第四話 サイタマーの罪と罰と借金
~~~「ライフサポートローンのご案内」[ギルドご利用の手引き]より抜粋~~~
『ちょっとした物入り』から『まとまった資金』まで、
お金のことなら、『ギルド・ライフサポートローン』これ一本!
・最短即日ご利用可能!急な出費にもご利用いただけます。
・必要なときにいつでもその場で申し込みOK!
・ライフサポートローン一本で、あらゆる場面にご利用いただけます。
・ギルド登録証があれば申し込んだその場で審査・証文発行!
・初めての方でも安心!無理のないご返済をサポートするサービス付き。
さあ! 気になるあなたも今すぐチェック!
詳しくはギルド・ライフサポートローン窓口まで。
※借り入れ利率は、利用限度額に応じて異なります。
※ご利用状況に応じて、限度額の引き上げも可能です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……私達の最近のマイブームは、『薬草採集』です。
よんどころない事情により蓄財に励もうと決意したは良いが、最大の稼ぎ口であるところの『隊商護衛の癒し手』がシーズンオフにより使えない以上、何らかの別口の収入源を確保する必要があった。
さて、自分は(表向きには)白魔術士であるからには、医者の真似事でもすれば良いのではないかと思う人もいるかもしれないが、世の中そんなに甘いものでは無い。
よく世間から誤解されることが多いのだが、『白魔術士』と『医者』というのは似て非なるものなのだ。
というのも、この世界では一般に『病気』というものは一部の例外を除いて白魔法では根本的には治療出来ない。
そこは薬を使ったり、手術で患部を取り除いたりする必要がある。
そういうことを実際に施術するのが、『医者』という専門の職業である。
このことは、『病気の原因そのもの』は基本的に白魔法では治癒することが出来ない、と言い換えることも出来ようか。
というのも、白魔法の治癒というのは『生命力を高め再生を促進する』、というのが主な効果に当たる。
しかしこれが『病気』相手の場合、『病原そのものに対してもこの効果が働く』ので、総じて病気を白魔法では治療出来ないのだ、というのが現在の定説であった。
無論、例えば『薬が効くまでの間の体力を保つ』といった目的には、白魔法は大変に有効であるので、多くの場合、優秀な医者というのは優秀な白魔術士を兼ねる。
その一方、残念ながら自分は『(表向きには)白魔術士』であるが『医者』では無い。
初歩的なことは在学時に一通り習ったので、素人よりはマシであろうが。
まして、私の真の専門分野は『死霊術』、本質的に医者とは正反対の罪深い存在なのだ。
すなわち、私は医者では無いし、医者には成れないのである。
その辺もあって白山亭のシンメイ氏に相談したら、意外な稼ぎ口を紹介された。
それが前述の『薬草採集』という訳である。
「……アインの旦那には絶対にさせられないが、アルスラ姐さんなら自信持って薦められるな。密林に入って、珍しい薬草なんかを採って来るのざ。」
シンメイ氏が、とうとうとした様子で語る。
「その間は、旦那のほうはウチか近所で待っていてくれればいい。たまに怪我人が担ぎこまれて来たときにも都合が良いし。」
「……いや実際、旦那が外に行ってて居ない間に限って、重症の奴が担ぎ込まれて来るんだよ。結局何も出来なくて、死なせちまったりとか……な。」
シンメイ氏の少し苦い表情には、私も思わされるものがあった。
「"森"は私の庭のようなものです。野宿するのでもなければ大して危険なものではありません。」
アルスラはきっぱりと。
「……ただ、その間主様のお側に居られないのが心配なのですが……」
私も子供では無い、そうそう危険なことに近付いたりはしない。
「……そうそう、『癒し手』についても、ギルドと付き合いのある病院が白魔術士の手伝い欲しがってんだよ。秘密厳守で詮索無し、だから都合は良いぜ。」
どうやら無聊を託つということにはならないで済みそうだ。
