは本当にもう『こりごり』であった。
やがて、キットが何やら壁に手を付けて感触を確認し始める。
「……っと、やっぱりそうだ。ご主人様、ここの壁の向こう、部屋がありますね。」
これは思いがけない発見だ。自然、期待も高まる。
魔力検知で特殊な罠などについて確認しよう。
何事も安全のためである。
異常無し、そしてますます気分は盛り上がった。
アルスラはつるはしを振りかぶり、強く壁に打ち付ける。
やや低い破壊音の後、壁に穴が開いた。
こういう場所の場合、たまに内部に毒ガスが充満していることがある。
念の為、続けて解毒魔法を全員に掛ける。実際には何も無いようではあったが。
壁の向こうには、確かに空間が広がっていた。
……ただし、存在していたのは『空間だけ』であったのだが。
一時は期待していただけに、思わずため息が漏れる。
キットが部屋の隅に何かを見付けたようだ。
よく確かめてみる。
其処にあったのは、『魔法鋼』のインゴットだった。
『魔法鋼』とは、普通の鋼を魔法で変質させ、強度を上げて魔力の通りも向上させた金属である。
エンチャントと呼ばれる強化系の魔法とも相性が良いので、魔法の掛かった武器、所謂『魔剣』『聖剣』の材料として使われることも多かった。
ただし、開発そのものはかなり昔、すなわち古代サイタマー帝国などの『古代魔法文明時代』であるので、今となってはやや手垢の付いた素材であることは否定出来ない。
当時は最先端の相当に高価な金属であったが、今では値段も"そこそこ"なものへと変わってしまっている。
これもまた、時の流れと時代の変化というものであろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
他に大したものも無かったので、私達は自宅に帰ることにした。
見付けた『魔法鋼のインゴット』は結局持って帰っている。
……ちなみに結構重かった。
「……あそこはどうやら、物置かなんかだったようだね。偶然、残されていたんだろう。」
ノノワは例のインゴットを指差す。
「第一発見者ってことでキットのものにしていいけど……どうする? 売るかい?」
「売っても……大した額にはならないでしょうし……はあ、どうしよ。」
とりあえず、扱いは保留ということにする。
「珍しいですね、アルスラ姉さん暇なときは真っ昼間っから……なのに。」
アルスラさんは、時間があると私と『或るスポーツ』に励むことが多いのです。
ええ、いつぞやも「子供は五人」とか言っていましたし。
「……まあ、何か他にも楽しみがあったほうが良いからなあ……」
……彼女の好きにさせることにする。私の体力にも限界があるので。
* * *
そして、問題のアルスラについては珍しく帰りが遅かった。
しかも、変わったお客さんも連れているようであった。
二人とも、すでに『出来上がって』いた。
「アルスラさんが酔っ払うなんて、どれだけ飲んだのでしょうか。」
とりあえず二人には、お茶を飲ませて落ち着かせる。
「……ふぅ……だいぶ落ち着いた、すまないなぁ、アイン殿……」
ゼフィは、それでも顔が赤く上気していて、結構色っぽい。
そしてアルスラは、半分眠りの世界に旅立っているようだった。
キットが、アルスラをベッドへ連れて行く。
ほどなくして、彼女の寝息が聞こえて来た。
「……それにしても、珍しいと言うか、ゼフィが酔ってるところは初めて見たような気がするね。ストレスかい? お城勤めの。」
「ん……そう……大変なんだよぅ……あたしも……。聞いてくれる……?」
そう言って彼女は話し始めた。
最初のうちは日常的な普通の愚痴や不満であったが……
次第に興が乗ってくると出るわ出るわ『ヤバい話』のオンパレードであった。
『お城』の機密を、こんなにあっさりと喋ってしまって良いのであろうか?
