二人アリス
問題の場所では、問題児達が確かに這いつくばっていた。 俺が居なくなってから全く変わっていない。 いや変わってはいた、紫色の髪の俺と同じくらいの子と白いエプロン姿のオバサンが二人を心配そうに見ながらしゃがみこんでいる。
「あっ、お前、卑怯野郎!」
「よく戻ってこれたな!」
俺を見た瞬間元気よく言い始めた。 なんにも反省してないなこいつら。
心は野郎だが身体は幼女。 それを知らないんだからこいつらには俺が幼女にしか見えないだろう。 なのに『野郎』って。
「こら!!」
女の子が二人の頭を叩いた。 ぺちん、と良い音がする。
「あなた達ねえ、自分が悪いくせにそんな事を言うんじゃないわよ!」
「だってこいつ魔法を……」
「言い訳なんか聞きたくないわ!」
子供二人が黙った。
「本当に……貴方が、この魔法をお使いになったの?」
オバサンが言う。 『シスター』な格好をしていて、顔のしわなどがくっきりしていた。 かなり苦労していそうだ。
「お願いします、この子達をお助けください。 こんな子達ですが、私の宝なのです。 このように老いた私でよろしければどうぞ好きなようにお使いください」
「俺は、別にもう気にしてませんから」
二人の身体は地面から離れられないようにとくっついていた。 紫色の髪の子が手を挙げさせようとするが、少し上がったかと思うと力尽きたように落ちる。 これがその魔法か、確かに日常生活に支障が起こりそうだ。 にしてもヨールはどこからどこまで魔法が使えるんだろう。
さて、ヨールをどうやって説得しようか。 『嫌われたくない』って言ってたから、俺が言えば分かるはずだ。 でも、それを伝えるには言葉にするしかない。
そうすると俺は変人になる。
ヨールがどんな種族なのかは分からない。 が、あの見た目ではどう考えても魔族や魔物の仲間だ。 パッと見た感じでは人間でも直後に分かってしまう。 ……ホント、存在する世界間違ってるんじゃないか? ホラー映画とかゲームとかで追いかけてくるやつの間違いだろ。
「……俺は、その二人が元気に走り回れるようになったら嬉しいなー」
お腹に絡み付いた翼に触れながら言う。 こうする事で俺がどうしてほしいのかは分かるはず……はず。
俺の解釈が間違ってるのでなければヨールは『俺が喜ぶ事をしたい』という事で、俺が『こうしてくれたら嬉しい』と言えばきっと分かってくれる。
すると翼が少し動いた。
「あっ、動く! 動いたよお姉ちゃん!」
紫の子が嬉しそうに笑った。 子供二人は今までのが演技だったように起き上がって、オバサンと紫の子の前に立つ。
「おい! お前、ロゼ母さんにも魔法を使うつもりか!? 許さないぞ!」
「…………」
こいつらに関しては諦めよう。
「もう、あんた達が悪いのになんでいちばん偉そうなのよっ! いい? 殺されても文句は言えないの! なのに、あんた達ってば……!!」
「魔法使うやつが悪いんだよ!」
「そうだそうだ! 俺らは、正々堂々と自分の技で」
「わけわかんない事言ってんじゃないわよ! この子が良い子で、良かったわね!」
うんうん、俺が何かを言う前に言ってくれて助かる。 俺が言っても効果は無さそうだしな、こういうのは外野じゃなくて知り合いに言われた方が良い。
「誠に申し訳ありません。 大丈夫でしたか?」
オバサンが言ってきた。 『ロゼ母さん』ってことは母親なんだろうけど、母親というよりはお祖母ちゃんだ。 それに似てない。
「あ、はい。 お金は減ってないです」
むしろ増えてます、なんて言えない。
オバサンは心配そうな顔で俺を見る。 なんというか、優しそうな人だ。 基本ヒステリーしか無かった新母とは大違い、あの人は俺のこと『理想のお人形』程度にしか思ってなかったよなぁ。
「本当に、大丈夫でしょうか? ……その、見たところ大切なドレスが破れているようですが」
貴族にとってこの程度のドレスは普通の服だ。 本気になったらコルセットとかやりだすからな。 何回かやられたが悲惨だった、中身が出るかと思った。
でも普通の人にとっては『高そうな服』で、『金持ちが着るドレス』。 思い入れは大して無いし、着替えた方が良いんだけど。
「よろしければ私にお礼をさせていただけませんか? 昔はお貴族様のドレスの仕立てをさせていただいたのです」
「あ、じゃあ服欲しいです。 皆さんが着てるような服が。 直さなくてもいいから」
「……このような服でよろしいのでしょうか?」
「『普通』の服が欲しいんです」
いつまでもこの格好で居る意味は無いからな。 服を入手したらコートをお姉さんに返しに行こう、場所が分からないけど。
「では、シェインの服を……余りがあったはずですから」
シェイン、と言われて反応したのが紫の髪の子だった、性別がよく分からない。 いや、仮にも女に着せるんだから、女もの……?