条件は満足ゆくものとは言い切れないのだったが。
「ま、ウチとしてもアインの旦那が『勤労の虫』に目覚めてくれるのは大歓迎さ。とにかく、しっかり稼いでくれ!」
随分な謂われ様である。
……私はそこまで怠けものではないつもりだったのだが。
* * *
さて、そんな訳で始めた『薬草採集』であるが、当初はそれなりに苦労した。
なにしろ、アルスラは密林には詳しいが、流石に薬草全般についてまで深い知識を持っているわけでは無かったからだ。
そのため、最初は『それらしいもの』を取り合えず全部採ってきてもらい、後で手分けして選別する。
『役に立つ物』『立たない物』含めて、家が草だらけになってしまう。
掃除が大変だった。
ただ、彼女は一度判別した薬草については、次からは二度と違うものは採って来ない。 何でも、『匂いを覚える』のだそうだ。実に便利な才能だ。
ゆえに軌道に乗れば、その先は順調だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな毎日が続いていた、ある日の白山亭にて……。
「……やあ、アンタ、じゃなかった旦那が噂の『癒し手』だね? 探したよ。」
やや小柄な女性が話し掛けてくる。
顔立ちは若い、年齢は十七、十八ぐらいか。
ケープを羽織っているので詳細な体の線は不明。
おかっぱ風の青黒い髪に、そして特徴的な『猫の耳』、
彼女は獣人の一種族、『猫人』だ。
手をなるべく内側に引っ込めて、全体的には動きが"はしこい"印象。
……恐らくは盗賊職だな。
「……誰かな? ええと、私の名はアインライト、『アイン』でいい。君は?」
すぐに彼女が名乗った。
「で、旦那が噂の癒し手なんだよな? 凄腕と評判の、千切れた腕でも引っ付けられるとか言う。」
「……まあ、そうなのかな? 腕を接合したことなら、何度か。」
私の返答に、彼女は僅かに微笑んだ。
「ならいい。実は、近いうちに治療を頼みたいと思ってね、古傷の。」
私は、彼女をもう少し観察しようとする。
患者の『状態』が分からないと、方針も何も判断出来ないからだ。
「おっと、皆まで言わなくていいよ、高い金取るんだろ? こっちもそのへんは了解済みさ。」
だが彼女は指を一本出し、私の動きを留める。
「……近々、大仕事でまとまった金が手に入る。そしたら頼むぜ、じゃあな。」
私は、「まずは傷を見せてくれ」と言おうとしたのだが。
結局、彼女は一方的に話を打ち切って去っていった。
彼女は左手を、最後までケープの外に出さなかった。
しかも盗賊職らしいから『古傷』というのは恐らく……。
まあいいか、今は取り合えず待つだけだ。
しばらくして、アルスラが帰って来る。
連れ立って、『ギルドの取引所』に向かった。
さて、『取引所』、というのは元々、異なるギルド間で物品をやり取りするために出来た場所だ。
というよりはもっとはっきり、『商人ギルドの冒険者向け出張所』と言い切ったほうが当たっているだろうか。
ともかく、こういう細かい品(薬草)を小口で売り払うときには便利な施設である。
取引所で薬草を売り、買取の相場を確認して次の日の採集対象を見定める。
最近はそういう日々の連続だ。
「……密林は広いとはいえ、薬草なんて一度採ると育つのに時間がかかるから、採り過ぎには気を付けないとなあ……。」
アルスラとそんな世間話をしながら回っていると、
アルスラが指差した。
アルスラも最近は、それなりに字が読めるようになってきたのだ。
今回は、太い字で大きく書いてあるから特に目に付いたようだが。
「……ええと、『昇天茸高く買い取ります』、と書いてあるね。」
『昇天茸』とは其の名の如く、キノコの一種である。
大変に美味で、『食べると天にも昇る心地』ということから名付けられた。
もっとも、貴重な薬の原料になるので、これをわざわざ食材にするのはよほどの金持ちか『食い道楽』だけだ。
険しい崖なんかに生えているらしいが、実際に見たことは無い。
