第九話 サイタマーの守護者
~~~~~~「グンマー族のうた」[王国諸部族歌集]より引用~~~~~~~
グンマーグンマー、グングンマー
グングングンマー、グングンマー
グググングンマー、グングンマー
グンマーグンマー、グングンマー
グンマーグンマー、グマグンマー
グンママグンマー、グマグンマー
グマグマグンマー、グマグンマー
グンマーグンマー、グマグンマー
訳:
グンマー族は、いい男
気は優しくて、力持ち
狩りで大猟、嬉しいな
グンマー族は、いい男
グンマー族は、いい女
気立てが良くて、器量良し
料理上手で、綺麗好き
グンマー族は、いい女
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……我々探検隊は現在、見事な密林の中を探検しています。
さて、先ごろの『城主交代劇』に関して、ゼフィはその功績によって見事に出世を果した。
正式に『騎士』に任ぜられることとなり、役職も上がったらしい。
そこまでは良かったのであるが、それに伴って『さらなる困難な責任と任務』まで負わされる結果ももたらされる。
その任務とは、『グンマーランドとの事前交渉及び敵情偵察』というものであった。
「……アイン殿のパーティーに、『お城』からの指名依頼を頼みたい。」
「では、料金は『割り増し』でお願いしますね。以前のツケも未だ残ってますし……。」
そういった訳で、現在私たちは大密林の中を一路『グンマーランド』目指して西へ進んでいる真っ最中である。
かつて王国は、『グンマー族』と幾度も争い、そして手痛い敗北を喫している。
王国としても、過去のそれら苦戦の主因が『相手を侮ったこと』及び『事前の情報収集不足』によるものであることは充分に自覚していた。
グンマー族は、一人一人の身体能力などは明らかに王国兵士を上回るのだ。
『未開の原始人』などと侮っていると、次も足をすくわれる事は必至である。
よって今回、ウラワン城はゼフィを遣わして、もっと具体的な敵情の偵察を行うこととしたのだ。
さらに、今の段階で『もし交渉が可能ならば』、より前向きに不戦や不可侵などの『条約』を結ぶことも視野に入れる、そのような心積もりもある。
彼女は、そういう『非常に重要で難しい任務』を請け負ったというわけだ。
そして、ついでに私ことアインライトも見事にそれに巻き込まれた、というのが現在の状況である。
当然非常に困難で危険な仕事であり、冒険者ギルドから止められる恐れもあった。
そのためゼフィは、「お城からの依頼である、詳細は機密だ」と言い張って半ば無理やり強行している。
…………後で問題にならないと良いのだが。
さて、前述の『ツケ』というのは、当然前回の『古代の剣』にまつわるものである。
あのときは事前準備で相当な費用を使っているが、それに関して『少なくない金額』が、結局『経費として認められなかった』。
なにしろ詳細については『とても記録に残せないような』代物である。
費用の根拠について具体的に報告を上げられる訳が無い。
従って、足が出た分は『彼女個人へのツケ』という形を取らざるを得ない。
その結果が……
ということになっているのである。
「……まったく……全収支ではアイン殿は大儲けだったはずだ。なのになんであたしが……(ぶつぶつ)」
「しかし……約束では工作の諸費用は後で清算する、ということでしたし。」
「甘いですよ、時に金貨の重さというのはそれだけで人が殺せるんですから。」
ゼフィの愚痴に、キットが重々しく述べる。
すなわち秘密の作戦についての費用が予想以上だったのは、ゼフィにとって悲しい誤算であり、剣の売却益が予想以上だったのは、こちらとしては嬉しい誤算だった。
「そうなんだよなぁ……まさか経費で落とせないとは、完全に想定外だった。」
ゼフィが嘆息する。
「……というか、アイン殿は今、小金持ちだろ? いっそあたしにまとまった金を貸しといてくれよ、出世したら倍にして返すから。」
