六
さいあく、その一言では表現できないほど気分は沈んでいた。
パパに怒鳴られたことよりも、敵意の目で睨みつけられたことよりも、――知ってしまった真実のほうが辛くて、できることなら目を背けてしまいたい。
まさか、私がママと浮気相手によってできた子供だったなんて……。
どうもママにはパパと結婚する前から付き合っていた人がいて、結婚したあとも三年ほどその人と付き合いを続けていたらしい。その過程によってできたのが私であり、事実を知った浮気相手は面倒なことに巻き込まれる前に逃げてしまった。
そこで、ママは私をパパの子だと偽ることに決めた。
パパも、まさか私が浮気相手によってできた子供だとは思ってもいなかったらしい。けれどもある日、テーブルに置いてあった健康診断表の私の血液型に疑問を持った。それまでパパは私の血液型になんか興味もなかったそうだが、そこに書かれていた血液型はどうもママとパパの組み合わせではできないものだったらしい。
なにか裏があるのでは、と興信所に頼んでみたらママに浮気相手がいたこと、その浮気相手とのあいだによって私が産まれたことが分かったそうで。
つまりママとパパが喧嘩をしていた原因というのは、突き詰めればママにあり、そして未だにその喧嘩が収まらないのは私がこうして存在していることにあるのだ。
そうだ、喧嘩が続いているのは、私がこうして存在していることにある。
嗚呼、穴があるなら入り込みたい、……というよりも縄があるならどっかに吊るしてそのまま首を吊って死にたい気分だ。
どんどん、どんどん、心のしこりが大きくなっていく。
いままでなら抑えられた感情、けれども抑えることができなくなった悲しみや怒りや不満や不安といった負の感情が暴走しているのだ。
ビシビシ、ビシビシ。
負の感情のせいで気分は深海の底へと沈んでいき、それにつれて体重も増えていく。椅子やベッドくらいしか壊してこなかったのに、いつの間にか床にヒビが入っていた。
「ちょっと、ヒナミッ」
リビングの真中で座り込んだ私に、ママが手を伸ばそうとする。
けれどもその手が届く前に、ずしりと沈んでいく気分が上乗せされた体重に耐えきれなくなった床が崩壊して、私は腰の高さほどの床下へと落ちてしまった。
「ひ、ひぃぃぃ、化物」
パパが恐ろしい言葉を発したとたん、私の心のしこりがぐんと大きくなった。
それに反応して体重がぐんと重くなり、地面がゆっくりと割れてその深い穴の中へと放りこまれてしまった。化物みたいな私に怯えてパパはどっかへ逃げてしまい、上から聞こえてくるのはママの悲痛な叫び声だけ……。
「ちょっと、ヒナミッ。やめなさいッ、そんなところに隠れていないで出てきなさいッ」
黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って。
「聞いているの、ヒナミッ。あなたが悲しいのは分かるけど、そんな地面深くにもぐりこんでしまったら死んでしまうわよッ。ほら、いまのうちにこっちへ――」
消えたい、消えたい、消えたい、消えたい、消えたい、消えたい、消えたい、消えたい。
息ができなくなるくらい深い悲しみの海へ沈みこんだ私は、両耳を塞いで、目を閉じて、さらなる深みを求めて落ちていく。ただ、落ちていく。
このまま私の感情が暴走を続ければ、きっと私の体重は地球よりも大きくなってその中心部へと突き進んでいくだろう。もしかしたら、この地球が壊れてしまうかもしれない。いや、それよりも前に私の体が溶けてなくなるだろうか。
すでにリビングの明かりは、星のまたたき程度の小さなものとなっている。
このかすかな光も消え失せようとした、そのとき。――ふとなにやら聞き覚えのある声がした。その声は耳を塞いでいながらも、不思議と頭の中に響いてきた。
「……ちゃん」
この声を、私は知っている。
「……ねえちゃん、……お姉ちゃんッ」
そうだ、弘樹の声だ。その声がだんだんと近くなって、……近くなっている?