……ただ、キノコで『昇天』というのは、いくらなんでも縁起が悪いと思うのだが。
「『昇天茸』か……、一攫千金というのも、狙ってみてもいいのかな。」
よし、人生はチャレンジだ、計画を練ってみよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目の前には、大変に大変に険しい崖がそびえ立っている。
「主様、確かに嗅ぎ慣れない匂いがあります、これでしょうか?」
ここはサイタマー近郊、チチブー山脈のふもとである。
資源保護のためにも『X地点』としておこうか。
やや人里離れた場所で、ほぼ『山の中』と言っていい。
鳥や獣の鳴き声などは聞こえるが、人の気配はしなかった。
もう一度、目の前の壁のようなそれを見上げる。
「そうか、でも無理はしないでくれ。危ないときは、上手く落ちるように。」
この場合の『落ちるように』というのがミソである。
アルスラは苦も無くするすると登り始めた。
あっという間に、かなり高いところまで行ってしまったのが何とか見える。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方このX地点の近くでは……
一見普通の岩にしか見えない『ソレ』には、よくよく調べると、上部に風化した古代文字が刻まれている。
古代魔法の仕掛けだ。入り口を自然の岩に偽装して覆い隠すことが出来る。
「……で、こいつは確かにちぃと厄介そうだ。あたいぐらいの奴じゃないと開けられないね。」
キットがごそごそと周囲を探る。
「そうだろうな、流石に手に負えないから、君に来てもらったわけだ。」
「と、あとちょい待ってくれ……こいつは、罠付きだね、当たり前だけど。」
キットは手際良く罠を解除する。
「……じゃあ、入るか。あたいは『雇われ』なんだから誰が一番乗りだい?」
新しくダンジョンを発見する事にはそれなりの名誉があり、ギルドから報奨金が出ることもある。
故にこの、『一番最初に入った者』には相応の権利が生まれるのである。
彼女は今回、男達のパーティーに後から助っ人として呼ばれた存在だ。
こういう場合は不文律として彼らに一番乗りを譲る必要がある、のであるが……
「……いや、今回はあんたで良いよ。俺達じゃここを開けることは出来なかったんだ、あんたに譲ろう。」
彼女の顔が驚きと、多分歓喜で歪む。
「い、いいのか……? そ、そういうことならは、入るぞ……いいよな。」
キットは、流石に興奮が隠せない。
男達は笑顔を返す。
そして、キットはやや緊張しながらも扉を開けた……。
だが、扉が開くと同時に彼女は、突然全身に痛みを感じる!
「言ったとおりさ。ここの遺跡には、罠……というか『腐毒の呪い』ってのが掛かっててね、そいつが、最初に扉を開けた者に襲いかかる。」
「古代魔法の仕掛けらしいねぇ……流石に俺達じゃどうにもならないから、アンタに来てもらった、という訳だ。」
「全身が痺れていって、生きながら腐っちゃうらしいよ。しかも、毒消しなんかも効かないそうだ。」
キットの顔が、絶望に染まる。
「ま、君も一攫千金の夢が見れたんだから、良かったじゃないか。……じゃ、俺達は先を急ぐから……」
男達は、遺跡の中へと歩を進める。
しかし、彼女は独り、取り残された。
意識が遠くなってゆく……。
キットは、悔しさを感じながら、やがて目を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
お互いに、ほくほくとした笑顔。
「……何にしても、これで大儲けだ。帰りに美味しいものでも食べよう。」
私達は、無事に目的の物、昇天茸を手に入れた。
意気揚々と、家路に就くことにする。
……と、その途中、
アルスラがわずかに鼻をならす。
向こうを視線で示す。
警戒しつつ道を進むと、やがて、
見れば誰かが倒れているようだ。
慌てて近くに駆け寄った。
そこには、この間会った女性、キットが倒れていた。
既に顔色が良くない、危険な状態のようだ。
この症状は……『毒』だろうか?
