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不明の力

 何があったんだー、と俺も野次馬根性で外に出てみる。 流石に窓から出る勇気は無かったから、玄関から外に出る。

 外にはさっきの子供達が居て、それに向かい合うように何人かの立派な格好の大人が門の近くに居る。 そのそばで木箱が壊されていた。

 「なにするのよ!」

 アリスが叫んでる。 大人達はニヤニヤと笑っていた。

 「『何をする』とはこちらの台詞ですな。 そろそろ敷地と屋敷を貸した分のお金を、レマの月から今月の分、しめて四ヶ月のお金四千リルと延期した分の七百リルを払ってくれないと」

 大人のうち一人は『俺は貴族だ』という太鼓腹と高そうな革の服を着ていた。 残りは鎧を纏っていて、傭兵とかじゃなくてどこかの屋敷の兵士に見える。


 「困りますなぁ? 四ヶ月もお金を出し渋られますと、こちらの生活にも影響が出て……いやはやいやはや、困りますなぁ」

 「何が四千リルよ! 四ヶ月前の分はちゃんと払ったじゃない! それはどうしたのよ!」

 「うん? あの時に払ってもらったのはたった八百リル……それも『屋敷の修繕費』としてではありませんでしたかね? 最初に言った通り『きっちり揃えて出さなければそれは認めない』。 たった八百リルは、ありがたくお小遣いとしてもらいましたよ」

 「そ、そんなの横暴だわ!」

 横暴ってか、色々とひどいな。 八百リル引いてやればいいのに。

 さっきのアリスの話を含めて考えてみれば、一ヶ月千リル。 千リルもあれば俺一人なら一ヶ月は遊んでいられるんだろう。

 修繕費とか食費とかを含めたらただでさえものすごいお金が必要なのに、そこから千リル取られるって、相当だな。

 子供が稼げる金額もたかが知れてる。 ……こいつら、飯食えてるのか?

 「横暴? 住ませてやっている者に対する発言がそれか? お前らのような金も無い親も無い家も無い魔法もロクでもない不適合者どもを住ませてやっている親切な儂に、その発言か?」

