第二十五話 サイタマーの『面倒だけど大切なこと』
~~~~~「グンマー族のうた 2ばん」[王国諸部族歌集]より引用~~~~~~
グンマーグンマー、グングンマー
グングングンマー、グングンマー
グググングンマー、グングンマー
グンマーグンマー、グングンマー
グンマーグンマー、グマグンマー
グンママグンマー、グマグンマー
グマグマグンマー、グマグンマー
グンマーグンマー、グマグンマー
訳:
グンマー男は、最高だ
命知らずで、腕も立つ
悪いやつらを、ひとひねり
グンマー男は、最高だ
グンマー女は、最強だ
掃除洗濯、子育ても
細腕一本、やり遂げる
グンマー女は、最強だ
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……私は今、散らかった自宅の廻りを眺めています。
私達のそんなやり取りを聞いて、キットがにんまりとする。
その瞳が、「どうです、私の言うとおりでしょう?」と台詞を語っていた。
そんな彼女を前に、『遊撃隊』のランとスーは複雑な表情をする。
私は再び、大きくなってゆく『我が家』を見上げてみるのだった。
現状、重曹やその派生品の取引は順調で、資金はそれなりだ。
なので、商売に関して先に環境を整えておくことを決めた。
建屋を広げ、部屋を増やし、屋根付きの廊下も伸ばしておく。
事務所、倉庫、その他諸々の施設が拡充されていった。
すなわち、私達は自宅をまたもや拡張したのである。
しかも、それには『オマケ』も付いていた。
「……良い機会ですからね、隊の『詰め所』も作っちゃいましょう。」
この場合の『隊』というのは、なんと『遊撃隊』の事である。
ゼフィ配下の遊撃隊は、本来ならば『お城』所属の兵士であり『軍属』なのだ。
そのような身分の人間に対し、『商人』がここまで便宜を図り、土地まで用意する――これは従来の『サイタマーの流儀』からは明らかに逸脱するものとなる。
『評議会』は『ウラワン城』には極力関わらない。それが、今までの流儀であった。
サイタマー、いや本来の名称は『ウラワンオーミャ自治都市』。
此処には『市民』を代表する『或る組織』がある。
王国政府を代表する機関『ウラワン城』と対になる存在だ。
ここで『市民』と言っても、それは不特定な有象無象を意味するものでは無い。
例えば有力な商人たち、それらは立派な『商人ギルド』を形成している。
或いは『職人ギルド』、親方の中には、下手な貴族などものともしない顔役も存在している。
自治都市の『市民』とはそういうもので、一般庶民ともまた異なった存在なのだ。
そういった『有力者たち』が所属しているのが、『評議会』と呼ばれる組織である。
そこに所属するためには、既会員による紹介と、多額の会費を納めることの双方が必須とされる。
都市の空気は、自由である代わりにその保持には黄金色の対価を伴うものなのだ。
さて、それほどに値の張る『評議会員』という身分であるが、利点もある。
何より、都市そのものの『自治』『政治』に関わることが出来るのだ。
物価、関税、物流の統制――総じて『商売』というものは、或る段階以上になると途端に『政治的な事柄』と無関係ではいられなくなる。
いや、むしろ政治という行為そのものが、大きな目で見ればひとつの『ビジネス』に過ぎないと言えようか。
結局どちらも『利益の最大化』がその目標である。
それが『金銭的』であるか『社会的』であるかの違いのみなのだ。
では、それ程に重要なものであるのに、何故評議会は『お城には極力関わらない』という方針であるのか?