しかし、彼女の周りには既に毒消しが何個か散らばっている。
自力で治療を試みたらしい。
……やがて、顔や首筋の辺りに、黒ずんだ模様が浮かび上がった。
「ええと……腐毒の治療には…特殊な薬が必要で…それから……」
記憶を探るが、そこで、
そうこうするうち、私は腐毒の治療方法については思い出していた。
ただ、それには『ちょっとした覚悟』が必要になってしまうのだが……
「……アルスラ、すまない。この人は今、『腐毒』という毒に犯されている。これを治すには……『昇天茸』を与える必要がある。」
だがアルスラには、迷いは無い。
彼女は、強く言葉を掛けてくれた。
直ちに治療を行う。
昇天茸をちぎって口の中に押し込むと、何とか反射的に飲み込んでくれた。
次に、重ねて治癒魔法を使って効果を万全のものとする。
治療法は、これで間違ってないはずなのだが……
やがて彼女、キットは息を吹き返した。
顔色が徐々に普通に戻り、呼吸も落ち着いてゆく。
……状態が落ち着いてゆく彼女を見ながら、
私はふと、アルスラを助けたときのことを思い出す。
何故、こんなことをするのだろうかと、もう一度、考えてみる。
……多分、私はもう二度と、人が目の前で死ぬところなど見たくないのだ。
今は私も冒険者の端くれで、人が死ぬことなど日常茶飯事なのに。
サイタマーは危険に満ちた街で、人が死ぬことなど日常の風景であるのに。
広がる密林は未開の大地で、人が死ぬことなどごく当たり前であるのに。
……それでも、私は、死ぬところなんて見たくなかったのだ、もう二度と。
「……ところで主様、人が焼ける匂いは、ここから来るようです……。」
アルスラが、傍らにある岩の真ん中に開いた『奇妙な穴』を指差す。
今まで気付かなかったが、どうやら自分達はダンジョンの入り口にいたようだ。
彼女はやがて中を覗き込んで、
「ああなるほど、そこで人が黒焦げになっています……いちにい、ええと、全部で三人ですか……。」
中では、人らしき形をした『黒い消し炭』のようなものが、僅かにくすぶった白煙を出していた。
いったい、何があったと言うのやら。
状況から、そう推察する。
その場は、助けた女性、キットを連れて白山亭へ向かうことにした。
一攫千金は、結局惜しいところで逃してしまった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いや、見付けたのは私じゃないし。第一発見者最後の生き残りは、彼女だよ。」
私は彼女、キットのほうを指差す。
だが当の彼女は、見るからに不機嫌な様子だ。
「……まあ礼金ぐらいは出るんだから、嬢ちゃんも機嫌直しな。」
「冗談じゃない、それでも治療費をまかなうには全然足りゃしないんだろ? 焼け石に水だよ、まったく。」
彼女は肩を落とすと、
「せっかく苦労したんだ、せめて探索ぐらいはさせてくれよ……」
「残念ながらそいつは許可出来ないな。せめてまともなパーティー組んでから言ってくれ。」
結局キットは不満顔だ。
「……ま、なんにしても今あちこちのギルドに連絡が回り始めてる。」
シンメイ氏は、お構いなしに明るい顔をする。
「なにせ久しぶりの新発見ダンジョンだ、王都からも『迷宮探索者』なんかがやって来るはずだぜ。」
そしてシンメイ氏は大振りに、両手を広げた。
彼としてはこれからの情勢に期待するところ大なのだろう。
声の調子も弾んでいた。
彼はこちらを一瞥して、
「ダンジョン探索は儲けもデカいが危険も大きい、重症者も出るはずさ。」
「旦那なら、『死んでない限りは』治療出来るんだろ? 頼りにしてるから、なるべくウチの周りで控えていてくれ。」
どうやら私にとっては、『思いがけない臨時収入』となるようだ。
「……ちっくしょ、どうしてあたいってばこんなに運が無いんだ……せっかくの、チャンスだったってのに、ちくしょう……」