 「な……そ、そんなの、わかってる……わかってますけど……」

 「ふん、分かったら早く金を出せ。 それさえあればさっさと去ってやる。 ああもちろん、千リルより少ない場合は認めてやらんぞ」

 「…………は、八百リルしか、ないのよ。 だから……」

 「なーるほど、今月も払えない、と……」

 男はニヤッと笑った。 後ろの男達もニヤッと笑った。

 「いつになったら全額払ってもらえるのかねぇ? まったく……まともな魔法すら持っていないガキは、これだから」

 魔法の話されると困るんだよなぁ、俺も。

 魔法は最初から使えるわけじゃない。 でも持ってはいる。 こういうのを潜在魔法って呼ぶ。

 分かりやすいのなら『炎を出す』とかそういうの。 意味不明なものなら『服の色を変える』とか。 成長すると潜在魔法を中心として色んな魔法を覚えられる。

 貴族の奴は大体良い魔法を持っている。 平民が大体意味不明な魔法。 持ってない奴は少ない、俺はその少ない中の一人。


 俺の後ろの扉が開いた。 オバサンと子供数人登場。

 「大変申し訳ありませんでした」

 その手には袋。 大人がこっちを見た。

 「四ヶ月前のお金、千リルちょうどになります。 こちらをお納めください」

 「お母さん、そんなお金……」

 「あったのよ……隠していただけ」

 そう言ってオバサンは近寄って、袋を渡す。 でも大人は受け取らなかった。 大人は何故かこっちをじっと見ている。

 …………ヤバイ。 嫌な予感がする。

 「いや、金はいい。 それよりも、その銀髪の子供だ」

 俺、振り向いて子供を見る。 金髪黒髪赤毛紫髪黒髪黒髪緑髪……うん。 俺ですね分かります。

 皆が俺を見る。 仕方ないから俺、前に出る。

 「こんな寂れた場所に、よくもこのような子供が居たものだな。 そのガキで今月までと来月分、五千リルの支払いにしてやろう」

 「あの子は此処の子供ではありません。 例え此処の子供であったとしてもお金と引き換えになど出来ません」

 「平民の意見を聞くものが居るか?」

 そしてずんずんと俺の方に歩いてくる。 周りの兵士っぽい奴が一人着いてくる。

 大人は俺より高い背で見下ろしてきた。 流石にヨールとは比べ物にならない差なんだけどな。

 「来い」

 と、行きたい行きますとか話をするとかじゃなくて命令で俺の手を引っ張る。 有無を言わせない感じで引きずる。

 「お待ちください!」

 「待てよ!」

 「きたない!」

 色んな人が言っている。 だが、大人はやめない。

 「俺なんか買って何したいんだよ」

 「こんな見た目の良い子供は、売れる」

 売れる、って。 なんだそれ。 エロいことか。 奴隷みたいな。

 「しかも銀髪。 銀髪とはな。 母体としても良い」

 え、銀髪って価値あるのか?

 「お待ちくださいガレス様! この子は本当に無関係なのでございます! 私の身ならばいくらでも……ですからその手を離してください!」

 オバサンが腕にすがりついたが、それは簡単に振り払われた。 オバサンは倒れる。

 「平民が、儂に触れるな。 身分をわきまえろ」

 いかにも『汚い』と言うように白いハンカチを取り出して腕を払う。

 「潜在魔法を見ろ。 なぁに、これだけ顔が良ければ魔法が酷くても値段は大して変わらんだろうよ」

 そして兵士にそう言う。 兵士の一人が手に持った握力を測る機械にそっくりな機械を俺に向けた。 だいたい一日前に見た潜在魔法測定器にそっくりだ。

 この機械の測り方は、測りたい相手に向けて、使う奴が魔力を込める。 すると相手の潜在魔法が文字として浮かび、光る。 光るのは魔力がちょっとでもある証拠だ。光は魔力量で変わる。 が、俺の場合文字は何も浮かばなくて、光りもしなかった。

 「……なんだこの結果は、壊れているのか」

 「俺潜在魔法無いぞ」

 「なんだと……!?」

 大人の顔が赤くなった。 測定器を奪って俺に向ける。

 「なんだ、これは。 こ……の、儂を謀りおって!」

 なんか新父と同じ展開だな。 叩きにかかるか。

 が、俺は負けない。

 「一方的に言っておいてそれかよ」

 新父の時に色々と言われたからなー。 まあ新父の場合は言いたい事は分かるし仕方ないんだけど、ちょっとは言わせろ。

 「つか誰がお前みたいな変態親父に着いてくんだ。 嫌だよ。 一生ブヒってろ」

 うん、結構すっきり。 現代日本じゃここまで言えないもんな。

 「なんだとこのガキ」

 「なんだよオッサン」

 「んの……!!」

 殴りかかってきた。 煽りに弱いな。 煽りですら無かったけど。

 さて一瞬で考えろ俺、たぶん利き手じゃない方の手。 勢いはそんなに無いはずだが、オッサンと幼女じゃ威力はありそうだ。 しかも顔狙ってる。

 右で捕んで左で殴ってくるんだから右に避けるか。 見てろ俺の華麗なかわし技。 この間一秒以下。


 「ーーぬがっ!?」

 右に避けようとしたら、オッサンの拳が止まった。 世界が止まったかと思ったが、他は動いてる。 オッサンは赤い顔で拳を動かそうとしているが、拳含め全部が動かなかった。

 「な、なんだ……?」

 兵士が反応する。

 うーん……見覚えのあるような事態だ。 二度ある事は、ってか。 そういえば板を部屋に置いてきた。

 そう思ってると測定器が光った。 すごく光った。

 「魔力検知……なんだ、これは!?」

 光るのは魔力量で変わる。 光れば光るほどすごいっていうこと。 ということは、とんでもない量の魔力があるっていう事だが。 一緒に測定器で測ってもらったリューシアも此処まで光らなかったぞ。