すなわち、即答であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、任務に当たっては、ゼフィは相当に気負いと緊張があるようであった。
……が、対して私のほうは、さほどの心配をしていない。
何故ならば、こちらには頼もしい『彼女』がいるからだ。
「"森の奥の民"と会うのは久しぶりですね。彼らもきっと主様の偉大さを直ちに認めて、我らと友誼を結ぶことを望むでしょう。」
『森の奥の民』とは、こちらで言うところの『グンマー族』のことである。
アルスラたち『森の際の民(蛮族)』はグンマー族をそう呼んでおり、互いに交流があるのだという。
ならば、今回の『予備』交渉も彼女に任せれば、大した心配は要らないはずだ。
むしろ、今まで王国とグンマー族の関係が上手くいってなかったのは、こういう現地の事情に詳しい人間と協力しなかったからなのではないか、と思っている。
極端な話……
とすら考えてもいる。
何にしても、アルスラがいるから今回は安心なのだ。
「通訳もアルスラがやってくれるから、今回は楽出来そうだね。」
「……アルスラはそう言うがなあ……こっちはいろいろと気になってしょうがないんだが。何か余計なこと言って怒らせそうな気がするし……。」
「ま、まあ……未来のことを心配しても、始まりませんわ、きっと……。」
「そうそう、そんなことより、成功報酬のほうを心配して下さいよっ。」
ゼフィは大きく溜め息を付く。
「(ひそひそ)……アイン殿、マジで借金のこと考えてはくれまいか……?」
心労のせいか、ゼフィの眉間に皺がよるのが見える。
確かに、考慮に入れておいたほうが良いかもしれなかった。
* * *
密林の中を進むのはもっと大変なのかと覚悟していたが、道中は意外なほど平穏であった。
やはり、アルスラとゼフィがいるおかげであろう。
一度、ワイルドボアーと出くわしたが、アルスラが凄んで見せたら向こうから逃げて行ったぐらいであったし。
※ワイルドボアー:猪を大きくしたモンスター、かなり強い。
「……さて、そろそろ森の奥の民の領域に入るはずですが……。」
その言葉に、一同に緊張が走る。すると次の瞬間に、
驚きの余り、反応が出来なかった。
ここは、アルスラに任せるしかないようだ。
そしてアルスラは右手を軽く挙げ、
と叫ぶ。
どうやら『これ』が、グンマー族の挨拶にあたるらしい。
やがてほどなくして、人影が現れたのだが……
目の前のその人間は、黒かった。
本当に黒かった、としか言いようがない位『真っ黒な』肌の色をしていた。
ほぼ裸同然の体に『腰ミノ』を付けて『槍』を持ち、奇妙な『仮面』を被っている。
初めて見る、これが『グンマー族』らしい。
……言っては何だがまさに『DOJIN』としか言い様が無いな……。
やがてその男?も返事を返して来る。
と同時に、後ろから続いて複数の人影が現れた。
全部で十人以上いるだろうか。
この人数相手では下手に動けない。あとはアルスラだけが頼りだ。
※以下の訳は理解を助けるために併記しています。
アイン達にはグンマー語会話は理解不能ですのでご注意。
「グンサイタマーグマッ! グンマーグングンマー。グンマッ!」
訳:我等は森の外よりの使者! 長殿との会見を所望する。取次ぎをせよ!
訳:使者だと? 何者だ、まずは名乗りを上げよ!
「グンアルスラッ。グマ、ナディア、テゲテゲ、グマー! グンマー!」
訳:我が名はアルスラ。テゲテゲ村のナディアが娘である! 心得よ!
訳:何と! オティンバー姫、オティンバー姫では御座いませんか!
訳:そなたはンディルか。久しいな、皆は息災であるか?
訳:ははっ! 姫様におかれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極に存じます!」
ここで、よく分からないがグンマー族の人達が急にひざまづいてきた。
話が通じたのだろうか?
訳:……世辞はよい。今の私はただのアルスラ、一介の女である。
訳:なりません。姫様は今やグンマー大王の血筋に繋がるお方にて御座います!
訳:何と! では伯父上が王位に就かれたというのか!