こっちとしても本気で心配になってしまうほどだった。
「……それだけ…アイン殿を……信用してんだよぅ。だからさ、仕事……手伝ってくれよぅ……。」
「あたしはぁ……こう見えても『王国巡検使』も兼ねてんだぁ。城主や領主が、王国に隔意を抱いてないかぁ……見張ってるのさぁ。」
……これなどは、『極め付けに』ヤバいネタであろう。
『王国巡検使』とはその名の如く、元々は任命を受けた使者が領地貴族の下を訪ね、不正や謀反などが行われていないかどうかを調査・監視する、というものであった。
しかし、肝心の王国巡検使本人が、監視対象の領地貴族と癒着する例が後を絶たず、制度の形骸化を招く事態に至っている。
そのため王国は、"密かに"王国巡検使に任命した者を各領地貴族の下に仕えさせ、内部からこっそりとその動向を監視させる、という手段を取るようになっている。
そう、例えば今目の前に居る『ゼフィ』などのように。
……無論、そんなことがバレたら、命の危険すら考えられる代物であった。
「……でさぁ……今の"クソ城主"じゃ明らかに『能力不足』だからぁ……上~~のほうから何とか追い出せ、失脚させろ、とか言ってくんの!」
「グンマー族の動きも最近怪しいからぁーー、お城も守りを固めなきゃいけないっていうのにーー、あたしにどうしろって言うのよぅ……。」
話したいことを話したら、ゼフィも眠ってしまったようだ。
とりあえず、今晩は彼女も泊まらせることにしよう。
私も休むことにする。悪い夢を見なければ良いのだが……。
* * *
さて次の朝、アルスラとゼフィの二人は流石に顔色が優れなかった。
「今朝は手軽なところで、大麦粥とソーセージのスープ、付け合せはザワークラウト(千切りキャベツの漬物)です。」
「……麦粥かーー、二日酔い後のお粥はお米に限るんだがなあ。」
「駄目です、米はパエリア以外に使うことは認められません。たとえご主人様でもそこは譲れないところです。」
「……そんなことよりアイン殿、昨日は何かマズいことは聞いてないよな?」
ゼフィの視線が微妙に所在無げに動く。
「……酒の上で、『禄でもない話』なんかしてなかったよな……?」
やはり何かしら記憶は残っているようだ。気になっていると思われた。
「……ええ、{極秘}な事とか、{機密}な事とか、{部外秘}な事とかは何も聞いていませんよ。」
さりげなく、フォローぐらいはしてあげよう。無駄かもしれないが。
ゼフィは頭を抱えた。
「……と言いますか、酔っ払ったぐらいであれだけ噴出したのですもの、もともと危うい精神状態だったのでは? 私たち相手だったのが不幸中の幸いかと。」
ゼフィの叫び声が響く。
「まあいい、こうなったからには、『最後の最後』まで付き合ってもらうよ、アイン殿……っ!!」
ゼフィが身を乗り出して来る。
どうやら、本格的に『陰謀』に強制参加させられるようだった。
…………やれやれ
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……さて、大っぴらには出来ないが、今、サイタマーには『大いなる危機』が迫っている!!」
ゼフィは、そういって説明を始める。
「ここ何年か、グンマー族が大人しかったのは何故だか知っているか?」
「それは、奴らの間で『大きな権力闘争』が起きていたからだ。そのせいで、グンマー族は外へと攻め込む余裕が無かった。」
「だが、我々が掴んだ情報によれば、その争いももうすぐ終わろうとしている。グンマー族が、再び一つになって王国に攻めて来る危険性が高まっているんだ。」
「……もちろん王国も馬鹿じゃない。それに備えて、国境の守りを固めようとしている。そのためには、優秀な将軍を『守りの要』に配置することが特に重要になるだろう。」
「だが、今その肝心の『守りの要』に居るのは、能力不足で、判断力に劣り、胆力にも乏しい無能な人物だ。これでは、勝利はおぼつかない!」
ゼフィの言葉は力強かったが、言葉の端々に危機感が浮かんでいた。
「であれば、その『無能な人物』には速やかに『ご退場』頂き、より優秀な者に挿げ替える必要がある。」
敢えて表情を消した顔で周りを見回し、そして
「王国にとっての『守りの要』、そしてそこに居座る『無能な人物』……」
一端言葉を切って