 「魔力を隠していた、ということか……!?」

 「そんなはずないけど……」

 実は俺は怒りで目覚めちゃう系の覚醒型超人とかだったら面白いんだけどな。 冷静に考えなくても俺じゃない。 たぶんヨールに反応してるんだろうな、にしても目潰れそうなくらい光ってる、此処にミニ太陽がある。 光りすぎて文字が見えない。

 オッサンの身体は固まっているが俺が手を振り払うと簡単に動いた。 俺が離れると光は収まる。

 「……どうだ! これが、俺の、実は隠してた魔法だ!」

 俺のじゃないけどとりあえず言っておく。 俺の、って言っておかないと『今のは誰だ!』って流れになるからな。

 実際は真逆。 こんなの出来たら今頃屋敷に居る。

 やっと動けたオッサンは俺のことを睨む。

 「や、やはり実力を隠しておったのか……! 相手の身を封じる魔法……小娘、貴族か?」

 今更かよ。 俺が貴族だったらどうしてたんだ。

 「ただのアリスだ」

 貴族ではないのでそう言っておく。 実際、屋敷に居たとしても貴族の娘ってだけで爵位は無いからな。 社長の娘だからって社長ではない、みたいな。 なんか違うか。

 俺は袋からリル硬貨全て取り出す。 数は変わっていない、五千リルだ。

 その五千リルをオッサンに投げる。 顔面に投げる。 全弾命中。

 「全部で五千リル! 今月までと来月の、五ヶ月分だ! だから再来月までその顔見せるんじゃねえぞオッサン!」

 「く……ふん! 金さえ貰えればそれでよかろう、だが次金が払えなければ! 子供を浚って売り飛ばしてやる!」

 そんな感じの捨て台詞で、オッサンは去っていった。 お金を拾った兵士達が慌ててその後を追いかける。

 「一昨日来やがれ」

 と、それを言いたいだけの俺は叫んだ。 うん、言いたかった。

 

 「……あ、あの、お貴族様」

 「ん?」

 オバサンが子供に起こされながらこっちを見ている。 なんか変な事したか俺……金投げたな。

 てきとーに考えると一リルに十円とか百円とかの価値があるんだけど、それでいくと五千リルは五万か五十万…………。 うわぁ、諭吉を投げたのか俺は。

 「申し訳ございません。 迷惑ばかりおかけして……」

 「別にそっちが気にする事じゃないだろ。 俺もムカついたし……」

 新父に言い返せたような気がして、正直気持ちよかったからな。 納得は出来ても『はいそうですか』とは言えない。

 ただ問題が増えた。 お金が無い。

 「お金は、今は千リルしかありませんが、残り四千は必ずお返しします」

 「別に良いって」

 「ですが」

 お礼してほしくてやったわけじゃないもんな。 つかやった事の半分は俺じゃないし。 俺がやったのは諭吉を投げたことだけ。

 「五千リルもお支払していただいて何もしないなど出来ません」

 って言われても。 服くらいしかもらうものないし……『服を五千リルで買う、これでチャラだ!』とかなんとかは出来ない。 服とこれとは別だからな。

 さてどうしよう、と思っているとアリスが視界の中に入った。

 そうだな。 そうしようか。

 「じゃあ千リル貰うよ」

 と、俺は差し出された千リルの袋を受けとる。 中身は百リルと十リルが大量に入っていた。 たぶん合計千リル。

 そして、その千リルをオバサンに渡す。

 「この千リルで此処に泊めてほしい。 えっと……食事付きで!」

 これでチャラだ! ってな。



ーーーーーーーーーーーーーー



 「お、お金を全てお使いになられたのですか……!?」

 「一応、今あるお金は」

 袋をひっくり返しても何も出てこない。 すっからかん。 文字通り、一文無し。

 オバサンことロゼさんは顔色が悪い。

 「なんという……申し訳ありません、大切なお金を……。 ありがとうございました。 あの、本当にこんな事でよろしかったのですか?」

 「問題無いです。 泊めてくれた方がすっごく嬉しいし。 ってか、服と泊めるとこもらったから十分なんです」

 お金とか、いざという時食べられないからな。 愛も夢も食べられないからな。 屋根と食事、十分すぎる。


 「…………」

 「…………」

 あのガキ二人が廊下の壁に腰かけてこっちを見てる。 見てるというか睨んでる。 俺嫌われてるなぁ。 名前……アレクとラウルだっけ?