そこには、サイタマーならではの特殊事情が関係している。
「私に言わせれば、評議会の奴らは『見る目が無い』ですね。身近にこれほどの『人材』が居るというのに。」
「そうでもあるし、『それだけでは無い』が答えでしょうか。なにしろ……」
そうして彼女は『私の知らぬ知識』を教えてくれた。
「例外もありますが、獣人社会に於いては『虎人』というのは只の市井の者では無いのです……高貴なる血筋の末裔だと言われています。」
ゼフィの生まれ、『虎人』にそんな意味合いがあったとは。
確かに、こんな事は同じ獣人でもなければ知りようも無いだろう。
「世が世なら、あの人は『姫様かお嬢様』といったところでしょうか? まあ随分とお転婆が過ぎますけどね。」
キットの論評に、私も苦笑する。
「……でなければそもそも『獣人風情』がお城に勤めるなんて、有り得ないことなんです、実際。」
キットは「あたいみたいな野良とは違うんです」と、そこだけ砕けた言葉を使う。
なるほど、言われてみれば確かにそれは『その通り』だ。
お城勤めというのは、どんなに下の者でも氏素性が重要視される。
王城では、たとえ下男下女であっても、身元が調べられるものだった。
「そういう訳ですので、ご本人もさることながら、周りには『ちゃんと教育を受けた』人間が揃っている筈ですよ。これは、是非とも活用しないと!」
そう言えば、今度新規に雇うという人たちは、確かに『耳付き』の人が多かったような。
あれはキットの伝手かと思っていたが、そういう事情だったとは。
読み書きや計算が出来る人間を、何処から確保したのかとは思っていたのだが。
「……この際です、ゼフィ様にはせいぜい『出世して』頂きましょう。」
なるほど、これが彼女の言っていた『投資』というやつらしい。
『お城』につぎ込むと言ってたときは、どうなる事かと思っていたのだが。
「評議会は……有力商人たちの目は『王都』にしか向いていません。だからこそ、これをやる価値があります。」
キットは力強く答えていた。
そう、これがサイタマーならではの特殊事情だ。
ウラワン城の城主は一般に中央から派遣されて来る。
そこには、王都の政治情勢が存分に反映される形だ。
であるならば、所詮『王都からの遣い』である城主やその取り巻きなどより、直接その『上』を抑えてしまうほうが遥かに効率が良い。
なまじ『有力な金持ち』ならば、そういう結論に至るのであろう。
実際にその手の『政治工作』は、専ら王都の貴族を対象として行われている。
結果として降臨なされた『城主様』など、割と蚊帳の外である。
そういった事情ゆえの『お城には極力関わらない』という結論なのだった。
「この際、育てるなら『徹底的に』ですよ。資金や拠点ぐらいケチケチしないで用意してあげるべきなんです。」
「ついでに言いますと、こうして恩を売っておけば、『良い情報』をこっそり横流ししてくれる、という目論見込みなんですけどね。」
そんな訳で、『キット商会事務所』には『遊撃隊詰め所』が隣接することになった。
ラン、スー、ミキの三人組からも特に感謝されている。
「……お城よりずっといい部屋、それに食事まで! 感激です!!」
彼女達は、感極まったような表情をしていた。
聞くところによると、彼女達『遊撃隊』はお城では微妙な扱いだったらしい。
元『密偵』の騎士ゼフィの配下ということで警戒され、居心地の良くない狭い部屋を与えられていたとのこと。
上役が一介の騎士では当然収入も限られ、まして配下の彼女達は苦労が絶えなかったそうだ。
さすがにそのままでは可哀想なので、上の者には個室を用意して、食費も出すように手配したのだ。
ついでにミキが、とんでもない台詞を口にする。
どうもマズいな、前のレッドフェザーの一件以来、ミキは『私個人に』恩義を感じているようだ。
もっとも、さすがに冷たい視線が飛びミキの身が竦む。
そのあと何かぼそぼそ言っていたようだったが、よく聞き取れなかった。
* * *
午後のお茶を楽しんでいると、ポンデがそう言って来た。
「返事……? ああそう言えば、この間手紙を書いたとか言ってたっけ。」
「実家に妙な『おねだり』などしておらぬだろうな? そなたは既にこの家に入った身、そなたの恥は、家の恥でもあるのだぞ。」
