ぼったくり、イケメン
このレイネンという町は結構栄えた町らしい。 どこに行っても人が居て、商売がされている。 そしてどこを見ても食料品か服、アクセサリーばっかりだった。
しばらく歩けばちょっとした広場に出た。 その円形の広場の周りにも露店が広がっている。 この広場の場合、どちらかというと建物の中に店があるのが多いようだ。
確かこの広場の何処かに、換金所があるんだな。
そう思って探してみると確かにあった。 犬みたいな名前の『レディ・パグ』、基本色は赤、少し高級そうな感じ。 これはアクセサリー専門らしい。 角は確かに真珠みたいに綺麗だが、アクセサリーではない。
更に探してみると『クミーン・ロイ』という黒い看板があった。 こっちが道具専門だ。 その隣には『カミーユ』があったが、別に質に入れたいわけじゃないから無視する。
『クミーン・ロイ』の中に入る。 中は正面に木製のカウンターがあって、誰かが売ったのか鉄の盾やよく分からない絵、ゴミにしか見えないようなものなどごちゃごちゃと積まれていた。 高そうなものと明かりのついたランプだけがカウンターに丁寧に置かれている。 あと、すこし埃っぽい。
「いらっしゃ…………」
客が来たからと挨拶をした店員の声が小さくなった。 その視線は明らかに『ガキかよ』と言っている。
「すみません、この角を売りたいのですが」
「ん、角。 はいはい、角ね、はい」
面倒そうな顔で手を出してきた。 渡せということらしい。
流石ファンタジー……でもないけど、客の扱いが雑だ。
俺が角を持たせるとやっぱり面倒そうな顔で角を見た。 しばらくの間見つめると、ぎょっと顔色を変えた。
「おいガ……お嬢ちゃん、これをどこで?」
今『ガキ』って言いかけたな。
「拾いました」
「拾ったぁ?」
何か問題あるかよ。
店員は俺を胡散臭そうな顔をして見て、角をランプの光に当てた。 その当て方はとても丁寧だ。
「ん……これは、その……千二百リルだな」
「千二百!?」
この世界での金の価値は日本とそう変わらない。 円=リルだとして、千二百リルは千二百円だ。
流石に物価は違うだろうが、いくらなんでも安すぎる。
「あの、千二百は安くないですか?」
「なに言ってんだよ、こんな……こんな趣味の悪い角に千二百も出してやるってのは良い方だ。 ……そら、仕方ないから袋もくれてやる、持ってけ」
そう言って投げたのは麻の袋だった。 中には千リル硬貨と百リル硬貨が二枚入っている。 結構入りそうな袋なのに中身は少なくて、とてもむなしく見える。
「確かに見た目は悪いかもしれませんけど、色はすごく綺麗じゃないですか」
「見た目が悪くちゃ加工出来ないだろうが」
「キズもあんまりありませんよ」
「んぁ? なに寝ぼけた事を言ってんだ、此処にキズがあるだろガキにゃ分かんねーがよ」
「……すいません、キズがよく見えません」
「おら」
丁寧に渡してきたので角を受けとる。 素直な店員だな。
キズは確かにあるが、このキズを差し引いてももっとある、と思う。 この角の価値がよく分からない。 分からないのに喧嘩を売る俺。
「どうだ? それがあるから安いんだ、分かったか」
「……本当はもっとあるんじゃないですか?」
「そう思う理由は」
「角に対する扱いがやたらと丁寧なんですけど。 角が高いから、そうするんじゃないですか?」
「ふ……」
店員の顔色がまた変わった。 図星だったらしい。
「ふざ、ふざけないでくれ。 高いわけがないだろう?」
「…………じゃあ、この角を叩きつけてキズが入ってもなんにも問題ないですよね?」
角を振り上げる。
角をうっかり渡してしまったのがこいつの失敗だったな。
「んな、ち、ちょっと待て…………」
「待つかよ。 はい、じゅー、きゅー、はーち、なーな……」
店員の顔色が真っ青。 効果アリみたいだ、もしかすると二千くらいはあったのかもしれない。
「さーん、にー……」
「待て! 待った! …………二千八百でどうだ!」
おー、一気に倍だ。 そんなに価値があるのな、ぼったくりやがって。
でもまだ止めない。 理由は『ムカついた』から。
「どうしようかなー、この角、別のところに売りに行ったらもっと売れるかなー」
「…………三千二百!」
「はい、どうもー」