服装は女でも穿く人は居るズボンだ。 全体的な数では男の方が多いが、顔立ちは女らしかった。
「ロゼ母さん、こんなのに何かしてやる必要無いよ。 だって、俺らが財布取ってもすぐに気付かなかったくらいに間抜けなんだぜ?」
「あんた達は黙ってなさい!」
「アレク、ニール、二人とも少しは反省の気持ちを持ちなさい。 お貴族様、宿はどちらに? 服をお届けしますが」
「…………」
これが宿無しなんだな、俺。 貴族でもないし。
「場所さえ教えてくださったら俺行きますよ」
「まあ、いけません。 私どもの場所はお貴族様には危険でございます」
「でも子供が生きてく事は出来るんですよね」
でなきゃ『お母さん』なんて出来ないはずだ。
「そうですけれど……。しかし危険です、私が責任を持って服をお届けします」
「すいません、俺まだ宿決まってないんです。 だから無いものの場所を言う事は出来なくて」
「そうでございますか……」
「……ねえ、ロゼ母さん? 今から来てもらえば良いじゃない。 あなたは旅の人で、この町ははじめてなんでしょ? 道分かる?」
女の子がそう聞いてきたので頷く。 旅人ではないが似たようなもので、初めて来た町なんだから間違ってはいない。
「そう、ね……。 お渡ししたあと、ちゃんと道をお教えして……。 そうしましょうか」
とりあえず迷いながら歩く事は無さそうだ。
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「此処がそうです」
そこは言うほど『あばら家』じゃなかった。 後から補修を何回も行ったような壁と屋根、高い壁と広い敷地。 元々は立派な建物だったのに寂れて老朽化した、っていう感じだ。
建物の上の方には、鐘でも飾っていそうな場所がある。 なんにも無いけど。
「立派なところですね」
「大したことはありませんよ。 雨が降れば雨漏りがし、風が吹けば軋む。 何度修理しても良くない場所が浮かんでくる……そんな、私の大切な場所です」
その言い方はとても優しかった。 場所に対する愛着を感じる。
「そして、わたし達の家!」
女の子がそう元気に言った。
敷地の中では俺と同じくらいの子供を中心として十人以上の子供が待っていた。 オバサンの姿を見ると喜んだ顔をして駆け寄ってくる。
「お帰り、お母さん!」
「アレクとニール、何かしちゃったの?」
よく見なくても子供達は肌の色も髪の色も様々で、顔立ちにあまり似通ったところは無かった。 いわゆる孤児院なんだろうな。
駆け寄ってきた子供達は俺の顔を見ると「あっ」という顔をした。
「新しい子?」
一番明るそうな子が言う。
「いいえ、大切なお客さまですよ」
「えー?」
「なぁんだ、つまんないの」
子供達は口々にそんな事を言う。
「そんなチビがお客さまって、どんだけ偉いチビなんだよ」
子供の一人がそんな事を言った。 ……まあ、気にしない。
「もしかして貴族なの? 貴族様?」
そう言った瞬間子供達がざわっとした。 顔を見合わせ、そして俺をにらんだ。 敵を見る目だ。
「また取り立てに来たの?」
「わたし達は、絶対に居なくなんかならないもん!」
「魔法だって、使えるんだぞ!」
「皆違いますよ。 この子にアレクとニールが悪い事をしたの。 だから、謝るために来ていただいたのよ」
「あー! もしかして二人とも、またお金盗んだのね!」
「ち、ちげーよ! やってない!」
「なんにも悪いことしてねーよ!」
他の子供からそう突っ込まれて、ずっと不貞腐れた顔をしていた子供が大きな声で言う。 嘘だ。
にしても『また』って、初犯じゃなかったのか。
「アレク、ニール。 詳しい話は後です。 さ、お貴族様、あちらにどうぞ」
オバサンが示したのは建物の扉。 少しボロそうだが、使えるには使える。 開けると大きく木が軋む音がした。
中はそれなりに綺麗だった。 流石に昨日まで居たウィレズニアの屋敷とは比べ物にならないが、掃除はしているようでゴミが散らかるようなことにはなっていない。