「大丈夫なのだ! ちゃんと、主様が『大カネモチ』に出世したと褒めておいたのだ、心配いらないのだ。」
この時点で、私は何故か『嫌な予感』を感じる。
そしてそれは次の瞬間……
「――大変ですアイン様ーーっ! グンマー族が、グンマー族がーーっっ!!」
飛び込んできた悲鳴は、確かにそれが的中していたことを物語っていた。
遊撃隊に連れられお城に着いてみると、そこは既に騒然とした雰囲気に包まれている。
兵士が槍を持って走り回り、鎧のガチャガチャした音が響く。
そこかしこで怒号や点呼の声、ばたばたした足音、人影が左右に動き回っていた。
ゼフィが先導を努め、案内をする。
緊張のせいか公式の場のせいか、その口調は硬い。
私達は緊張した面持ちで、北門をくぐった、するとそこには、
……大勢の、黒肌の戦士たちの軍勢が控えていたのだ。
いつぞや程ではないが、それでも十二分に多い。
少なくとも、城の兵士に恐怖を感じさせる程度には。
さていったいどういうことかと考えているうち、ポンデが先に歩み出る。
彼女が手を挙げて声を掛けると……
大地が震えるような喚声が響きわたった。
対照的に城のほうは更に緊張が高まる。
あれは歓迎しているだけだから、そこまで気にしなくてもいいんだけどな。
ともあれ、保護者として私も挨拶ぐらいはした方が良いだろう。
アルスラを伴って一歩進み、片手を挙げる、そして、
型通りのものを行うと、次の瞬間……
「グンマー! オオグンタマー! オオグンタマー! オオグンタマーッ!!」
「オオグンタマー! ポンデラ! オオグンタマー! ポンデラ!」
なんか物凄い騒ぎが始まってしまった。
手前の奴らなんか、興奮の余り『戦士の踊り』を踊ってるし。
後ろの奴らも「グンマグンマ」と拍子を取っている。
手槍や盾が打ち鳴らされ、リズムをつけて足が踏み鳴らされる。
ちょっとした、いや歴然とした『お祭り騒ぎ』だ。
さて一方お城の方も、緊張が最高潮に達しようとしているようだ。
ああそこの後ろの奴、弓は止めてくれ、矢の一本でも飛んだら大惨事になるぞ。
さすがに見かねたのか、
ゼフィが「なんとかしろよ」とこちらを強く睨んでくる。
その視線の冷たさは、周りの気温が下がったような感覚すら覚えた……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
年少の二人の声は弾んでいた。
彼女達にとっては、これも楽しい経験に思えるのだろう。
だが密林の暗がりからは不気味な獣の声が響き、がさがさ怪しい音もする。
一方で、こちらの二人の顔色は冴えない。
彼女達は護衛役なので、それも無理からぬことである。
不安気な表情に、怪鳥の絶叫が色を添える。
「あら、こういう森の中なら田舎エルフのほうが慣れていませんこと?」
そして、こちらはそれぞれ勝手なことを言っていた。
ゼフィは浮かない顔を、シルヴィは怒りの視線を、それぞれ返して来る。
横にはみ出た小枝や、ねじくれたツタが道を塞ぎ、やはり歩き辛い。
「……楽しみですね、『伯父上』とは積もる話もございますゆえ。」
対照的にアルスラは一番落ち着いていた。
心なしか、足取りも一番しっかりとしている。
ここは森の中、それも北方辺境街道の西に広がる、通称『大密林』だ。
或いは『グンマーランド近郊』と言った方が通りが良いだろうか。
言うまでも無く、王国内(?)有数の危険地帯である。
慣れた者でも無ければ、この地に足を踏み入れるのは自殺行為に近い。
そんな場所だと言うのに、何故か私達は歩を進めている。
正直な所、自分は当惑するばかりだ。
もう一度私は、経緯を振り返ってみる……。
* * *
「……父様から、『祝いの宴を用意したので是非とも来るように』と言ってきたのだ。」
あのまま外で話しこむ訳にもいかず、私達は一端お城の中に入った。
グンマー族の戦士団は、門の外で大人しくしている。
「ふむ……主様、王からの『お誘い』であれば、出向かねば非礼にあたります。断ることは出来ません。」
「その辺のしがらみは、結局王国も一緒だな。まぁ仕方あるまい。」
まあ確かに、『一国の王』の誘いを断れる人間がそうそういるとも思えない。