一方でキットはかなり落胆している。
私はそんな彼女に向き合った。せめて、少しは元気付けてあげよう。
私の意外な台詞に、キットの目が丸く開いた。
「まず、私はその『古傷』とやらの状態を見てないから断言は出来無いけど、私の治療は本来『そんなに高いものじゃない』よ。ギルドの適正値だ。」
「……考えても見てくれ、『ぼったくり』なんかやったら、それだけでギルドを除名処分になるんだから。」
「そして次に、もしある程度高くなったとしても、『分割で払うことだって出来る』んだよ。知らなかった……?」
「ギルドの『証文』さえ作ってもらえれば、それで構わないんだ。」
キットは、思わず言を失う。
「いや実際、難しい治療だと治療費が結構高くなってしまうことがあるから。そのぐらいは配慮しとかないと、たまったもんじゃないだろ?」
アルスラがここで言葉を挟んだ。
「途中で逃げる、ええと、『踏み倒し』が怖いような気もするのですが……」
彼女は『密林育ち』だったので、元々はこの辺の概念には疎かった。
最近になって、『借金』や『踏み倒し』の言葉を覚えたぐらいなのだ。
「いや、ギルドの『証文』ってそんな甘いものじゃないんだよ。」
そう、『証文』は怖い、実に怖いものなのだ。
「もちろんたまに借金踏み倒して逃げる人はいるんだけど、そういうときはその証文、いやこれは『債権』になるんだが、それをギルドに売ってしまえば良い。」
「そうすれば、だいぶ買い叩かれるけど幾らかはお金が回収出来るんだ。」
「"地獄すら生ぬるい"と言われる『ギルド・債権回収部隊』が動くのさ。」
「……それこそ地の果てまで追っかけて来るよ、絶対逃げられない……」
ええ、ホントウに、ホントウに、怖いものなのです。
キットは一瞬躊躇するが、
「……分かった。お願いするよ、『出世払いの、分割払い』で!!」
キットの目に、ようやく光が戻ってきた。それは、希望という名の光。
そしてシンメイ氏は、一人つぶやくのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
キットは、流石に珍しいらしく、辺りを見回している。
治療を行うため、キットを自宅に連れて来た。
時と場合によっては、『禁呪』を使う必要があるかもしれない、念のためだ。
キットは、黙って左腕を出す。袖をめくって、手を見せてきた……
いや、そこには『左手』は無かった、手首から先が切り落とされていたのだ。
盗みの罰は、回数にもよるがまず『腕の腱を切る』というのが一般的である。
流石にアルスラも心配そうな顔をしている。
これは自分も少し想定外だった。さて、治療はどうしたものか……。
懸念が表情に出たのか、キットも不安げな顔になる。
いけない、患者を不安にしては治癒魔法使いの名がすたる。
とはいえ、これはもう『例の術』の出番だ、手段は選べないだろう。
覚悟を決める。
キットは不安で、顔色が冴えない。
だが私の言葉に、彼女は目を見張り、そして大きくうなづいた。
「……"代わり"になる左手が必要だ。なるべく『死にたて』の新鮮な死体から取って来てくれ。死体置き場なら、適当なのがあると思う。」
我ながら中々に『恐ろしげ』な注文だ。
流石にキットも、少し顔が引きつっている。
すぐにキットは出かけて行った。
……暫くして、目的の『左手』を持って彼女は帰って来る。
さあ、治療を始めよう、『死霊術』の、粋を見せるのだ。
イメージを想起せよ。
肉の要素を掴め、骨の元素を掴め、魂の構文を掴め。
いちどばらばらにしてもういちどクミナオスんだ。
糸を捜せ、分解の糸、再生の糸………輪廻の糸。
ほどけほどけいとをほどいてするするとセンイはばらばらに。
くみあげろくみあげろにくはにくにほねはほねにかたちあるものは。
糸を指で引き寄せ弾く、分解せよ!構成せよ!