「ここまで言えば分かるだろう? 『守りの要』とはこの『サイタマー』のことで、『無能な人物』とは今の城主『ステーイシ城爵』のことだ!」
彼女は断言した。
「だが問題が一つある。その『無能な人物』は世渡りの才能にだけは長けているという重大な問題が……」
「私はこの数ヶ月、上の意思を受け、奴を失脚させるべく身辺を洗ってみた。」
「その手腕だけは、まさに天才的なものだよ! 褒めてやりたくなるぐらいに!」
ゼフィの顔が歪む。
「……というわけで、私も、王国の上のほうも、今は手詰まりの状態なんだ、残念ながら……。」
彼女の打ち明け話は、予想以上に深刻な話題でした。
何か、どんどん後戻り出来なくなっているような気がします……。
「城主相手なら……この間の『苺の件』なんかは駄目でしょうか? 一応、スキャンダル?ですよね。」
「はい、アレは『御用商人』のバルマー氏を通してるので難しいのです。あっちが勝手にやったのだと言い逃れ出来てしまうんですねぇ。」
「クソ城主がバルマー氏に借金でもしていたら、付け込む隙があったんですが。」
私の建策は、あっさりと却下であった。
「そんなもの何処の領主もやってるから駄目、弱過ぎ。ついでに言うと帳簿上では寄付金扱いで巧みに処理してやがるからかなーーり面倒。」
以下の二人も、ばっさりと切って捨てられる。
正直、我々如きでは打つ手無しであった。
「いいです、どんどんアイデア出して下さい、どんなものでも構わないから。」
とにかく何でもとばかりに、彼女は催促した。
「"失脚"が駄目なら、逆に"出世"させて閑職に押し込んじゃう、とかどうでしょうか? ほら、押しても駄目なら引いてみなーーってことで……」
その唐突な『天啓』に、ゼフィは思わず立ち上がるのだった。
……そしてここより、アインライト・ゼフィ合同パーティーによる一大作戦が開始されることとなった。
街の歴史にも、ギルドの公式記録にも『決して』記載出来ない秘密作戦が……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
計画の第一段階として私達は、サイタマー郊外に向かっているところである。
ここには、ゼフィとキットに当りを付けてもらった『通いの鍛冶職人』が住んでいるのだ。
さて、『職人』なら街内の『職人街』にいくらでも居そうに思えるだろうが、実はそうでは無い。
近年では都市の外に、言うなれば『準職人村』とでもいうべき場所が増えているのだった。
この事には、自治都市の中に住める職人とは『どういう身分であるか』ということを考えてみれば理解が早くなるだろうか。
答えは、『それは原則として"正式な"職人のみである』ということになる。
そして、『正式な職人とはギルドの正式な"親方のみ"が該当する』ということであり、その他の『より低い職分の者はその範疇には含まれない』ということでもある。
このうち、丁稚や見習い、徒弟といった『一人前とは見做されない者』は、親方の元で扶養家族扱いで居を借りることが出来るから大して問題ではない。
だがここで、『一人前だが正式な親方では無い存在』が問題になってくる。
彼らは、原則論的立場からは『都市の中に住むことが出来ない』のだから。
一般に『職人ギルド』というものは、職人達が団結することで、自らの立場を守り強化するための組織である。
従って、その構成員の『新規加入』については、ギルド内からの厳しい審査に晒されることが必然となる。
そしてここで、純粋に『技量』によってのみ加入審査が成されるのであれば良いのだが、現実はそうそう健全なものばかりでは無い。
ギルド的な本音で言えば、ギルドとは所詮自分達仲間内での利益を最大化するための組織であり、そこには『余計な余所者は極力排除する』という組織防衛の論理が働くものなのだ。
ここには、『ギルド』というものの本質的な問題点が透けて見えてくるのである。
ここサイタマーの職人ギルドについて言えば、その『親方株』は数が厳密に管理されており、『世襲によって株を受け継ぐ』か、『高額な手数料を払って株を買う』かのどちらかの方法が必須となっている。
当然、『腕前が良くても親方に成れない職人』というものが相当に発生する、というあまり『有難く無い結果』が待っている訳だ。