 「ちょっと良い魔法使えるからって、調子に乗りやがって……」

 そんな事を言ってたら後ろに現れたアリスに殴られて、どっかに連れていかれた。

 なんでこいつら俺のことそんなに嫌ってるんだか。 理由一個じゃないよな。

 「あの二人がご無礼を……」

 「いえいえ」

 此処に泊まる限りあいつらとの対決は避けられないな。 見た目はあっちのが上だけど、人生経験はこっちが上。

 「部屋は先程のでよろしかったでしょうか」

 「あ、はい」

 ちょっと埃っぽいけど、ワガママは言えない。

 「ではすぐ部屋に服をお運びしますね。 服……好ましく見られれば良いのですが」

 そう言ってロゼさんは、俺をさっきの部屋の前において行った。


 ……さて。 部屋で待ってるだけ、ってのも暇だ。 話をつけないと。

 扉を開けて中に入る。 窓が開けっ放しで風が入ってきた。 換気は十分だろうな。

 扉を閉めて、ベッドに乗る。 座り心地は前まで使ってたベッドくらいだ。 洗ってないようで、どうも毛羽立ってる感じがあるのが気になる。

 ベッドの上には板が置きっぱなし。

 「ヨール」

 呼んだら一瞬で現れた。 部屋の窓の死角になった特に暗い場所から幽霊みたいに現れた。 天井に頭がつかない程度の身長になっている。

 で、呼んだ理由。

 「あのさ、……どこまで出来るんだ?」

 ヨールが首を傾げた。 ……うん、ごめん

、急だった。

 「お金、出せるんだよな?」

 するとヨールが両手の手のひらを差し出してきた。 何も無いな。

 そう思っていると手から銀色の硬貨が沸いたように出てくる。 色と大きさ的に千リル? それがたくさん、手からはみ出して落ちる。 どっかの映画でこんなの見たな。

 出したお金を俺に『取って』という感じに渡そうとしてくる。

 「……出せるんだな」

 俺がそう言うと天井に文字が浮かんだ。

 『たくさん?』

 んー、嫌な予感?


 硬貨の出てくるスピードが倍になった。 両手からだけじゃなくて羽の隙間から大量に。 あっという間に床が硬貨まみれになった。

 「ち、ちょっとストップ! ストップ! 止めろ!」

 硬貨が出なくなった。 手が大きく震えて手のひらの硬貨が全部落ちる。 硬貨の量、ベッドの上に届くくらい。

 「……分かった。 分かったから。 もう出さなくていい」

 千リル硬貨、およそ一万枚。 えっと……一千万リル? これだけあったら贅沢して生きていけそうだな。

 天井に文字が浮かんだ。

 『ありす、おこった?』

 「怒ってない。 ……このお金どうしたんだ? まさか、盗んだ?」

 するとヨールは一枚だけ千リル硬貨を手のひらに出した。 それを握って開く。 中には淡いグリーンの丸い宝石。

 もう一回握って開くと、今度は銀のワイヤーに真珠が何個かついたチョーカー。

 更にもう一回。 百リル硬貨。

 「……これ、どうした?」

 百リル硬貨の形が歪んだ。 一瞬平らになって固まる。 百リル硬貨が千リル硬貨なってた。

 なるほどー、いわゆる錬金術か? 魔法的にはどういう種類なんだろ。 ってか、どんだけ何を隠し持ってたんだ。

 「とりあえずこれ、全部元に……消しとこうか」

 元の石とかよく分からない物体にすると邪魔だからな。 お金……もったいないけど、こういうのは偽札使ってるみたいな気分になるから。

 ヨールが頷くと同時に硬貨は全部消えた。 単に硬貨が見えなくなっただけじゃなくて本当に消えたのが触って分かる。

 「なあヨール、その気持ちは嬉しいんだけどさ、俺そんなにお金要らないんだよ。 いや有ると嬉しいけど、こういう方法は俺的に無しっていうか……とにかくお金を出すのはダメな? どうしてもっていう時以外は禁止」