訳:左様に御座います、オティンバー姫様。
訳:……我等一同、姫様のご訪問を心より歓迎致します!
そしてここで、グンマー族の人達が急に歓声を上げた。
どうやら、歓迎してもらえるようだ。
とりあえず、一安心といったところだろうか。
ただ、ゼフィが浮かない顔をしていたようだが。
そう言えば、彼女はグンマー語が少しは分かると言ってたが……何かあるのかな?
「……主様、お喜び下さい! 『大王』が会見に応じるそうです!」
……『大王』って……何でいきなりそうなる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、今回初めて知ったのであるが、グンマーランドの首都(?)は『ンマェバッシー』というらしい。
そして我々は、現在そこへ連れられてゆく真っ最中であった。
周囲を取り囲むのは、なんだか『おっかない』人々、しかも道中が進むにつれ、どんどんと数が増えてゆく。
……想像して欲しい。
真っ黒い肌の、見慣れない、不気味な仮面を被った人たちが、
だんだん、だんだんと、増えてゆく様を。
なんと言うか、不安な気持ちがどんどん加速してゆく有難くない気分である。
「……しかし、『グンマー大王』ってどういう人なんでしょうねぇ?」
「知らん。って言うか何で『予備交渉』のつもりがいきなり親玉に会うことになるんだよ……誰か説明してくれ。」
私たちは、ため息を通り越して諦めの境地である。
そして、その『元凶』はあくまでも楽天的。
「主様、主様の偉大さを大王に奏上出来るのですよ! これは楽しみです!」
……心なしか、足取りが重いような気がします。
* * *
そうこうしているうちに、『ンマェバッシー』に着いた。
そこには、簡単な作りの土壁に背の高い枯れ草で屋根をふいた『素朴な』家が立ち並び、結構大きな町が形作られていた。
そこに住む住民は、言わずと知れた『グンマー族』の皆様。
なんと言うか、大変に黒光りしておられます、つやつや。
やがて、一際大きな建物に案内される。
基本的には木造であるが、その大きさには目を見張るものがあった。
おそらくここが目的の場所なので、中に入る際には大きな声で、
挨拶だけは、失礼の無いように気を付けたつもりである。
果たして、そこには『玉座』と思しきものがあり……
やんごとなきお方が待っておられた。
冴えた眼光がこちらを射抜き、厳つい表情には冷や汗が知らず流れる。
もはやここからは、アルスラに全てを任せるしか無い。
……そして会見が始まった。
訳:グンマー大王におかれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極に存じます!」
訳:うむ、良きに計らえ!
さて、目の前の『グンマー大王』は歳のころは四十歳ぐらい、鍛えられた体で精悍だが同時に重厚な印象を受ける男性であった。
鋭い目付きからは、ひりひりと存分に威圧感を感じる。
裸の体に腰ミノを付けているのは他の人と同様であるが、豪華そうな毛皮のケープを羽織って頭にも何かの骨製の仰々しい冠を被っている。
……いかにも『いかにも』な感じであった。
訳:久しぶりだな、オティンバーよ。して、此度は何用じゃ?
訳:我等は森の外よりの使者。平和をもたらすために来ました。
「グッ、グンサイタマーグーンーマー……。グンマッ、グンマーグンマー!」
訳:ほう、平和の使者か……。よかろう、ならば口上を述べてみよ!
ここで、なにやら場内がざわつき始めた。
何かがあるのだろうか?
だがアルスラは、気にせず言葉を続ける。
「グンマッ! グンマーグンマー? グンマーグングンマー?!」
訳:問おう! そなたらの中に勇者は居るか? 我等を超える、勇者は居るか?!
アルスラの声音が、高らかに響く。
そしてグンマー族の皆様が興奮して叫ぶ、何事だろうか。
ここで、アルスラが私の手を引いてきた。前に出ろ、ということらしい。
「グマー、ママグンマー! グングンマー、グングッグマー。グンマホーマ、グンマーグンマー!」
訳:このお方は、我が主様! 勇気に優れ、知恵に並ぶ者無し。魔法を使う、まことの勇者なり!
