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ラン、走る




 「待てぇぇぇぇ!!!」

 子供は次から次へと角を曲がって行方をくらまそうとしていた。 道は碁盤みたいだがところどころ違うような道があって分かりにくい。 元の道に戻れる気が全くしない。

 こういう時、六歳児じゃなくて元の身体だったら良いのに!

 子供の姿がだんだん遠くなってくる。 まともに運動してないせいでもう息が上がってきた。

 「退いた退いたぁ!」

 人が邪魔! 押し退けて通るのはいいけど、大通りに入られたらもうどうにもならない!

 でも追い付けない!

 どうにもなんねぇ!

 「わっ!」

 子供が突然二人とも転んだ。

 なんで転んだのかは分からないけど、チャンス!

 何も無いところで足をバタバタさせてもがいている。

 手から袋が離れて落ちていた。

 「返してもらうからな」

 袋を拾って見る。 中は千リル硬貨が五枚、何も盗まれていないようだ。

 にしても俺、なんで取られたの気付かなかったんだろ。 間抜けすぎだろ。

 「大丈夫か?」

 倒れてる子供に声をかける。 子供は足でもつったかなんか痛そうだ。

 それでも起き上がった子供は俺を睨んだ。

 「……んのヤロウ! なにすんだよ! 卑怯だろ!」

 「えー……」

 予想外。 心配して声をかけたのにこの反応は意外すぎて困る。

 「恥ずかしいって思わねーのか!」

 「お前らには言われたかねーよ」

 お前らのが恥ずかしいわ。

 だが子供達は『お前が悪い』という顔。 俺が悪いの?

 「魔法なんか使いやがって、ズルいぞ!」

 「はぁ?」

 魔法? 誰が?

 「誰が魔法使ったって?」

 「お前が!」

 「はあ?」

 俺、魔法使えないんだけど。 なのに魔法? は?

 「俺らの足、魔法で転ばせて! 卑怯だ!」

 「…………いや、俺は使ってないけど」

 まあ言う必要は無いんだけどさ、でも使えないものは使えないんだって。

 「嘘つくな! じゃあお前以外に誰だよ、俺達の足を掴んだの!」

 「卑怯! 卑怯!」

 年下っぽい方の子供が叫ぶ。 なんで、俺が悪いみたいなノリなんだ?

 だいたい俺じゃないのに。

 「あのさ、人の金を取る方が卑怯なんじゃないか?」

 「……このヤロウ!」

 「お前らに俺らの何が分かるんだ!」

 「…………」

 逆ギレ。 本当に子供だ、俺の方が怒るべきなのに冷静になれた。

 こいつらにも事情はあるんだろうし、どうしてもお金が必要だったんだな。 それに俺も間抜けだった。 そう思うとちょっとくらい良いんじゃないか? という気になる。

 …………ダメだろ。

 お金渡してあげてそれで解決になるなら良いだろうけど、絶対に解決しない。 優しくしてあげたいけどそれじゃダメだ。

 そして頭の上から大量の水が降ってきた。

 「わぁっ!」

 「ぎゃっ!」

 辺りがびしょ濡れになる。 でも何故か二人だけが濡れて、俺は全く濡れなかった。

 「ま、またやりやがった……!」

 「俺じゃなーーーー」

 …………。

 …………?

 

 ………………あ。

 

 「あー…………」

 

 頭の中に答えが浮かんだ。 それなら分かる。 何故か硬貨が変わった理由も分かる。

 納得がいった。

 でも、なんでだ?