ちなみに、ポンデ言うところの父様とはグンマーランドの王『グンマー大王』陛下のことである。
それにしても、まさか自分にそんな状況が降りかかるとは思わなかった。
やれやれ面倒なことだとは思うが、なるべく顔には出さないように配慮する。
冠婚葬祭、時節のお付き合いは時として何よりも重要になることが有るのであるし。
「……それで、『近しい友は皆連れて来るように』とのことなのだ。ルミナも連れて行かないといけないのだ!」
台詞は微妙に違うが、意思はユニゾンだ。驚きが言葉となって発される。
「ふむ……主様、王からの『お誘い』であれば、連れて来ねば非礼にあたります。断ることは出来ません。」
アルスラは冷静に、先程とほとんど同じ台詞を述べる。
どうして君は、こんな時はやたらと冷静なんだよ。
ゼフィの反応は、ある意味当然のものだ。
ただでさえアカデミーの、それも重要人物を危険にさらす訳にはいかない。
「でも、行かないとなったら、あのグンマー族たちずっと門の前で待ってるんじゃないでしょうか……?」
「森の戦士ならば、軽く一月や二月は平気だな。自給自足で過ごすなど造作も無い。」
やだなーそれは。激しく近所迷惑だと思われる。
遠くからも、グンマー戦士たちの声が聞こえて来た。
直接害は無いとはいえ、グンマーの戦士が門前を好き勝手にたむろするのは、やはり風聞が良いとは言えないだろう。
そしてゼフィが熟考に沈んでいた。眉間にしわが寄っているのも見える。
沈黙が辺りを包み、静寂は緊張を強いていた。何だか息が詰まる雰囲気だ。
「……こうなっては仕方無い! アイン殿、力を貸してもらうぞ!!」
ゼフィは心を決め、まなじりを決した顔をする。
……そして、私に否やは無いのであった。
* * *
「まあ、いざとなったらご主人様の『あの魔法』でひょいっと逃げちゃえば良いんですから、気は楽ですかね。」
同行者が結局、『いつものメンバー』なのはそういう訳だ。
万が一のときは、私の『転移の魔法』で脱出する事を決めている。
そこ迄はいいのだが、そうなると当然『人数制限』という問題が出て来る。
私とて無限の魔力など持っている訳が無く、あまり大勢だと手に余ることになるのだ。
「……私以下ポンデを入れて五名。ルミナとシルヴィで七名。あと一人が限度でしょうか、安定性を考えると。」
「……無用だ。私もいるのだから、あと一人『腕利き』がいれば十分だろう。別に戦地に行くわけでも無し。」
苦悩するゼフィに対し、アルスラは気安く考えを言う。
まったく簡単に言ってくれる、そんなものでは済まないぞ、とゼフィは思った。
「あのなアルスラ、そんな訳無いだろう! 第一気軽に『腕利き』なんて言ってくれるがお前ぐらいの使い手なんて何処にいると……」
そこまで言ってゼフィがはっとした。ある事に気付いたからだ。
そして私達全員の視線が、彼女に集まる。
そう、随員が必要最小限である以上『お城屈指の精鋭』が参加しない訳には行かなかった、そういうことである。
ゼフィ・ベンガラムール騎士殿に於いては、責任重大であった。
「……まあまあ、これで無事帰ってこれれば、きっとまた『出世』出来ますよ、ゼフィ様っ!」
ゼフィは相変わらず、顔色がすぐれなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな苦労の甲斐あってか、グンマーランドの首都『ンマェバッシー』には無事に着くことが出来た。
とは言っても、道中は周り全部グンマー族の戦士だらけだったので(特にゼフィが)精神的に気疲れもしたのだが。
こういうときのルミナは実に容赦が無かった。
王国語が周りに通じてなくて本当に良かったと思う。
「ふはははっ、その通りなのだ! でもここには面白いものもあるのだぞ! さあこっちだ!」
故郷に帰ったからか、ポンデは俄然張り切っているようだ。
早速ルミナの手を引き、遊びに出掛けようとする。と、そのとき……
ポンデはこちらを向き、一瞬私を見つめた。
私は手を振って応える、そしてポンデは微笑む。
やがてくるりと踵を返すと、そのまま走って行った。
しばらく待っていると、騒がしい声が聞こえて来た。
