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 うちの家庭は、午後六時ぴったりに食事がテーブルに並ぶ。

 本日の晩ごはんは、アサリのお味噌汁と雑穀入りの玄米ご飯、それに細かく刻んだサラダと酢豚という組み合わせだ。料理が趣味のひとつだというママは、毎日違う料理を作ってくれるので味に飽きることがない。

「…………」

 いつもは弘樹が学校で起きたことを面白おかしく話して、それをもうひとつのオカズにしながら楽しく食べていたのだが、このごろ弘樹は喋らなくなっていた。

 毎晩ママとパパが喧嘩しているのを知っているから、面白おかしく食事をする気分になれないのだろう。弘樹のほうが私の数倍、いや数十倍はママとパパの今後を心配していることは、普段一緒にいるので分かっていた。

 静かな食事というのも寂しいからテレビをつけているけど、アナウンサーの声しか聞こえない食事っていうのは寂しさを和らげてくれるものでもなく。

 いくら美味しそうなものをママが作ってくれても、こういう沈んだ雰囲気の中で食べていたら味なんて落ちてしまうもんだ。やっぱり美味しいものっていうのは、みんなで一緒に笑い合いながら食べてこそその味が引き立つものなんじゃないかな。

「そういえば、そろそろ弘樹の誕生日だったわね」

 静寂な空気に耐えきれなくなったのか、初めに口を開いたのはママだった。

 わざとらしくカレンダーのほうを見て、赤く印のついた日にちを見つめている。そんなものを見なくたって、頭の中ではちゃんと分かっているくせにさ。

「早いものねえ、弘樹もこれで十一歳になるんだから。ついこのあいだまではこんなにちっちゃかったのに、……時が過ぎるのは、ほんとあっという間ね」

 感傷に浸っているママを放っておいて、となりに座っている弘樹に話しかけた。

「ねえねえ、弘樹はいったいなにを買ってもらうの? 去年はゲームソフトだったよね、今年もなにかゲーム買ったりするの? もしもゲームを買うんだったらあのゲーム――」

「ちょっと、ヒナミ。ヒナミの誕生日じゃないんだからね。だいたい、あなたは来年に向けて高校選びとか、いろいろと考えておかなきゃならない身なのよ。来年は受験生になるんだから、もう少し自覚を持って、ゲームとか漫画とか遊びを規制しときなさいよ」

「分かっているから、わざわざ憂鬱なこと言わないで」 

 来年、三年生になったら私は初めて人生の岐路に立つ。

 高校というのは大学、そのあとの社会人になるための入り口となるところだから、ここでいかに勉強しておくのが大事か、ということは先生からも言われていた。将来のことを考えて、しっかりと高校選びをしなければならないらしい。

 けど、私にはまだやりたいこととかないわけで。

 そもそも、やりたいことってどうやって見つけるものなんだ?

 将来のことを考えていると漠然とした不安に囚われてしまい、その不安が増していくにつれて椅子がミシミシと悲鳴を上げてパシンと脚にヒビが入った。

「お姉ちゃん、椅子が壊れちゃうよ」

「ああ、ごめん。はあ、どうして私ってこんな面倒くさい体で生まれてきたんだろ」

 信じられないかもしれないが、私は人とは違う不思議な能力を持っている。

 それは、テレパシーを持っていたり、瞬間移動ができたり、どこかの小説に出てくるタイムスリップができたりする不思議な能力と似たようなものかもしれない。

 私の場合、どういうわけか感情とリンクして体重が変化してしまうのだ。

 どういうことか簡単に説明すると、嬉しいことや楽しいことがあると体重が風船のように軽くなって、悲しいことやイライラすることがあると体重がトラックみたいに重くなるってこと。物心がついたときにはこの能力が備わっていたので、まだ感情をうまくコントロールできなかったころはいろいろと両親も苦労をしたらしい。

 感情の浮き沈みがはげしいという言葉があるが、私の場合は感情の浮き沈みが質量になって、体重にまで変化をもたらしてしまうってわけで……。

 普通だったらニュースで取り上げられてもいい話題なのかもしれないけど、もともと人には分かりにくい能力だし、私自身がバレないように注意しているし、家族も靴に鉄板を仕込んで浮かないように工夫してくれているので、どうにか話題にはならずにいた。

 けれども、このごろは両親の喧嘩や将来への漠然とした不安が大きくなっているから、こうして感情をコントロールできなくなることが多い。

 このままだと、いつの日か不安に押しつぶされてしまうかもしれない。そして、その不安が巨大な質量を伴って、私の体重をぐんと重くするだろう。いまみたいに椅子が壊れるだけなら安いものだが、そのうち床が抜けてしまう可能性もあるわけで。

 あーあ。いろいろな不安が積み重なって、私の頭の中はパンクしそうだよ。

「まあ、分かっているならいいのよ。将来のことはあなたの問題だから、あなた自身に任せておくけど、なにかあったら気軽に相談してきなさいね」

「はいはい、分かったから」

 目に隈のあるママからそんな助言を貰っても、参考になんてできない。

 子供の心配をする余裕があるんだったら、ママにはパパとの関係修復のために全力を尽くしてもらいたいもんだ。でなきゃ、私の睡眠不足にかかわってくるしね。

「それで? 弘樹は誕生日プレゼント、なににするの?」

 先程まで黙って酢豚を食べていた弘樹が顔をあげて、私をじっと見つめてきた。口もとについた酢豚のタレが黒子みたいになっていて、ちょっと可愛らしい。

「家族みんなでレジャーランドに行きたい」

「レジャーランド?」

「うん。ほら、最近できたばかりのレジャーランドがCMでやっているでしょ。あれ、遊園地があったり映画館があったりして、すっごいんだって。僕、一度でいいからそこに行ってみたかったんだ。だから誕生日になったら行きたいって思っていたんだけど、――もしかしてお姉ちゃんはそういったところに行きたくないかな?」

 なかなかいいアイデアだと思っていたのか、……弘樹は私の顔色をうかがいながらモジモジしていた。身体が小さくて女の子みたいな顔つきをしている分だけ、そういった恥ずかしそうな顔をしている弘樹を見るとキュンとしてしまう。

 でも、弘樹がプレゼントを要求せずにお出かけしたいなんて言うのは珍しい。やっぱりその顔の裏には、なにかしらの理由があるわけで。

 その理由が、……弘樹の言いたいことが、……その本心が、痛いほど分かった。

「うーん。いいんじゃない?」

「えッ」

「私もどっか行って気分を晴らしたいし、みんなで出かけよっか」

 弘樹が大きく目を見開いて、ウルウルと涙を溜めている。

 嬉しさのあまり泣きだしそうなその顔を見られただけでも、家族みんなでレジャーランドに行くだけの価値はある気がした。



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