 『おかね、だめ』

 「そうそう。 あと、誰か怪我させるのもダメ、さっきみたいなのな」

 『ありす、けが、いたい?』

 これはどう解釈したら良いんだ? ストレートに『怪我をしたら痛いから?』で良いのか? それとも俺が怪我してると思ってるのか?

 「えっと……怪我したら痛いだろ?」

 ヨールは首を傾げた。 どういう反応だこれ。

 「皆は痛いのが嫌いなんだよ。 叩かれたり、殴られたり、蹴られたり、そういうのが嬉しい人は居ないんだ」

 中には嬉しい奴も居るけどな。 いちいち言う必要の無いことだ。

 ヨールは少し時間をかけて、でもちゃんと頷いた。 よしよし。

 「だから、相手が嫌なことをしてきた時とか、それが必要な時以外はダメ。 何もしてない人を怪我させたらダメなんだぞ」

 『だめ』

 「そう、ダメ」

 小さい子に躾してる気分だ。

 『ありす、いたい、いや?』

 「うん、俺も嫌。 ヨールも、叩かれたりしたら嫌だろ?」

 って言っても、ヨールをわざわざ叩きにくるような勇気のある奴もそうそう居ないだろうけどな。

 なんとなく理解はしているのかヨールはちゃんと頷いてくれた。

 「えらいえらい。 んで、えっと…………」

 あと何か言うことあるか? ヨールが、何処までかは分からないけど着いてくる云々の話はしたし、お金と暴力の話はした。


 あとは……。


 「……ヨールは、人間の前に出るの嫌か?」

 俺うっかりテキトーにヨールのやったこと自分の手柄にしちゃったけどさ。 良いのかこれ。

 ヨールは頷いてるのか横に振ったのかよく分からない仕草をした。

 『にんげん、こわがる、にげる』

 ……まあ、下手なお化け屋敷より怖いからな。 暗闇でいきなり出てきたら俺だって叫ぶ。 可愛いとか綺麗とか以前にそういう感想が出るタイプの見た目だ、人によってはトラウマ。