ばたばたとした足音と共に、ルミナとポンデが戻ってきたのだ。
興奮した様子で、手の平を見せて来る。
そこには丸っこいもの、子供が作ったお団子のようなものが二つ三つあった。
よく見ると『それ』には短い手足があって、少し尖った口と、つぶらな瞳。
何気なく『それ』を指先で突っつくと……
掌の上でオモチャの笛みたいな音がしていた。
ルミナの瞳はきらきらと輝いている。
「はははっ! 主様、『プックラガエル』なのだ。さっき見付けたのだ!」
ああなるほど、よく見るとこいつはカエルみたいな生き物ではある。
グンマーランドの固有種なんだろうか、初めて見た。
真ん丸くて短い手足で、もそもそ動いているが、それでもカエルの一種らしい。
ルミナが突っつくと、再び鳴き声がする。
「こらこら、あんまりいじめたらダメだよ。やさしく扱わないと。」
ルミナはすっかり夢中のようだ。
「……うーーん、でも飼い方が良く分からないし、せっかくここで生きてるんだから、そっとしておいてあげようよ。きっとその方が良いよ……」
前のウリボーの一件もあるので、私はそう言う。
また彼女の魔力のせいで巨大化でもされたら目も当てられない。
「生き物はみんな、『ふるさとが一番』なんだ。そう思うだろ?」
二人が黙り込んだ、少しじっくりと考えているらしい。そして、
残念そうな顔だったが、それでも同意はしてくれたようだ。
ならばこの場はそれで良い、後は……
ルミナの顔が、ぱっと輝いたように見えた。
にこにことした表情で、元の場所へと歩いてゆく。
少し遅れて、高い音が響いた。
だが、ポンデは一人、この場に残る。何故か物憂げな顔になっていた。
その目が一瞬、私をとらえる。
しかし、彼女は足早に去っていった。
……或いは、後で話がしたいのかも知れない。そんなふうに感じられた。
* * *
大王との謁見の後、そのまま歓迎の催しが始まった。
どやどやと料理だ飲み物だと運ばれて、やがて賑わった雰囲気になる。
なかなか豪勢に感じたのだが、これはあくまでも当座の軽いものなのだと言う。
本番の『祝いの宴』とやらは、充分準備をしたもっと盛大なものらしい。
「(……そういえば、『祝い』って何のお祝いなんだろう……??)」
何だかんだあったせいで、肝心の事を確認していないのに気付く。
「(とは言え、この場でそれを聞くわけにもいかないよなぁ……)」
応えの代わりに杯を掲げ、それを飲み干した。
酒の強さは大した事無いのだが、後で足に来るんだよな、これ。
アルスラも寛いでいるのか、普段よりずっと積極的だ。
豪快に肉をむしっては、口元に差し出す。
体が寄せられ、熱が感じられた、あ、これはもう酔ってるな。
見ればルミナのほっぺたが膨らんでいた。
ぷくーっとしていて、ちょっと可愛い。
ルミナは、席の関係で私からは離れた場所にいる。
ああ、これは後で機嫌を取っておかないと、へそを曲げられてしまうぞ。
そしてポンデも少し寂しそうな顔をしていて、私はそれが気になったのだ……。
* * *
「…………」
何かが聞こえたような、私は目を覚ました。
闇の帳のなか、自分の衣擦れの音がする。
澄んだ音が響く、虫たちの生命の合唱。
静けさと、騒がしさと、心が安らぐような、夜の音楽会。
ぼんやりとした意識が、やがて覚醒してゆく、でも、それは
まるで、夢の中のように、あやふやだ。
誰かが呼んでいるように思った。
寝床から動くと、やはり微かな衣擦れの音。
静かだ、全ての音が耳に伝わって来る。
ふと、視線の端に白いものがあったように思った。
ひら、と何かが動いたように。
ことりと、音があったような感じ、目で追ってみる。
「…………」
立ち上がって歩いてみる。
酔っているはずは無い、でも何処かはっきりとしない。
おぼつかない足元で、それでも、
でも誰かが呼んでいるように感じられた。
やはり白い、ひら、とした印象が、視線の先にある。
それがふわりと身を翻し、
それがひらりと身を翻し、
わたしを、誘うように、ふららと飛んでいるよう。
姿を追って、歩き出す。
白い影はひらりと、
白い影はふわりと、
わたしを、誘うように、くすすと笑っているよう。
ああ、あれは、布なのか、裾が長くて、まるで、