そういう人たちは、多くが特定の親方に所属する『雇われ職人』となり、都市の外に居を構え、そこから所属の親方の元に通う毎日を送ることになる。
そうした者達が集まって出来たのが、問題の『準職人村』というわけである。
そうして今回、我々が目を付けているのが、そういう『腕の良い、立場の弱い職人』なのだった……。
「私はその配下のキットです、よろしくお見知りおきを。あなたが鍛冶職人の『エイジェン』さんですね?」
こうして、交渉が始まる。
眼前の『エイジェン』氏は、歳の頃は三十歳半ばぐらい、青年から中年への端境期にいるらしき印象の男性である。
淡いブラウンの髪で中肉中背、温厚そうな印象でそこだけでは凄腕の職人には見えづらい。
だが、よく見ればその腕には必要にして十分な筋肉が付き、手の平のタコも鍛冶師に相応しい立派なそれであった。
家の中に散見される彼のものと思しき作品は、なるほど『若手では一番』と呼ばれるのに相応しい出来を誇っている。
腕前は、噂通り確かなようだった。
「ただし、条件としてまず、こちらの『図面』通りの形で仕上げること。」
そう言って、私はその場に紙を広げる。
そして、無骨な金属塊が鞄から取り出された。
イメージを正確に形にしてもらうために、私は事前に絵姿を作った。
古代帝国の資料を可能な限り参考にして、なるべく『らしい』ものに仕上げている。
また、材料として、持参した『例の』魔法鋼のインゴットを指定したのだ。
「それと……この材料は魔法鋼ですか……おや、これはひょっとして」
私が持参したものを眺めたのち、エイジェンが言葉を発した。
彼はあごに手を当てながら、不審そうな表情。
「しかも、わざわざ古代の魔法鋼まで用意するとは……いったい、どういうことです?」
さすがだ、この状況からそこまで読み取るとは。
「……ああっと、すいませんが私の口からそれを言う訳にはいきません。この件は、あくまでも『内密』でお願いします。」
とりあえず、口止めするしかないだろう。
私は、袋に入った金貨をそこに置く。やや重たい音が聞こえてきた。
この場は、有無を言わせない勢いが重要だろう。
時間と秘密を、お金で買うのだ。
「……あなたは、若手では一番の腕前だと聞いています。存分に、力を発揮して下さい。それと、くれぐれも仕事の事は内密でお願いします。」
「承知しました。この仕事、全力でもって当たらせて頂きます!」
どうやら、話はまとまったようだ。
「……さて、そういうことでしたらすぐにでも取り掛からせて頂きますが……その前に少し確認を。」
「『古剣の再現』ということですが、そうなると『技法』の方も考えないといけないのですがそこはどうしましょう?」
エイジェンはちょっと困ったような顔をしていた。
「……さすがに、古代の鍛冶の技法までは自信が持てませんが……」
「いえ、そこまではしなくて良いです。あくまでも、形と仕上げに重点を置いてください。特に、刀身と柄の細工にはこだわって欲しいのです。」
彼は、妙に関心したような様子。
「それと、刀身のこれは『古代文字』ですか……腕が鳴ります。」
そこは私も苦心したところだ。
『古代サイタマー帝国』の意匠にちなんで、ケヤキと桜草と白子鳩を盛り込んである。
『古代文字』も考証には相当苦労したものだ。
ここまでやれば、完璧なハズである。
「……そうそうそれと、この魔法鋼については、切れ端を別に十個ほど用意してもらえますか? 余った分で良いので。大きさは、これぐらい。」
両手の先で軽く輪を作る。手のひらぐらいの大きさだ。
……これについては、実は『ちょっとした』別の使い道があるのだが。
とりあえず、交渉としてはこんなものだろうか。
私達は、その場を後にする。
「もう! 出し過ぎですよ、ご主人様! あの程度の仕事なら、全部で一万で十分なはずです!」
……キットには、後でだいぶ怒られてしまったのだが。
後は、時間を適当に過ごしながら『剣』の完成を待つ。
その間、ゼフィには『お城』関係の根回しを担当してもらった。
何やら色々とやっていたようであるが、詳細については良く分からない。
……ついでに言えば、あんまり知りたくも無い。
* * *
待ちに待ったエイジェン氏の連絡が来た。
早速、剣を受け取りに行く。
その剣は、こちらの注文通り、いや注文以上の仕上がりであった。
