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「どうしたのよ、浮かない顔をして」

 社会の授業のあとの休み時間、眠たい目を擦りながら窓の外を眺めていたら、ポンっと背中を叩かれた。

 振り向くと、クラスで一番仲の良い大萩千賀が心配そうな顔をして立っていた。腕を組んでこちらを見下ろしている千賀に向かって、大げさにため息をついてやる。

 千賀は栗色の髪の毛を後ろでしばって、ポニーテイルにしていた。褐色の肌はとても健康そうで、その下についた一重まぶたの切れ長の目はとっつきにくそうな顔をしている。けれども一度話してみるととても気さくで、クラスからもよく相談を持ちかけられるほど信頼されている。ちょっとオタなところはあるけれども、それを差し引いても頼もしい女子だ。

「ちょっとお、なんであたしの顔を見てため息つくのよ。傷つくじゃない」

「はいはい、ごめんなさいね」

「うわあ。心配してやってるのに、そっけない返事」

 ぷくっと頬を膨らませているその姿は、ハムスターのような愛玩動物そのもの。

「それで、いったいどうしたっていうのよ」

「いやあね、この年頃になると、いろいろと考えなきゃいけないことが多くってさ。頭の中でぐるぐるぐるぐると考え事をしていたら、なんだか憂鬱になってきちゃって」

「ふーん。もしかして、それって例の家庭内のやつかな?」

 千賀は、私たちの家庭で起きている問題を知っている。

 ママとパパが喧嘩をし始めた当時、いまのように席に座ってぼんやりと窓を眺めていたら千賀がやってきて、そのときにポロリと愚痴をこぼしてしまったのだ。

 相談に乗ってもらっても的確なアドバイスが期待できないところが千賀らしいが、それでも姉という存在上弟に愚痴を吐くわけにもいかず、ただただ押しこめることしかなかった鬱憤を聞いてもらえるだけで、胸のしこりが取れた気がした。それからというもの、こんなふうに私が塞ぎこんでいると、千賀がやってきて相談に乗ってくれることが多くなっていた。

 あれからすでに一ヶ月が経とうとしているのだが、未だにママとパパの喧嘩は収まることなく、それどころかひどくなっていくばかりなので悩みの種となっている。

「やっぱり、そのようすだと未だにママさんとパパさんの関係が上手くいってないんだ。長いねえ、もう一ヶ月くらい経つっていうのにさ」

「ほんとだよ。喧嘩の原因だって、聞いても教えてくれないし」

「なにか、思いある節とかないわけ?」

「それがさあ、いくら考えても見当たらないんだよねえ」

 パパとママが喧嘩をするのはいまに始まったことではないが、それでも今回の喧嘩は質が違うと分かっていた。もう一ヶ月くらいこの喧嘩は続いているし、なによりもどちらかが謝ったからといって収束するものでもないらしいのだ。

 喧嘩の原因がなんなのか分かれば少しは協力できるのに、ママにそれとなく聞いてみてもはぐらかされてしまうので、私たち子供はただただこの現状を耐えるしかなかった。

「そっかあ、大人の喧嘩っていうのは、あたしたちみたいな子供には分かるものじゃないのかな。あたしたちのするような喧嘩って、所詮ポテトチップスを誰が食べたとか、残しておいたチョコレートを誰が勝手に食べたとか、そういったやつばかりだもんね」

「そんな子供じみた喧嘩なんて、私はしたことないけどね」

「うそッ、だって弟君がいるでしょ?」

「うちの弘樹はデキがいいから、いつだって私のためにお菓子とか残しておいてくれる。どっかのだれかさんの姉妹とは同じにしないでもらえるかな」

 千賀にも三つ上の姉と一つ下の妹がいるらしいが、なんでもひどいものらしい。どっちがどれだけお菓子を食べたとか、好きな食べ物の量が多いとか少ないとか、……考えただけでもくだらないことで喧嘩ばかりしているそうだ。

「いいなあ、あたしなんかこのあいだお母さんが作ってくれたクッキーを――」

「ちょっと、ちょっとちょっと、待ったッ。どうせ千賀のことだから、食い意地から発生した喧嘩の話しなんでしょ。そんな話しを聞くつもりはないし、私は私のことで精いっぱいだってことはあんたも分かっているでしょうが」

「ああ、そういえばそうだったね。ヒナミんちはいま、いろいろと大変なんだもんね」

 いまさら思い出したのか、千賀はポンっと手を叩いていた。こちらを心配しているように見えて、実際はなにも考えていないんじゃないか、こいつ?

「でもさあ、あたし。ヒナミんちの家庭事情、すごく心配しているんだよ。それこそ、自分の家族が喧嘩しているかのように心配して、胸がチクチク痛んでいるんだから」

「へえ、なんで?」

「だって、弟君が可哀想じゃない」

 千賀はその切れ長な目には似合わないほど目をキラキラさせていた。

「あー、でたよ、でましたよ、千賀の弟論」

「べつにいいじゃない。いろいろ大変そうだけど、弟君は元気にしているの?」

「あのさあ、千賀って本当にうちの弟が大好きだよね。ロリコン好きなオタクっていうのも気持ち悪いけど、ショタ好きなオタクっていうのもどうかと思うけど」

「だって、ヒナミの弟君ってすっごく可愛いんだもん」

 オタっぽいところのある千賀は、部屋に漫画のポスターを貼っている。

 とくに最近はやっているバスケットの漫画に出てくるなんとかっていうキャラが好きで、部屋にはフィギアとかが飾ってあるということだ。まったくもって、摩訶不思議な領域。

 そんな千賀だから、美男子、それも中性的な漫画チックな顔つきをしている弘樹はストライクゾーンど真ん中らしい。以前、うちに来たときに弘樹を見つけてからというもの、ファンになって「あの子はきっとうちらのスターになるよ」とわけの分からないことを言っていた。

 もちろん、そんな怪しくて危なそうなファンがついていることを弘樹が知ったら怖がってしまうので、千賀の存在はできるかぎり隠していた。

「まさかとは思うけど、……うちの弟の写真を勝手に取って、部屋に飾っているとかいうストーカーチックなことはしてないよね」

「心外だなあ、そんなことするわけないじゃん。でも、ヒナミが写真をくれるっていうのなら一枚五百円で買う価値はあると思っているけど」

「やらねえよ、そんなの」

「そっけないなあ。まあ、鼻っから期待なんてしてなかったけど。それにしてもさあ、前々から思っていたんだけど、弟君ってヒナミとぜんぜん似てないよねえ」

「私はお母さん似、弘樹はお父さん似なんだよ。だから、似てないのはしかたな――」

「うーん、それだけじゃないような気もするなあ。正直言って、ヒナミよりも弟君のほうが美人だと思うし、可愛いし、それにそれに――」

 おいおい、うっせえな。

 あんたは人を慰めるためにここに来たのか、それとも深い傷を負わせるために来たのか?



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