白い衣装は翻り、
白い衣装は翻り、
わたしは、誘われて、ただ後を追う。
こっちだよ、と声がする。
ついてきて、と声がする。
わたしは闇の中、それで取り残されそうで、
ただ、ひたすらに、後を追う。
それがふわりと身を翻し、
白い影はひらりと、
白い衣装は翻り、
わたしは、誘われて、追い駆けて、進む。
やがて開けた場所に出た。
立ち止まったとき、ふと空を見上げる。
黒いビロウドに広がる、小さな瞬き。
煌き、輝き、無差別にばらまかれたそれは、光の交響楽。
満天の星は、私を見下ろし、ただ、静かに其処にあった。
声が掛かる。
やさしく、透き通るような、澄んだ響き。
小さな彼女は、黒い肌をしていて、ただ透明に微笑んでいた。
ああポンデだったのか、私は安心を覚えた。
私の良く知る少女は、やさしげな笑みを浮かべている。
少女がそらをみあげる。
私もそれを目で追う。
少女がつぶやく。
私は何も答えない、それはきっと、同じ想いであろうから。
少女がほほえむ。
私はその横顔を、なぜか大人びたその横顔を、綺麗だと思った。
少女がみつめる。
私はその、濡れた瞳から、目が離せない。
やがて少女が、柔らかく体を寄せて、私の胸に頭を押し当てる。
速くなった鼓動を聞かれてしまいそうで、少し、戸惑った。
それは自分に言ったのか、私に言ったのか。
静かのなかに、息の止まるような、ひとときがある。
ただ、星空の下、こうして二人がここにいる。
黒いビロウドには、光の粒が瞬き、永遠のような瞬間があって、
夜空の下には、瞬間のなかに、永遠の時間が存在していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、本番の『祝いの宴』とやらは確かに盛大なものだった。
大勢の人間が集まり、次々と豪勢な料理が運ばれてくる。
よく分からないが、香辛料の香りのするスープ、蒸した鶏の太もも。
川魚かな、大きな魚の丸揚げが運ばれてきて、歓声が上がる。
やや小さい皿には、ああこれは子豚の丸焼きだ、可哀想だけど美味しそう。
やがて向こうから、わっと大きな声が上がった。
あれは、大きな豚……いや猪か、多分ワイルドボアーだ。
あんなものを丸焼きにしたのか、凄いな、贅の限りを尽くしている。
中央の目立つ場所には当然グンマー大王が座る。
周りに侍るのは、彼の家族や取り巻きの者達だ。
おや、ンゼルエ王子もいるな。軽く会釈をすると手を挙げて応えてきた。
さて、今日の主役はポンデ他グンマー王族の皆様であるから、部外者の私はあくまでも目立たぬようになるべく端っこにいることにして……
と思っていたら、
何だかよく分からないうちに、手を引かれて『上座』に据えられている。
しかも隣には、ポンデが座っていた。
この場所は……ちょっと戸惑うな、あんまりにも中心だ。
ただでさえ異質な私(王国人)の風体が、周りとの間に見事な対照を呈している。
何となく、視線が集まっているような気すらするな。
やがて王の一声より、宴が始まった。
さて、宴が進むうち、グンマーグンマー言われて周りからはお酒や料理をやたらと勧められた。
いつの間にかポンデが身を寄せて、お酌などするようにもなっている。
横目で他の皆を見てみると、
アルスラ達は大人しくしているようだ。
というか、なんかすごいペースで食べてるな、大丈夫だろうか?
ルミナは前日に引き続き不機嫌のようだ。
そしてシルヴィ、ゼフィは我関せずと言った体だろうか。
ゼフィは、やけ食いしてるように見えなくも無い。
やがて何かの余興だろうか、中央の舞台ではドンドコと太鼓が鳴らされ、よく分からない踊りなども始まる。
おお何か凄いな、松明持って振り回してるぞ。
周囲で歓声が上がり、人の輪が出来上がってゆく。
人波の狭間に僅かな暗がりが出来て、ポンデがまた、身を寄せて来たように感じた。
ルミナの方角からは、さらに不機嫌な気配も伝わってきたような……。
そうしてしばらくは、ぼうとした平和な時間が流れていった。
ふと気が付くと、グンマー大王が傍らに来ていた。
見れば、手には棒のようなものを持っている。
さらに、よく見ると表情がマジだ。
マズい、何か不手際があったのだろうか?