 『にんげん、こわい』

 お前の顔より怖いものはそうそう無いから安心しろよ、と言いたいがやめとく。 どうも見た目より精神年齢低そうなんだよな、下手したら小学校低学年。 人間なら泣きそう。

 「つまり、人間の前に出るのは嫌?」

 『ありす、いい』

 俺の前は良い、と。 いやそうじゃなくて。

 「あのさ、さっき、俺が殴られそうになった時ヨール助けてくれただろ? あれ俺がやったって事にしちゃったんだけど、ヨールがやったって事にするか?」

 意味がよく分からなかったように首を傾げるヨール。

 「だから、ヨールが『僕がやりましたー』って感じに出てきて挨拶、とか」

 言った瞬間ヨールが首を横に振った。 嫌らしい。 しかもかなり、嫌らしい。

 「じゃあ、このままで良いか? 挨拶もしない?」

 はっきりと大きく頷いた。

 俺としては別にネタばらししても良いんだよな。 魔法が使えないのは本当だし、隠してても誤解されるだけだ。

 誤解は誤解でも『俺という奴は凄い』っていう良いのか悪いのか分からない噂。 正直、意味無く目立つのは避けたい。 良い意味で目立てるなら良いんだけどさ。

 「んじゃあ、このまま……ってことで」

 俺がそう言ったと同時に扉が叩かれた。 うん、良いタイミング。


 「入って大丈夫ですよー」

 扉が開いた。 ロゼさんが服を抱えている。

 ロゼさんは部屋に入るなりキョロキョロした。

 「今、どなたかとお話しに?」

 「すいません、独り言激しいんですよ。 考えてることも全部口に出しちゃって」

 「まあ、そうですか」

 部屋には俺とロゼさんだけだ。 ノック聞いた瞬間ヨールは居なくなった、よっぽど会いたくないらしい。

 「こちらが服になります。 こんなものしかありませんが……」

 そう言って広げたのは三着の普段着だ。 どれもなめした皮のワンピースでそれぞれ薄い赤、濃い青、薄い緑。 ところどころ修繕したような跡があって、全く同じじゃない。

 「じゃあ、緑のください」

 「一着でよろしいのですか?」

 「あってもかさ張るだけなんで」

 はっきりした泊まる場所が決まったら色々物を置けるんだけどな。 今は我慢、贅沢は敵。

 「しかし、服は二着あった方が便利ですけれど……」

 ……まあ、そうだな。 洗濯とかしないと汚くなる。 俺、意思弱っ。

 仕方ないから青いのをもらった。

 「お着せしましょうか?」

 「一人で着れますから大丈夫です」

 ドレスだったら一人じゃ難しい、特にあの悪夢のコルセット。 でもこういう単純なやつなら一人で十分だ。 ……伊達に貴族生活と意識のある赤ん坊時代してないからな、家族以外に裸を見られることには別に抵抗無い。

 「そうですか……ああ、それと。 お食事はどうされますか? パンでよろしければ部屋にお運びしますが」

 「あ、はい。 ありがとうございます」

 パンだろうが白米だろうが食事は食事。 ありがたくもらわないと。

 「お貴族様のお口に合えばよろしいのですが……」

 「いえ、お構い無く。 貰えるものはありがたく貰いますから。 それよりロゼさん」

 「はい」

 そろそろそこにも突っ込まないと。

 「俺は貴族じゃない、ただの平民なんで。 ただのアリスです。 何ならアリス二号でも良いですけど」

 「アリス・ニゴウさん、でしょうか?」

 ……ううん、言葉がいまいち伝わってない。 生まれつき言葉だけは勝手に翻訳されるから便利だけど、微妙に伝わらない時かあるんだよな……。

 「二号でお願いします」

 「……はい、ニゴウさん」

 ロゼさんは少し笑って、一礼して部屋を出ていった。 足音が高く響いてる。

 部屋に残った俺。 ベッドの上に三着とも残ってる。 さて、着替えるか。

 今後は『アリス・ニゴウ』って名前になりそうだな。 まあ考える手間が省けて良かった。

 




ーーーーーーーーーーーーーー




 魔力のこもった霧が立ち込め、月の光のみ届かせる森の奥深く。 樹齢五百年を越えて久しいような大木が並び、地面は苔や湿った土に覆われる。

 常人には耐えられないほどの魔力濃度の霧を吸い、そして大きく吐いたその人物は倒木の枝に腰掛け、足元のそれを見下ろしていた。

 黒く焦げた毛並みは長く、額に伸びた白い角は根本から先が無い。 太く逞しい四肢に繋がる胴も大きく、尻尾は長い。 そんな獣が、周りにそれより一回り以上小さくよく似た獣の死骸を侍らせて、倒れていた。 わざわ心音を確認しなくても、それが死んでいることは誰にでも分かる。

 「しっかし……随分と派手にやってくれましたよねぇ」

 ドル・ウルフ。 白角狼。 それ自体は珍しくも無いが、この森に住まうそれは他とは一線を画していた。

 他の地方で見られる白角狼は立ち上がっても人間の男と大差の無い程度の大きさにしか成長しない。 角の大きさも手のひらほど。 しかしこの森の白角狼は子供でその大きさになり、親ともなれば見上げなければならない程の大きさとなる。 角の大きさは手のひら二つ分。