正面玄関があって、絨毯の無い硬い床が続きその先に階段と廊下がある。 絵でも飾られていそうな壁には何も無く、ただ日焼けしたような後が残る。 明かりは蝋燭と窓からの光、あとは天井の辺りに浮いた魔鉱石の光。 廊下の陰から子供が数人こっちを見ている。
「此処って何人くらい子供が居るんですか?」
「二十九人ですよ。 男の子が十六人、女の子が十三人。 皆食べ盛りで……」
多いな。 広さを考えるとその人数の寝る場所に悩むことは無いだろうけど、この人数じゃ食べ物に困りそうだな。 修繕費も結構凄い事になりそうだし、とにかく金がかかりそうだ。
なんとなく、盗んだ理由は分かった。
とりあえず自分が遊びたいからとかそういう理由ではないっぽいところには安心した。 まだなんにも聞いてないが。
階段は昇らず廊下を歩く。 所々床が剥がれている。
片方には扉が並んでいて、もう片方にはところどころひび割れた窓。 窓から見えるのは敷地を大きく使った畑で、色んな植物が植わっているようだった。
立ち止まったのは廊下の奥にある扉の前。
「では、お貴族様はこちらの部屋で。 アリス、服を運ぶからお貴族様のお世話を」
「はーい」
オバサンの後に紫色の子と生意気男子二人が続く。 男子二人は俺を睨んで去っていく。
「あの二人……」
女の子が呟く。
「本当にごめんなさい。 悪い子じゃないの」
「そう信じてはみたいんだけど……」
「そうよね。 まともに知らない人のこと、信じられないよね」
扉を開ける。 部屋の中はあまり掃除されていないようで、開けた瞬間中から埃が舞ってきた。
「あっごほっ、ごほっ」
「ご、ごめ、結構キレイな部屋のはずだったんだけど…………埃、すごいね」
部屋の中には小さなタンスと、部屋の半分以上を占める無駄にデカいベッドがあった。 ベッドだけはウィレズニアの屋敷にあったのを思い出すような立派な天井つきキングサイズベッドだ。
「でっかいベッドだなぁ」
「この屋敷は元々貴族様の屋敷だったの。 それはその貴族様の持ち物だったけど、こんなに大きなベッドが何個もあっても邪魔でしょ? だから……その、物置みたいな感じで此処に」
「…………」
「あ! 物置って言ってもね、此処のはとっても少ない方なのよ? だってベッドとタンスしか無いんだもの」
「いや……」
もっと、こう、置き場所があったんじゃないのか? そもそもどうやって部屋に入れたんだよ。
「窓開ける! そしたら、ちょっとはマシになるでしょ?」
女の子ーーもとい、俺と名前が被ったアリスは部屋の中に入る。 靴を脱いでベッドの上を膝で歩いて、窓を開けた。 開ける時に「んっ」という少しエロい声が出る。
風が入ってきて、通る。 埃っぽさが消えたような気がした。
「うん、ちょっとは良い感じ!」
アリスはそう言って、俺の方を向く。 それから少し不思議そうな顔をした。
「あなたって貴族様なんだよね?」
「そう見えるか?」
「………………見える。 うん、見えるよ。 貴族様に見える」
「なんで?」
そりゃあドレスは派手だ。 でもドレスしかない。 顔の良し悪しは身分に関係ないし。
「だってあなたの手はとっても綺麗なんだもの。 傷が無くて、白くて、柔らかくて、爪も整ってて、毎日手入れされてるみたい……」
そう言われて自分の手を見る。 確かに、たとえるなら手のモデルだ。 このまま成長出来れば指輪でも嵌めて雑誌の手のモデルが出来る。 白くて傷も無くて、苦労知らずの手だ。
毎日、新母は色んな場所の手入れをしていた。 髪や肌、足、腕、顔などなど。 一週間に一度はエステみたいなのに行き、よく分からない顔面マッサージを受けていた。 全部俺も妹と一緒にされた、拒否権なんて存在しない。
「見てよわたしの手。 ぜんぜん違う」