なるほど、よく見れば手に持っていらっしゃるのは『槍』のようですね。
流石に練習用なのか、布が巻かれております。
あ、あの、ですからそんなに恐い顔しないで頂けると有難いのですが。
第一余興と言ったって私は『荒事』は至極苦手でしてその……
さあ困った、どうしましょう。
私は横目で、こんなときに頼りになるアルスラを見るが、彼女は既に『かなり出来上がっている』ようでした。
不規則に、体が前後左右に揺れています。そしてとどめに……
「……ぉお! 主様が勇者のお力を見せて下さるぞ! グンマーー!!」
非道く無責任に、その場を盛り上げて下さいました。大変に有難う御座います。
……どうやら否やは無いようです。
立ち上がって槍を受け取ると、さらに大きな喚声が上がる。
しかし参ったな、当然だが私は槍なんて使った事も無いぞ。
構えからして完全に見よう見まねだし、きっと酷く不恰好なのだろう。
まったく、しまらないと思われる。
だがポンデが、不安そうな、それでも祈るような目でこちらを見ていた。
いけないいけない、私は素人だ、せめて気持ちだけでも奮い立たせねば。
せめてもの気持ちを込めて彼女にうなづいてみせる。
不恰好でも良いじゃないか、これは『余興』なのだ。
大したものでは無いのだから、精一杯、ひとかけらの勇気を奮おう。
……そして私は、眼前の『戦士』と向き合った。
すごいな、まさに裂帛の気合だ。
この獅子吼だけで、既に負けてしまいそうになる。
それでも私は、なけなしの勇気を振り絞って、
それでも私は、挫けそうな心に鞭を入れて、
それでも私は、彼女の瞳に応えるために、
深く呼吸を整える、刹那、
突きを繰り出した。
ああ、我ながら全く『なっていない』のが分かる。
速度はおぼつかなく、狙いは頼りない。
せめて格好だけでもなんとかならなかったのか。
だが、それは次の瞬間……
訳:うわーやられたーー(棒読み)
グンマー大王が後ろにばったりと倒れる。
……そして同時に、宴席が大きな大きな笑いに包まれていたのだ。
* * *
翌朝、アルスラは事情を説明してくれた。
「元々、嫁取りや婿入りの際には、その家の当主を『決闘』で討ち倒さねばならぬという『ならわし』がありました。」
「ああーなるほど、私も田舎でそんな昔話聞いたことがありますね。『娘が欲しくば、我が屍を超えてゆけ』とかなんとか。」
いや、私は初耳だぞ、それは。
「……ですが、流石にその度に『命のやり取り』をするのはおおごとですし、世間の実状にも合わなくなって来ました。」
まあ、そりゃそうだな、当たり前だ。
「ですので、これは次第に形骸化して、お互いに決闘の『ふり』だけをして誤魔化すようになったのです。」
成る程、そういうことか。
「もっとも、最近はそれすら形骸化して、結納の品と挨拶だけで済ませる家が殆どですね、やっぱり面倒ですから。」
はあはあ成る程、それはご尤もです。
「……そういう訳ですので、真似とは言え、今どきわざわざ『決闘』を行うのは、よっぽどの名家が『周囲に婚姻を知らしめる』ためにするぐらいでしょうか。」
ん…………??
「うむ、良かったなポンデよ。これでそなたも『正式に』主様のものだ。」
ポンデが顔を赤らめ、ルミナが不機嫌になった。
他の者は、祝福したり、からかったり。
女性たちの集団は、いつの間にか姦しい騒音を立てていた。
グンマーランドの片隅で、黄色い声が響いている。
あの『余興』は、実は古い儀式に基づくもので、
その『儀式』というのは嫁取りにまつわるもので、
それで相手を倒すと『婚姻が成立した』ということになり……
……どうやら、『既成事実を固められた』という事のようです。