再び響く、アルスラの澄んだ声。
訳:何!? 魔法……魔法だと……
今度は場内が、ざわざわと浮わついた感じになった。
よく分からないが、隣同士で何か噂し合っているのだろうか。
訳:静まれ! ならば私が勇者に挑戦しよう!
なんか槍持った男の人がこっちに近付いて来ました。
「グンマーンディラグンディルッ、グンッグマグマグンマー! グンマー、ググンマグンマー!!」
訳:我こそはンディルの息子ンディラ、槍を持っては遅れを取ったこと無し! 勇者よ、いざ尋常に勝負!!
そいでもって槍こっちに突き付けて来ます、なんか怖いです。
さらにグンマー族の皆様がまた興奮して叫んでいます。
よく分からないけどヤバい雰囲気です。
訳:待てンディラよ! 勇者と戦いたくば、まず我を倒すがよい!
するとアルスラが、槍を構えて男の前に立ちはだかる。
先に私と勝負だ、とか言っているのだろうか?
訳:何と! これはオティンバー様、し、しかし………
そして目の前の男は、アルスラが出て来ると当惑したような表情になった。
……どうも、言葉が分からないと状況が掴めないな、何が何やら。
するとそこで……
訳:静まれ! 皆の者静まるがよい!
グンマー大王が一声発すると、場内が直ちに静まり返った。
「オティンバーマッ、グンマッグンマーグンマー、グングングンマー!」
訳:オティンバーよ、真にその者が勇者と言うならば、その証を立てるが良い!
訳:御意!
グンマー大王の問いに、アルスラが強く応える。
……そして、アルスラが小声で話しかけてきた。
「(ひそひそ)上手く行きました。後は、主様が魔法を披露して大王に認めてもらえば良いのです……。」
などとやりとりしていたら……
「グンマー! グマッグングングマ『マモーノン』グマー。グンマーグングングンマーグンマー!!」
訳:勇者よ! 今この国では恐ろしい『魔物』が暴れている。そなたは見事それを退治して見せるのだ!!
何だかアルスラが、よく分からない反応をしました……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……さて、我々は今、ンマェバッシー近郊の草原のような場所に来ています。
「……さてアルスラ、何があったのか正直に白状しなさい、怒らないから。」
アルスラは、ばつの悪そうな表情をしていた。
だが、諦めてやがて話し始める。
「はぁ……『和平の使者』ということでしたので、それならば主様を『勇者』と認めさせたほうが話が早いと思ったのですが……」
「何でも今、丁度折り良く『魔物』が暴れているとかで……その退治を頼まれました。」
「……はあはあなるほど、では、『アレ』がそうなんでしょうね?」
「……魔物……モンスターには違いありませんわね、確かに……。」
この草原の向こうに鎮座していらっしゃるのは、巨大なモンスターでした。
太い体と細めの首、しっかりした四肢、体の割に小さな羽。
全体の印象は『爬虫類』、ただしこちらへ与えるプレッシャーは桁違い。
あと一つ特徴的なこととして、その体が半分腐敗しているのに動いていること。
……すなわちその名を、『ドラゴンゾンビ』というモンスターである。
ゼフィが絶望的な絶叫を上げる。
ゼフィが慌てるのもまあ無理は無いだろう。
『普通なら』、我々に勝ち目があるような相手では無いのだから。
「まあまあゼフィ、こういうときは焦ってもしょうがないから。」
そしてゼフィの絶望的な突っ込み。
『ドラゴンゾンビ』は……と言うか『ドラゴン自体が』恐ろしいモンスターである。
堅い鱗、強大な力、そして恐ろしいブレス、どれを取っても致命的な代物だった。
一流の冒険者どころか、一国の精鋭たちが束になっても勝てるかどうか。
そのぐらいの相手であるのだ、『本来なら』。
私は、なるべく平静に言葉を発する。
ともあれ、こうなってはゼフィにも私の事情を明かす必要があるのだろう。
私は、慎重に言葉を選ぶ。
「……さてゼフィ、今まで黙っていたのだけれど、実は私は、『白魔術士』では無いんだ。」
風に乗せて、私の言葉は虚を突いて響く。
それは、告白と呼ぶには、あまりにも重い事実。
……そして、私達は前へと進む。作戦というほどでは無い、単純なものだ。
「アルスラとキットは、危なくなったら私とノノワを抱えて逃げる役目だ。いつでも走り出せるように。」
なるべく落ち着いて、周りに言葉をかける。
今焦っても、結局良い事は何一つ無いのだから。
皆の返事が、心強かった。
全員が配置につくのを確認する。
では、発動開始だ!