そう言ったアリスの手は、確かに汚れていた。 手のひらには何回も出来ては潰れたに違いない豆や色んなもので切ったような傷痕、指の間接の辺りが割れたような痕もある。 綺麗、とは程遠い。
アリスは俺の手を少し羨ましそうに見る。 この世界ってハンドクリームとか無さそうだよな、あっても高そう。
「貴族様って毎日綺麗な服を着て美味しいご飯食べられるんだよね」
「……まあ、そうだな」
毎日おしゃれと化粧とダンスと礼儀作法の練習させられての、その給料代わりみたいなもんだけどな。 そこは言う必要は無いだろ。
「ふぅん……」
アリスは羨ましいのかどうでもいいのかよく分からない反応だった。
「ねえ、なんで服が欲しいの? 貴族様がわたし達が着る服なんて着る必要無いじゃない」
「貴族は貴族でも『元』だからな。 こんな服は要らないんだ」
「そう……なんだ。 でも要らないなら売れば良いのに。 服も買ってくれるんだから」
「これ破れてるんだよ、ほら」
外套を脱いで見せる。 鞭で叩かれたりしたせいでところどころ裂けている。 裂けたところから肌は見えていないが下着はバッチリ見える。 ちなみに下着は、女物。 つらい。
「わー、ほんと。 でも生地は良いの使ってるし……売ったら良い値段になるよ。 生地の値段なんて、知らないけど……」
「角より?」
「角?」
「えっと……すごい綺麗なんだよ。 白くて長くて。 三千二百リルで売れた」
「さんぜんにゃく!?」
と、アリスが突然叫んだ。 目を大きく開いて、口を大きく開けて、それから「さんぜん、にひゃく……」と繰り返した。
『女が物価の心配をするくらいならドレスでも着てろ』というのが新父の考えで、俺がまともに教わったのは文字の読み書きと作詞、歌、宝石、流行り、あとは魔法の初歩も初歩くらいだ。 兄が本を読んでいたからちらっと読ませてもらったりもしたが、ほとんど覚えていない。
だから『三千二百リル』っていうのがどれくらい価値があるものか分からない。 日本円にしたらどれくらいなんだろうな。 アリスの反応を見るに、結構デカイんだろうけど。
「な、何を売ったのよ!? 角!? なんの角!?」
「さあ……知らない」
アリスの様子がおかしい。 なんだろう。
「三千二百リルあったら何出来る?」
「何? 何、ですって? この屋敷の修繕が出来ちゃうくらいよ! あと食事もパン一つから三つで……三ヶ月は生活出来るわ!」
それは結構すごいな。
「宿に泊まるとしたら?」
「この町最高の宿で一日……何リルだったかな。 百八十リルくらい? 一年は心配無しで生きてけるわ」
「すげー」
で、実際は五千リル持ってる、と。 二年は安泰かな。 ヨールに出してもらえば一生平気、って言いたいけど、そういうのはズルいと思う。 偽札で買い物してるみたいな。
「貴族様には金銭感覚無いの?」
「財布持った事も無い。 っていうか、いい加減その『貴族様』ってのやめてほしいんだけど。 俺には、その、アリスって名前あるから」
名前被ってるけどな。 今のところヨールにしか名乗ってない名前が早速削除の危機にあってるけどな。
「そう、あなたもアリスなんだ。 一緒ね」
「驚かないのな」
正直意外。 ちょっとは驚くって思ったのに。
「そんなに珍しい名前じゃないもの、何人も見た。 ……せっかくだから、わたしからも言って良い?」
「どうぞ」
するとアリスは、少しだけ言いにくいような顔をした。
「……あのね、そういう習慣があったら仕方ないって思うんだけど、女の子が『俺』って言うのはよくないって思う」
「…………」
すいません。 完全に癖なんです。 陰でこっそり、完全な女にならないよう男の練習してたんです。 癖なんです。
俺がそう思っていると、窓の向こうから子供の叫び声が聞こえた。 それに少し遅れて何かが壊れたような音。
「なんだ?」
俺が言うより先にアリスは怖い顔で部屋を窓から飛び出していた。 靴も履かないでだ。
「ごめんね!」という声が窓の向こうからする。
なんだ? 強盗でも出たのか?