ただそれだけつぶやく。
身代わりの左手が分解されて姿を消す。
新しい左手が、彼女の手首の先に再構成される。
…………死霊術の御術に依りて。
そこには、確かに『左手』が、存在していたのだ。
私は息を吐き出す。安心したが、ちょっと疲れた。
キットは大きく目を見開き、呆けたような表情をしている。
彼女はしばらく喜びの顔をしていたが、やがて直ぐに引き締め直す。
「分かってるよ。直ぐに『証文』作ってくるから待っててくれ!」
後に待っている『困難さ』に、少し思いを馳せたのだろう。
「……それもあるが、それよりも治した『左手』は馴染むまで一月ぐらいはかかるから、余り無理はしないように、いいね。」
だが私としては、彼女が無理をしないかのほうが心配だった。
そして、キットは素早く抱き付いて来て、頬にキスしてきたのだ。
彼女は、風のように身を翻して駆けて行く。
アルスラの目が、ちょっと怖かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日、何故かキットから白山亭に呼び出しを受けた。
何かあったのだろうか、とりあえず顔を出す。
「や、すまないね旦那。ギルドの人が話が必要、ってことだから。」
「……お手数をお掛けします。今回の契約に当たっては内容説明の必要があるものですから。」
見慣れない人がいると思ったら、ギルドの職員らしい。
証文を作るのに、職員の立会いなんて必要だったろうか? 記憶に無い。
「この度、こちらキット様と、そちらアインライト様との間に、『傷病治療に関しての対価支払いについてのご契約』が発生し、当ギルドといたしましてはそれについての決済代行・割賦契約サービスのご利用を頂ける運びとなりました。」
「つきましては、まずはご契約の前提として、先だっての『治療』についてのご金額を査定し、アインライト様にご通知する必要がある訳です。」
ギルドの職員氏は、ややもったいぶった口調で説明をする。
実際私にどうしろと。
「まず、腐毒の治療とそれに伴う昇天茸のご使用。次に左手欠損の再生とそれに関する諸費用。」
一瞬間があって、
なんということでしょう、驚きの査定額でした。
※十万ゲルダーは日本円で約一千万円ぐらいになります。
キットは神妙な表情。
私はさすがに慌てた。
「『蘇生』じゃあるまいし、せいぜい八千ゲルダーぐらいだろ?!」
「いえいえ、『昇天茸のご使用』と『欠損部位の再生』ということになりますと、これぐらいのお値段でも十分控えめなものですよ。」
これはちょっと、想定外だった。どうしたものか。
「……そして、これらの支払いについて、こちらキット様から『割賦契約』の都合をご相談頂いた訳ですが、当ギルドと致しましてはキット様の『ご年収』から判断致しますに通常のご契約では残念ながらお申し込みをお断りせざるを得ない状況でして……」
キットが何故か『微妙な』苦笑いをする。
「そこで! 当ギルドと致しましてはお客様に『特別ご融資プラン』をご相談させて頂く次第となったわけです。」
ここでギルド職員氏が、大袈裟に手を広げた
「その名も、『奴隷契約コース』、キット様の身柄一切全て、アインライト様にご譲渡頂き、あわせて負債の一切を相殺して頂く、とこういう訳です!!」
さらに彼は力説する。
そしていきなり、素に戻っていた。
私は叫ぶ以外に、何が出来ようか。
「……ええと、そういうわけだから旦那、じゃなかった『ご主人様』、よろしく頼みます……」
私は叫ぶ以外に、何が出来ようか。
キットがぺこりと頭を下げてくる。
私は叫ぶ以外に、何が出来ようか。
…………そういうわけで、居候が増えることになりました。