イメージを想起せよ。
……ああ面倒くさい、こんなのは半分寝ながらでも出来る。
偶然とは言え、今回の敵はあまりにも『相性が良過ぎた』のだ。
ただそれだけつぶやく。
死せる龍の、糸が切れる。
朽ちた体が、崩れ落ちる……。
…………死霊術の御術に依りて。
* * *
人々を悩ましていたはずの魔物は、あっさりと倒れる。
瞬間、そこには静寂が広がっていた。
人々は、眼前の光景が直ぐには信じられないのであろう、一声も発しなかった。
だがやがて………
歓声が上がった。
グンマー族が、歓喜に包まれた。
「グンマー! グンマー! グンマー! グンマー! グンマー!」
歓声は、次第に大きくなっていった。
そして、
訳:静まれ! 皆の者静まるがよい!
グンマー大王が一声発する。
その場が直ちに静まり返った。
「グンマー! グママモーノングンマー! グングングンマーッ!!」
訳:勇者よ! よくぞ魔物を退治してくれた! 見事な働きである!!
「グンマーッ、オオッ、グンマー、サイタマー、"オオグンタマー"!!」
訳:我はそなたに、大いなるサイタマーの勇者、"オオグンタマー"の名を贈ろう!!
大王の、何か力強い言葉。
そして、さらなる歓声が上がったのだ。
人々の熱狂の輪が、次第に広がってゆく。
しかし私には、言葉が分からないのでいまいち理解出来ていない。
「主様、お喜び下さい! 主様が『オオグンタマー』と認められました!!」
アルスラが、熱を帯びた表情だ。
……やっばり、いまいち理解出来なかった。
「簡単に言うと、アイン殿が『勇者』と正式に認められた、ということだろうな。私にも細かいところは分からないんだが。」
ゼフィが、やはり今一つ要領を掴めない、といった表情で解説をする。
正直、実感が湧かなかった。
そして、グンマー大王がなおも言葉を続ける。
「グンマー、グンマーグーンマーグン、グンサイタマーオオグンタマーグンマーグンマー!」
訳:我は、勇者との間に永遠の友誼を結び、オオグンタマーある限り森の外の国との平和を守ることを誓おう!
大王が、ひときわ強く何かを宣言したのだ。
その言葉に、人々はさらなる興奮の渦となった。
歓声の輪が、さらにさらに広がる。
「主様! 大王が『森の外の国と友誼を結びたい』、と言っています!」
アルスラの言には、流石に私達も驚かされる。
だが同時に、それは待ちに待った『成果』とも言えた。
ともあれ、これで今回の目的は果たすことが出来た。
途中経過はさておき、結果が出せたのなら問題無しだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、ンマェバッシーでは盛大な歓迎の宴が続いたが、きりが無いので適当なところで引き上げることにする。
抜け出すのは、なかなかに大変な作業となった。
ゼフィも、早く帰って成果を報告したいらしい。そわそわしていた。
「……しかし、今回の件、本当にアイン殿の名を出さなくて良いのか? いくらなんでも謙譲が過ぎる、と云うものだぞ。」
「いえ……こちらにもいろいろ事情があると言うか……だいたい私は役職も何も無い、ただの冒険者ですから。名誉をもらっても、意味がありませんよ。」
ゼフィの言い分も分からなくも無いが、こちらにはこちらの立場がある。
「そうそう。そんなことより『割り増し』のほう、よろしくお願いしますよ!」
そしてゼフィは大きく溜め息をついた。
「……ところでアルスラ、話の中でときどき『オティンバー』ってのが出てきたんだが、あれは何のことだい?」
いい機会なので、ずっと気になっていた事を聞いてみる。