魔法鋼の鈍い色合いは、無骨な中にも力強さを感じさせた。
刀身の刃紋は、乱れながらもひとつの統一感を紡ぎ出している。
古代文字の仕上げも、柄の細工も、実用性と芸術性の調和が取れている。
それは、確かに見事な出来映えのものであった。
エイジェンは、少し紅潮したような顔をしている。
緊張と、自負の表情が同時に読み取れる。
そして私は、礼金の袋を彼に渡す。
彼の顔には、やり遂げて満足したもののそれが浮かんでいた。
気分が良くなったところで、私から念を押す台詞。
「エイジェンさん、あなたが良ければ『親方株』のための資金を融資しましょう。もちろん、無償という訳ではありませんが……」
当然、彼には驚愕の表情。
「こちらの条件としては、まず今回の仕事について『決して口外しないこと』。それが守って頂けるならば、利子は相場の十分の一で構いません。どうです?」
「……は、はい、もちろんです! あ、ありがとうございます!!」
彼は、当然のように二つ返事で了承していた。
これはこちらとしても、相当な大盤振る舞いだ。
さすがにキットが、こちらを少し睨んでいたのだが。
帰り道、その話題で話をする。
「いえ、今回に限って言えば、そうでもないでしょう。ご主人様の狙いは、ああやって恩を被せることで秘密を外に漏らさないようにする、そのつもりでしょうから。」
「それに……ご主人様はそういう人です、そういう人ですから……。」
キットが、やさしく微笑んだ。
私も、ふと笑顔になる。
皆で、笑いあった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして『仕掛けの道具』が完成したからには、最後の仕上げに入る。
私達は、あの古代遺跡へと向かった。
……ここは、『物置』と呼んだ例の部屋である。
私は、そこの地面を掘って剣を埋め、『或る魔法』を唱えるのだ。
イメージを想起せよ。
形あるもの、時の流れ、全て過ぎゆく、流される。
なにものもトキのながれにさからえずヘンカする。
糸を捜せ、時間の糸、衰えの糸………劣化の糸。
そうこれはすべてのヒツゼンうんめいサダメにげられぬモノ。
糸を指で引き寄せ弾く、変化せよ!
ただそれだけつぶやく。
そこでは、剣の目映かった光が失われている。
魔法鋼には、確かに錆びが入っていたのだ。
…………失伝魔法の御術に依りて。
「よし、これで良い。これならまさしく『古代の剣』そのものだ。」
其処には、古ぼけ、錆びて、確かに時間を『経たように見える』古代の剣が横たわっていたのであった。
一般には、『魔法鋼』は錆びないものと思われているが、本当はそうでは無い。
非常に長い時間とそれなりの環境の下では、やはり錆びが生じるのである。
『劣化』の魔法は、敵方の武器や防具を劣化させて戦闘を有利にするために開発された魔法である。
がしかし、お世辞にも使い勝手が良いものでは無いため、ほとんど省みられることが無くなった代物でもある。
使用魔力と効果のバランスが悪い、はっきり言えば、費用対効果が良くないのだ。
私は今回、密かに作らせた『古代の剣』に、いかにも『古代遺跡から発掘された』ように見せるため、敢えてこの魔法を使用した。
無論、劣化の具合が進み過ぎても足らなくても不都合であるので、細かく条件を検討して最適な力加減で使用する必要がある。
例の『魔法鋼の切れ端』は、その辺りの力加減を確かめるために使ったのである。
……これにて、『準備』は全て整った。
後は実際に、『事を為す』のみである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ウラワン城』は王国本領を守る重要な砦の一つである。
よってそこを治める城主には『城爵』を宛てるのが普通であった。
『城爵』とは貴族の爵位の一つで、荘爵の上で伯爵の下に当たるものだ。
そして現在、このウラワン城の城主を務めるのが『ムオーブ・サポウト・オブ・ステーイシ』城爵である。
血筋はそこそこ、能力もそこそこと言われているが、城砦の司令官として、その評判は余り芳しいものでは無い。
根回し、お為ごかし、裏工作には長けるが、肝心な所での決断力や胆力に欠ける、との下の者からの判定であった。
そのステーイシ城爵は、執務室にて馴染みの御用商人、バルマーの訪問を受けている最中である。