 ……もしかして俺が困ってたから、とか? どうなんだろう。

 「……なんか、ゴメン。 服乾かした方がいいぞ、風邪引くから」

 「うっせー!」

 また水が降ってきた。 なんか漫才みたいだな……。

 「俺行くよ、真面目に働くこと覚えような」

 って、俺が言って良いセリフじゃないか。



ーーーーーーーーーーーーーー



 誰も居ない行き止まりに立って、板を見る。 文字は無い。 でも、なんとなく確信があった。

 「ヨール」

 話しかけると、行き止まりの方にヨールが現れた。 背は流石に建物より低く、翼が少し狭そうにしていた。 日に照らされても顔が白く浮かぶだけで、やっぱり怖い。

 「水、ぶっかけた?」

 頷いた。

 「お金、増やした?」

 頷いた。

 「…………えっと、なんで?」

 板に文字が浮かんだ。 文字は細めで揺れているように見える。

 『ありす、よろこぶ?』

 質問が質問で返ってきた。 でも言いたいことはなんとなく分かった。

 要するに、お金が増えたりしたら俺が喜ぶと思ったと。 なるほど。

 「でも居るなら居るって言えば良かったのに」

 文字が出ない。 ヨールの仮面がまたしてもニタァと笑った。

 これは喜んで……るの、か? 喜ぶところだったのか?

 『ありす、おこる』

 「え?」

 『きらい、いや』

 単語だけだからどうも分かりにくいな。 しかも音じゃなくて淡々と文字で流されるだからすごく分かりにくい。 絵文字のないメールのようだ。

 俺流に解釈すると、俺が喜ぶと思ったからああした。 でもなんで姿を見せなかったかというと俺が怒ると思った、嫌われたくないから出なかった、と。

 「それくらいじゃ嫌いにはならないけどな」

 『ありす、おこってない?』

 「怒ってない怒ってない。 それよりそっちこそ森に居なくて良いのか?」

 あっちが巣というか、縄張りのはずだ。

 『なにもない』

 森に居る意味は無い、ということでいいのか?

 「じゃあ俺と来るか?」

 『いいの?』

 「楽しくないと思うけどな、それでもいいなら」

 『いっしょ? おなじ?』

 「そうそう一緒に」

 仮面がまたまたニタァと笑った。 今度は喜びの表情って考えてもいいのか?

 本当に分かりにくいな、今までどうしてたんだろう。

 『うれしい』

 「そっか。 じゃあ握手でもするか?」

 『あくしゅ』

 そう書きながら首を傾げる。

 「握手ってのは……仲良くしよう、って事な」

 俺が手を差し出すと仮面が笑った。 喜びの表情……にしか見えないが、心境は分からない。

 ヨールはゆっくりと手を差し出してきた。 出した手は左手、俺は右手。 握手するなら右手が良かったな。

 手が俺と同じような状態で宙に止まる、握手のやり方を知らないらしい。

 仕方ないから俺がヨールの大きな指を掴んだ。 身体は羽毛なのに手のひらは人間と大差がない、マネキンと握手したみたいに冷たいが。 握った瞬間、指が大きく震えた。 なんだ、緊張してるのか。

 掴んだ指を大きく振って、俺は頷いた。

 「まずは宿探ししないとな」

 



ーーーーーーーーーーーーーー



 やっぱり、道は見失っていた。 どこをどんな風に曲がったのかが思い出せない。

 此処はさっきまで居た場所よりずっと治安が悪いように見えて、危険そうだ。 建物の周りにはガラの悪い連中が集まっている。 俺を見ると皆が指をさして笑いながらなにかを言い合っている。

 ダメだな、此処。 仮に宿があったとしても危険レベルは野宿と大して変わらなそうだ。

 じゃあどうする、って言われると本当に困る。

 「ねえ」

 とりあえず治安の良さそうなところに出たい。 こういう時、幼女なのが失敗だなと思う。

 「ねえ」

 むしろ今のところあの子供しか来なかったのはラッキーだった。 大人に来られると困る。 一応、姿を消したヨールが近くに居るわけだが、あんまりアテにもしていられない。

 「ねえってば、聞こえてる?」

 聞こえてました、すいません。

 振り向くと三つ編みの女の子が居た、金色の目が印象的だ。 年齢は小学校高学年から中学生くらい。 どこかから走ってきたのか息が上がっている。

 「何か用事ですか?」

 「用事があるから話しかけたの!」

 それもそうだ。

 「あなた、さっき盗まれてた子?」

 「……まあ、一応」

 「ごめんなさい!」

 いきなり頭を下げられた。 なに? 会話の流れから察するに、あの子供の保護者……ではないにしても、姉っていう感じだ。 似てないけど。

 「あの子達、うちの子なの。 許されない事だってのは分かってるの、でも許してあげて」

 「なんで?」

 「悪気があったわけじゃないから、だから……」

 なんだそれ?