「『オティンバー』……ですか。あれはグンマー語で"可愛くて活発な娘"、という意味で、私の『渾名』のことですよ。」
アルスラは何気ない顔をする。
「ええと……『私の伯父上が今のグンマー大王』なのですが、もともとその縁で森の奥の国に何度か行ったときに、付けられた渾名なのです。」
一瞬、絶句する、そして……
……何と言うか、一気に疲れた。
「……ふむ……今回もなかなかの活躍だったようだね、アインライト君。」
さて、そこにはいつの間にかダル・ウィン氏が立っていたのだ。
「危なくなったら手を貸そうと思っていたのだが、結局必要無かったようだ。やはり、君は優れた魔法使いのようだね。私の見込んだ通りだ。」
そして言葉が途切れる。
良い機会だ。彼には一つ確かめたい事柄がある。
周囲が、自然と緊張に包まれた。
「ふむ、私かね……。私は、『学者』で『知識の探求者』で、そして、」
言葉が切られ、
それは、衝撃となって私に届く。
私は驚く一方で、何故かひどく『それ』が納得出来ることを気付かされる。
「……私はこの王国の『歴代の国王たち』とは特に親しくてね。よく色々な話をする仲だよ。初代の王のときからだから……ええと何年になるのかな?」
彼は、実に何でもない風で述べた。
本当に、何でもないという様子で。
「さて、私の『趣味』は『知識を収集すること』でね。何か面白いこと、興味深いことがあったら、調べずにはいられない性分なんだ。」
ダルウィンの瞳には、好奇と興味の色が浮かんでいた。
「特に最近は、『魔法』の研究に力を入れている。君の事も、その縁で知ったという訳さ……。」
対する私は、何を言うべきなのだろうか。
このとき、何故かダル・ウィン氏の輪郭が不明瞭に感じられてゆく。
「アインライト・ザ・ネクロマンサーよ、もし君が生きる事に飽きたなら、私の下を訪ねてくれたまえ。私は君に、アカデミーにも、王国にも、何者にも邪魔されない平穏な場所を用意しよう。君に、『絶対の安全』を用意しよう。」
「……その代わり君は、君の持つ『知識』を書物に残してくれたまえ。私は、君の持つ『知識』に興味があるのだ。」
「さらに君が望むなら、君の死後に『その知識』が世の中に広がることを手助けしよう。死んだ後ならば、いかなる迫害ももはや受けようが無いからね。」
それはまさに、『悪魔のような誘い』だった。
私は、にわかには返答出来ない。
戸惑いと、期待と、不安と、そしてよく分からない何か。
きっと『これ』には安易に回答してはならないだろう。
よくよく考えて、結論を出さなければならないだろう。
私は、『未だ結論を出すには早い』のだ、そう感じられる。
「……はははっ! 答を急ぐな、人間よ! 君は未だ、若者だ!」
ダル・ウィンの姿は虚空に消える。
そこには、何も残っていない。
そこには、何も残っていなかった……。
* * *
しばらく、私たちは気の抜けた顔をしていた。
だがいつまでもこうしてはいられない。動かなくては。
私は、皆に声をかけた。
歩くのも大変なので、転移の魔法を使うことにする。
転移の魔法の、発動を準備する。
目標はサイタマー、私たちの住む場所。
目的は家に帰ること。
皆も、私の周りに集まる。
全員手を繋いだら、発動だ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして帰りついた後で、ゼフィに報告書の手伝いを頼まれた。
なるべく簡潔にまとめたつもりだったが、「簡潔過ぎる」と結局文句を言われた。
ならば最初から自分で書いて欲しいものだ。
ちなみに何と書いたかといえば……
『冒険者は、グンマーランドへ行って、オオグンタマーになった。』
ひらたく言えば、つまりそういうことであったので。