三題噺【おもちゃ、機械、最後の廃人】
我々は結局のところ、我々以上の知識を持ったものたちのおもちゃでしかないのだ。
高度な文明に頼りすぎると身を滅ぼすという訓戒かあるいは警告を同じ人間が何度もあらゆる物‐‐小説、会話、伝記、アニメ、動画、音楽‐‐から知っているくせに、それでも成長を、社会が、人間が辞めることはないと、のちにその高度な文明に甘え廃人となる一人の人間がそう手記を残した。
私はこの手記を見る最後の人間になるだろう。生まれてからずっとまるで廃人のようにして生きて来た私が、何年かぶりに外に出た時、世界にはすでに人など一人も居なかった。
「腐敗していくのは、時代が物からではなく、人の心から始まる」
そうも続けて書いてあった手記はその後のページを乱雑に手で破り捨てたのか跡を残してあった。この部屋に居た住人は気が狂ってたのだろうか、部屋を見回すがそれらしい紙は見当たらない、大方この部屋の住人と共に暮らしていたモノがゴミとして処分してしまったのだろう。
ここから先は自分で考えるしかないのだろう、生まれてからほとんどの思考をしてこなかった自分に課せられた初めての使命のようなものに喜びを覚え、僕はその手記を手にしたまま、清潔なベッドに座り込んだ。
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車が空を飛ぶ事も無いし、二次元の世界に行く方法もその安全性も確率されてない時代だったが、そんなことはどうでもいい程‐‐一部の熱心な研究者などは別として‐‐世の中は便利に、生きやすくなっていた。
なっていた、というのも、今私の居るここにはそんな文明があったと示すものだけしかないゆえ、まるで感想文のようになってしまうことを許して欲しい。
そう、これは単なる感想文だ、誰が読むとも知れず、そもそもこの世界に私以外の人間が居るのかすら不思議だ。
窓を覗けば監獄のような白い部屋が連なった建物が高さこそバラバラだが所狭しと並びその隙間を、今私が手にしている手記に載っていたモノたちの残骸が転がり、また、それを踏みしめて歩いていく。
それらは、生きているとはいいがたく、しかし人以上の知識を持ち、人と同じような思考をし、人らしい生活を送る、人以上の存在は、人が居なくなった今も、だんだんと動かなくなる体のことなど気にすることなく、世界の時を回す。
手記の表紙にやっと目を向け、彼ら、機械の名前を知る。
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toy's≪トイズ≫日本語に訳すならば玩具達≪おもちゃたち≫と呼ばれるその機械群は国家が密に進めていた最高文明を構築するためのマザーボードがその国家に反抗する組織によって暴かれ世間に情報が公開されたのち、国家が世界の国民ひとりひとりにその恩恵を与えるために与えられた万能ロボットだ。
トイズは人間と同じように食物を食べ、消化しそれをエネルギーとする、さらにその不必要となったただの物質を体内でもやし、それすらも燃料とし、あまつさえ太陽光発電などありとあらゆる電力供給源を完備しており、ほぼ無限に動くことができる。
しかしさっきも窓の外か覗いたように人が、定期的に整備しなければいずれは限界を迎え、たんなる機械の残骸となる。
マザーボードと遠距離にまで届く無線によって常時接続され、自分の主人である人間にとって最善の情報を手に入れ、行動する。
人はその恩恵を甘んじて受け入れ、喜びすらした。
金銭管理をロボットに任せ、日常生活の大半をロボットが行う、排泄と趣味以外に外に出る必要のなくなった世界は緩やかに静かに崩壊を歩む。
事故や病気の治療すらロボットが行うようになり延命が最大限に伸び、そしてお金を稼ぐという最低限の夢すら失くした人間はほとんど外に出ることがなくなり危険物をロボットが扱うようになり事故はむしろ激減した。
そして最低限生きるためのお金を稼ぐ夢を奪われた人間は三大欲求、性欲を満たすことを目指した。
国家もバカではない、いや、今、振り返って述べるならばバカな行為と呼べるが、ロボットにできないことを作ったのは良かったのか悪かったのか、それは当時の人間と今の自分との相違であり答えを考えるのはやめておこう。
つまり、ロボットは性欲だけは満たすことができない存在だった。
それゆえに人は性欲を満たすのを幸福のようにして、次々と子供を産み、人口は増加した。
人工の増加に伴い土地が減ってきた、それゆえにこんなに狭い部屋を並べた建物があちこちに乱立した。
自然災害によって何度か人口は減少したがそれ以上の増加は止められようもなく、国家自体がその現象を無視、ひたすらトイズが生産され、そして世界が崩壊した。
生まれた時から何もかも与えられて育つゆえに感情を持たず、両親はトイズに子供を預け、性欲に溺れ、これで狂わずに居られるほうがおかしい。
人間らしさを失ったならば僕らは一体なんなのだろうか。
この手記の持ち主は、狂ってはいたが、きっと以前は自己というものを持ってたのかもしれない、トイズたちに甘え、廃人とも言える生活を送る中でもその危険性を理解していた、それでもやめられず、死んでいったのだろうな。
甘いお菓子のようなもので、自分もそれに甘えてるせいで誰にも注意することも、それを奪うことも破壊することもできない。そのこともどれほども残酷なことか。
「探しましたよ」
ビクリと体を震わせる。
久しく誰かに話しかけられたことがない僕は顔を上げる。
「×××ちゃん、かくれんぼはもう終わり、ですね、次は何を・・・し・・・」
この部屋の住人であったもののトイズだろう。
見つけたと子供らしい笑顔を浮かべてドアから覗いて来たそれは最後までセリフを言うことなくドアの向こうに消えた。