城爵は、いかにも面倒げな様子で話を進めさせる。
「は、それでは。……お話というのは『コレ』にて御座います。」
バルマーは、携えてきた包みの布を開く。
そこには、錆びてはいるが、なかなかにしっかりとした作りの『剣』があった。
すなわち、アイン達が造らせた『例の古代剣』である。
「知己の冒険者が遺跡にて見出した逸品で御座います。私の見立てますに、『古代の聖剣』ではないかと。」
売り込みの文句は、この辺りから少し熱を帯びる。
「お判りかと思いますが、聖剣ともなればその価値は計り知れず。評議会のお歴々に融通してもよろしかったのですが、これほどのもの、やはり『違いの判る』城爵様にこそ相応しいかと。」
「……いかがに御座います? 特別に、ご相談させて頂きたく。」
バルマーが、適切に勿体を付けた口上を述べた。
こういう商売の肝要は、商品に希少価値を持たせること、客に優越感を持たせること、競合相手の存在を意識させること、そして、『決して焦らないこと』である。
ビジネスも、やはり駆け引きなのだ。
「……ふむ、何かと思えば物売りか、しかし、『聖剣』というならば悪い話ではないな。真に聖剣であるなら、な……。」
ステーイシ城爵のほうも、興味無い風を装いつつも、頭の中で冷静に買い物の損得を計算し始めていた。
価格としては、どのあたりが適正であるのか、これを『贈り物』とした場合、どういう対象に『取り入る』ことが出来るのか、そういったこと全ての計算である。
「モノは……『魔法鋼』か……。作りや細工は悪くない、かな。」
「……しかし、錆びが『気に入らぬ』な、やはり。ちと価値が下がるのではないかな、これは?」
とりあえず、多少の『ケチ』を付けて交渉を優位にしようとする。
「いえいえ、決してそのような。この錆びは、むしろ古代の物であることの証明に御座いまして、敢えて残しているので御座いますよ。」
もっとも、バルマーもその辺は手慣れたものだ、引き下がることはない。
このとき、部屋の扉が突然開け放たれた。驚きを表すように音が響く。
「やあ! バルマー君、何か珍しいものを見付けたら、まず私の所に来てくれと言っているじゃないか!」
何故か急に『この御仁』が乱入して来たのだ。
唐突に、その場の空気は変わる。
そう、ダル・ウィン氏は、やはりウラワン城でも有名人であった。
王国の学術顧問を長く務め、王族や上位貴族にも知己が多い。
高い見識と深い知識を持ち、周囲の信頼も篤い。
だがそれよりなにより、彼はその行動の『神出鬼没』なことで殊に有名であった。
己の知的好奇心の赴くまま、何時でも何処にでも出没するのである。
「そういう話は後で。それよりも、これがあの古代遺跡の『遺物』かね?」
「古代の剣か、私は刀剣の類は専門外だからさほど詳しくは無いが……」
ダルウィンはあごに手を当て、考えるしぐさ。
「ふむ……型から言って古代サイタマー帝国第一帝制期、それも最盛期のものだろうな。柄の彫刻は、ほう、ケヤキと桜草と白子鳩、全てが入っているのか! これは素晴らしい! 滅多に見られない代物だよ。普通この意匠はどれか一つのみが許されるという性質のものだから、これを造らせたのは帝室関係の可能性があるね。大変に、興味深い、素晴らしい!」
「しかも、刀身に古代文字を刻んでいる点からして、これはエンチャントの武器である前提のものだ。となると希少価値はますます高くなるよ!」
「この読みは……ピ…ペ……『ペイニンザネク』! 聞き覚えの無い単語だね、となると刀匠の名か、この剣自体の名前の可能性が高い。実に、興味深いね。」
ダルウィンは頬を紅潮させ、興奮した様子。
「発掘されたのはあの遺跡か……知っているだろうが、あそこの遺跡は古代魔法の資料を集めた『図書館』のような存在だ。本来、武器が出土されるようなものでは無い。にもかかわらず出て来たと言うことは、この剣は恐らく、建物の『守り剣』として奉納されたものだろう。非常に、珍しい例だよ。」
「素材は『魔法鋼』。錆びにくい魔法鋼がこれだけ錆びている点からしても相当の時間経過を経ていることは間違い無い。偽造の可能性は、まず考えられない。この錆びにしても、私としては学術的観点からはそのままにしておいて欲しいところだね。」