 「…………悪気が無かったら許されるのか? おかしくね?」

 「だから、分かってるって言ったじゃない……。 悪いのはこっち、でも、お願い。 許してあげて!」

 「被害者こっちなのに?」

 「分かってるの、分かってるわ! もうしないようにって、何度も言う! だから許してください! このままじゃあの子達が……」

 「……なんかあったのか?」

 話が噛み合わないなぁ。 俺何かしたっけ?

 女の子は怒ったような顔で俺を睨む。

 「あったか、じゃないわ……あったのよ! あなたが魔法で、あの子達の身体を地面に縫い付けたんでしょ!?」

 「……は?」

 また俺に心当たりの無い魔法の容疑が……いや、心当たりはあるんだけどな。

俺の背後に居るんだけどな。

 「何をしても、ずっと動けないの……あなたが怒るのは分かる! きっとあの子達が失礼な事を言ったのでしょうね。 でも、いくらなんでも、あんなひどいことをしなくても良いんじゃな…………!!」

 そう言った瞬間、女の子の身体が止まった。 息を吸って吐く渇いた音がして、喉に手を当てる。

 「は……ぁ……!!」

 女の子は地面に膝をついた。 呼吸が荒い。

 「大丈夫か!?」

 女子にあるっていうアレか!?

アレの異世界版か!? でなきゃ突発性呼吸困難か!

 とりあえず背中をさするぐらいはしてあげようと手を伸ばすと、途中で何かにぶつかった。 羽毛のようなものが手のひらに触っていて、前に進まない。 そう思っていると何かが身体に絡み付いてきた。 後ろから抱きついてきたみたいだ。 感触に覚えがある。

 この犯人は。

 「ヨール、やめろ!」

 女の子が大きく咳き込んだ。 手の前にある壁など一瞬で消える。

 「大丈夫か?」

 背中を撫でてあげると、女の子は涙目になりながら頷いた。 良かった生きてる。

 「悪かったな。 その……俺のせいだ」

 「……ううん、私も……わるいの」

 呼吸を大きく何回も繰り返して、女の子は顔をあげた。

 「あなたが怒ってるのは分かる……でも、お願いします、助けてあげてください」

 「…………」

 多分ヨールが居るだろう方向を振り向く。 姿は見えない。 でも、きっと居る。

 「……うん、きっと事情があったんだろうな。 お金がほしいのは皆一緒だから仕方ない。 俺は気にしてないよ」

 だから助けてやれ、と言外に言ってはみたが通じているかは分からない。

 たぶんヨールも、さっきと同じ理由でそういう事をしたんだろうし、俺のためってなったら悪いのは俺でもあるって事になる。 怒るに怒れないんだよなぁ……そういう理由って。

 「あいつらって何処に居る? 助けてあげるから」

 「ホント!? ありがとう!」

 実際にヨールが分かったかどうかは見れば分かる話。 分かってなかったらその場でやればいいだけだ。

 そう思っていると女の子の顔に文字が浮かんだ。 見慣れた文体が細く消えそうな具合で書かれている。 書くのは何処でも出来るのか……。 でも書く場所が悪い、顔はやめてやれ。

 『ごめんなさい』

 「怒ってないから、行こう」

 文字が消えた。 その代わりのようにお腹を羽毛のようなものが這って、かなりくすぐったい。 一周ぐるりと回って、落ち着く場所を探すみたいに羽だけがわさわさと動く。

 「…………」

 すいませんすごくくすぐったいです。 なんか的確に変なところくすぐってくるんですけど、ヤバイ笑う。 我慢しろ俺、そして堪えろ俺。

 しばらくすると動かなくなった。 くすぐり攻撃も終わる。

 「何処に居るんだっけ、あいつら」

 「ミリース=カリヌよ。 着いてきて」

 なんか店の名前っぽい名前を言って、女の子は走り出した。 俺も走る。 俺が走っても、巻き付いた翼は特に変化もなく、腹巻き程度の気持ちで邪魔にもならず着いていく事が出来た。

 


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