 肉質は固く食用には適しない。 毛も太く、防寒の衣類を作る程度にしか使わない。 しかし白角狼は価値のある魔物だった。

 何故か群れのボスにしか生えない角はそのままでは汚い色をしているが、一定以上の高温に晒すことによって汚れが消えて、白く玉のように美しく艶やかな形を現す。 これを飾りや薬とすることが貴族のような富を持つ者の中で大変流行っている。

 白角狼が常に群れで行動するために取り巻きでも難しいところで群れのボスを倒さなければ得られないので、貴族でなくても自らの強さの証拠として持ちたがる者は多い。

 特に魔蝕の森と呼ばれるこの森の白角狼は人語を解するほど長く生き、角は太く長く魔力を持つほどになっている。 その角を煎じて飲めば美しさと命を得るという噂まであり、市場に滅多に出回らないので価値は国内でも一万リルを越えていた。

 魔蝕の森の中で最も長く生き、最も長大なねじれた角を持つオスの白角狼、通称『ガラズ』の角の価値など計り知れない。

 今まで何人もの猛者がガラズに挑み、敗れた。

 

 そのガラズが、死んだのである。


 この森に白角狼の天敵はほとんど居ない。 あるとすれば縄張り争いか、この森で最も恐ろしいと言われるジュールウェンくらいだ。 それらは『白角狼を焼こう』なんて考えない。

 だがガラズの死骸は焼かれ、角は切られていた。 その価値を知る者の仕業に違いなかった。

 ガラズに限らず白角狼の特徴として『格下には倒せない』がある。 ただ倒すなら誰にでも出来るが、長く生き強くなればなるほどに熱などへの耐性が生まれ、角も強靭になっていく。 だからこそガラズを倒せた者が居ないし、魔蝕の森の白角狼の角の価値が高いのだ。

 そのガラズを燃やして、かつ角を綺麗な断面を残し持ち去るなど普通の人間どころかただの猛者には絶対に無理。 誰もが『奴が寿命を迎えて死体になったとしても角は拝めない』と語り、想像していなかった。

 しかし死体が目の前にある。 彼らは非常に驚いていた。

 「どんな方でしょうね、これをやった方は」

 夕焼けの赤い髪に夜明け前の紫の目。 白いコートの下に黒い衣服を纏う青年は、靴の爪先でガラズをつつく。

 「そりゃあ、歴戦の猛者でしょう?」

 現れたのは青と紫を混ぜたような髪をした妙齢の女性。 胸元を大きく開けて地面に引きずるほど長い裾をしたドレスのような黒い服を着ている。

 「かの黒騎士のような圧倒的な強さを誇る、とっても強い人。 嫌いじゃあないわ」

 「誰もリデルの趣味なんて聞いてません」

 「やだ、冷たい。 黒騎士の話題になるといっつも不機嫌だわ、アギリってば」

 しなを作って少し悲しそうな表情を見せる女性に、青年は呆れた顔をする。

 「やめてください、そんな顔。 ひたすら気持ち悪いから」

 「まあ、レディに向かって『気持ち悪い』だなんて……焼こうかしら?」

 「は? レディ? 私の知らない間に言葉の意味が変わりましたか?」

 「本当に焼こうかしら」

 互いに微笑みながら向かい合う二人の間に火花が散る。 その二人のにらみ合いを終わらせたのは這う音だった。

 霧の中でもはっきり分かる真っ白な大蛇が二人に向かって這っている。 ただの大蛇ではない。 胴の太さは一メルスで長さは十メルスを越えている。

 しかし普通の大蛇と大きく異なっているのは、本来首のある場所に蛇の首ではなく、人間の胴が繋がっているところだった。 琥珀色の肌に豊満な胸を隠すのは鱗と同じ色の布地。 腰ほどの長さのある白い髪を一度纏め、そこから複雑に結っている。 金色に輝くような目をした女性のような生き物だった。