「……ふむ、とはいえ剣の作り自体も悪くない。これを研ぎ直してエンチャントを掛け直し、魔力宝石を入れ直せば十分実用にもなるだろうか。」
ダルウィンが気になるところで言葉を切る、そして、
ステーイシ城爵の顔に、知らず緊張の色が浮かぶ。
「その価値は、『開闢の剣』にも匹敵するだろう。どれほどの評価になるのか、想像も付かないね!」
『開闢の剣』というのは、王国の初代国王がこの国を建国する際に手にしていたという『国宝』の一つである。
無論、値段などとても付けられるようなものではなかった。
……故に、ステーイシ城爵の顔色も変わる。
「さてバルマー君、ものは相談だが、この剣、私に譲ってはもらえないだろうか? 学術的観点からは、研ぎ直しなどして欲しくないからね、うん、実に。これは、このまま研究に使用したいところだよ。」
「……無論、ステーイシ卿が要らないと言うのであれば、だが。」
ダルウィンが思わせぶりな視線を送った。
「い、いや! そのようなことはありません、ありませんとも……!!」
「バルマーよ、百万だ、『百万』出すぞ! 我にその剣を渡すが良い!!」
そして商談は、突然の闖入者の存在によって手早く纏まることになった。
こういう商売の肝要は、商品に希少価値を持たせること、客に優越感を持たせること、競合相手の存在を意識させること、そして、『決して焦らないこと』である。
商人であるバルマーも、満足いく取引なのであろう、自然と笑みが浮かんでいた。
この場は、これにて一件落着となった。
その後ダルウィンは、城主の執務室から立ち去ったあと、ふと呟く。
「ペイニンザネク……『ペイン・イン・ザ・ネック(頭痛の種)』か……なかなか、皮肉が効いている。」
彼の顔には、人の悪い笑みが浮かんでいたという。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……バルマー氏から連絡があった。『取引』は、無事にまとまったらしい。
計画した私としても、ほっと一息付く。
「……ありがとうございました。では前の約束通り、売り上げは半々ということで。本当に、お世話になりました。」
バルマーは、苦労に見合った充分な笑顔を見せる。
「それよりアイン様、『アレ』は本当にたった一つしかなかったのですか?」
「他にもお持ちでしたら、こちらと致しましても当てが御座いまして。是非ともご都合頂きたい。ええもちろん、十分お礼させて頂きますとも!」
実際のところ、流石にこんな『危ない橋』は一度で十分である。
でないとこちらの神経が保たない。
「……そうですか。ま、あなた様とは今後とも良い関係でいたいものです。」
「次の折にも、是非ともこの『バルマー商会』をお願いしますよ……!」
裏の事情や詳細を知らないバルマー氏は、ほくほくとした顔で引き上げて行く。
正直、少し罪悪感を感じた。
「……いいんですよご主人様、お互い大儲け出来たんですから。」
キットが満足げな、それでいて『悪い』笑顔を見せる。
「それにしても、『五十万』は美味しいですねーー。仕込みのお金なんて、問題にもなりません。いやーーホント、笑いが止まらないですっ!!」
一同、ほっとして満足げな表情になった。一方ゼフィは、
「……さて、あたしとしては後は待つだけだな。アイン殿には世話になったが、全体の首尾を見届けるまでは未だ安心は出来ない……。」
それはその通りである。あとは成り行きに任せるしかないだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
……その後ステーイシ城爵は、この『贈り物』を王都の某公爵に贈る。
その公爵殿は、武具のコレクターとしてつとに有名であった。
ステーイシ卿はその『功績』により、危険なる最前線の城砦を離れ、中央の『より良き場所』へと赴任していった。
当人としても、投資に十分見合った満足ゆく結果であったと言えようか。
……なお、この『ペイニンザネクの剣』はその後も某公爵家の家宝として伝えられた。
ただし、ずっと後年になって調査が行われ、その結果、
『材料、年代の推定では古代のもので間違い無い』にもかかわらず、
『製作技法的には全く有り得ない』という、
『知る人ぞ知るオーパーツ』として一部で有名になるのであったが……。