 「仲良くするのは勝手だが、痴話喧嘩なら他所でやれ」

 腕を組み、にらみ合う二人を更に睨む。

 「痴話喧嘩だなんて、よりにもよってコレとだなんて、おぞましい事を言わないでくださいよ。 ジェイドさん」

 「そうよ私にだって選ぶ権利くらいあるわ、ジェイドさん」

 「そのような名で呼ぶでないわ。 オレはジュールウェンであるぞ」

 不快を露にした顔。 しかし二人は態度を変えなかった。

 「やだなあ私との仲でしょう? 正直、こんなのと噂立てられるくらいならジェイドさんの方がずっとずーっと良いです」

 「そうね、アギリと同じ意見は嫌だけど……選べと言われれば私はジェイドさんが良いわ、今すぐ押し倒せと言われれば押し倒せるのよ」

 「……貴様らな」

 やれやれと首を横に振った大蛇、もといジュールウェンは話を変えるために死体を見下ろした。

 身体をくねらせて、蛇の胴の上に座る。

 「まさかガラズが死ぬとはな。 これで少しは静かになるか」

 悼む様子は少しも見せない。

 青年、アギリは肩を竦める。

 「誰もガラズが倒されるなんて想像してませんでしたからねぇ。 私にも倒せませんから」

 「ねえジェイドさん? この森の事ならなんでも知ってる貴方ならご存知でしょう、どんな方がこれを倒したのか」

 「っていうか、ジェイドさんなんで私とコレを呼んだのですか?」

 そう言われ、ジュールウェンは「ふん」と悪態を吐くような素振りを見せる。

 「数日前から気が森の中にあった。 何もせず居るだけならば良かったが、どうやらそれが倒したらしい」

 「気?」

 女性、リデルが首を傾げる。

 「本来人間が近付くようなものではない、はずだが……」

 歯切れが悪くなる。

 「……力を感じる。 魔力と魔法の塊だ」

 「あの、よく分からないのですが」

 「とにかく強い力だ。 そしてとても奇妙な気配がする。 形は、人に近いのだが……」

 そう一人呟く。 アギリとリデルは顔を見合わせた。

 「ジェイドさん? その長命種特有の『言わなくても分かるだろう?』会話についてけない人は居るのよ、此処にも一人、私の右に」

 「もうちょっと分かりやすく言ってくださらないと困るほど読解力の低い人が居るのですよ? 私の左に」

 互いに互いを指差す。 互いの指に気付き、二人は一度視線を合わせ、顔をそらした。

 「だから喧嘩をするならば他所でやれ。 ガラズを倒した者は非常に強い力を持っている。 姿は人間……子供だ」

 「子供」

 真っ先に反応したのはアギリ。 続いてリデルが反応する。

 「女の子? それとも男の子?」

 「女子だ。 それを連れてこい、オレの前に。 そういう仕事の依頼だ。 報酬はあとで適当に何かやる」

 「なるほど、少女を此処に連れてこいと……」

 アギリは楽しそうな顔で頷く。

 「方法はどうします? 誘拐します?」

 「……普通に、連れてこい。 妙な事はするなよ」

 「やだなあジェイドさん、まるで妙な事をするかのような……私は紳士ですよ? 女性に、それも年端もいかないような少女に、酷い事をするように見えますか?」

 「しかねん。 お前はメスならなんでも良いのだろう?」

 「そんな酷い誤解です、私にだって趣味嗜好性癖はあります。 女性ならなんでも良いだなんて、変態じゃああるまいし」

 どこかわざとらしく肩を震わせるアギリ。 それを見てリデルは嘲笑する。

 嘲笑を聞いたアギリはリデルを見て、リデルはそんなアギリを無視した。

 「少女以外に特徴は? 今の居場所とか、容姿とか。 年齢も曖昧だわ」

 「……人間の年齢は分からん。 髪は銀だ、人間には珍しい色だろう?」

 「銀髪? 少女で、ですか」

 アギリは何かを思い付いた顔で言った。

 「あら、なにか思い当たる節でも?」

 「一応。 能あるものは、という事ですかね……」

 口元に手を当てる。

 本当に楽しそうな、そして嬉しそうな顔をしていた。

 



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