店員がぐったりした様子で千リル硬貨二枚を渡してきた。 代わりに角を渡す。 麻の袋の重さが、少しは変わった。
「オッサ……おじさま、次からは子供だからってぼったくろうとしないでくださいね」
そう俺は、たぶん最高に輝いてる笑顔で店を出た。
……ヤバい、俺ちょっと気持ち良かったかも。 今なら言える『ざまぁ』って。
袋の中には三千二百リル。 これだけあれば……選ばなければ服は買えるか。 元は高いドレスだが破れたせいで見た目が汚い。
あとは今夜の寝る場所。 部屋を一ヶ月ほど借りる事が出来れば良い、よく知らない町での野宿は遠慮したい。
さてどうしよう。
そう思っていると、お腹から本能の音がした。
…………そういえば何も食べてないんだよな。 追い出された時間は夜だったから朝から何も食べてないということになる。
そして俺の食欲をそそるこの匂い。 焼きたてのパンの匂いだ。 俺の本能が言っている、『ここで食べないでいつ食べる』。
問題があるとしたら値段。 流石に全部使いきるくらい高いっていうのは無いと思うが心配だ。
とりあえず本能には抗えないので匂いのする方に行く。 細い道の方の露店に焼きたてらしいパンがあった。 フランスパンみたいに縦長なパンとかクロワッサンみたいなパン、丸いパンと見た目は様々。 どれも美味しそう。
「やあ嬢ちゃん、お金はある?」
そう言ってきたのは明るい茶髪に健康的な肌のお姉さんだった。 高校生くらいかもしれない、つまり俺と同い年。
「おひとつおいくらですか?」
「ん? お行儀良いね、丸いフリールは十リル、キリラは十一リル、中に野菜が入ってる日替わりパンは十三リルさ」
一つ十三リル。 安いのか高いのかは分からないが、良心的な値段だと信じよう。
「お野菜はなんですか?」
「今朝仕入れたばかりのミン草とナイマだね。 これを混ぜて中に入れてある。 甘いから子供でも安心さ」
「じゃあそれ一つと、丸いのをください」
「なら二十三リルだよ」
俺は麻袋を広げて硬貨を取り出す。 ……間違えて千硬貨を出してしまった。
再度取り出す。 ……千硬貨。 ……千硬貨。 ……千硬貨。
一気に全部出す。 全部、千リル硬貨だった。
「嬢ちゃんお金持ちだね、でもあんまり人前に出さない方がいいよ」
「あ、はい……」
おかしい。 百リル硬貨が一枚も無い。 二枚あるはずなのに、五枚ある硬貨全てが千リル硬貨だ。 何故?
間違えて百リル硬貨じゃなくて千リル硬貨をもらったとか? いや、あの店の奴が間違えるとも思えないし、俺だって見分けはつく。 百リル硬貨は銅色で千リル硬貨は白い色、ちゃんと数字も描かれている。 間違えようがない。
じゃあこの袋には魔法がかかっていて、勝手にお金が変わったり増えたりするとか。 そんな凄い代物を俺に渡すか、普通?
間違えて千リル硬貨をもらったと考えた方が自然だが納得はいかない。
「もしかして細かいのがない?」
「すみません。 これしか無いんです」
千リル硬貨を見せるとお姉さんはやれやれという顔をした。
「千リル硬貨かぁ……おつりは九百五……いや九百六? あ……九百七十七リルか。 悪いね、そんな大きな金はないんだ」
「そうですか……」
どうしよう。 お腹はすくし気持ちは完全にパンに移っている。 それにこの調子では他の店でもこうなりそうだ。
「パンをください」
そうこうしているうちに他の客が来てしまった。
「あ……はい、いつものね」
お姉さんも普段のような、でも少し歯切れが悪い様子でその客に対応する。
馴染みの客らしく『いつもの』で通じるらしい。 袋の中に色んなパンを入れていく。
「あとその野菜入りパンを一つと、そこのフリールも一つ」
「え? ……はあ、どうも」
何故かお姉さんは首を傾げて、追加されたものを袋につめた。
客はポケットから小銭を取り出して、こちらも慣れたように置いた。
年齢は二十歳前くらい、言うなら大学生。 少し短めの赤い髪に金色の縄の飾りのついた白い帽子と白いコート、スーツみたいな黒い服の男。 横顔を斜め下から見ていてもよく分かるイケメンだった。 ファッション雑誌の表紙を飾るようなイケメンと言うべきだな、ただし脱ぎはしないで線の細さだけアピールするというか。 どうせなら俺も将来こうなる感じの男に転生したかった。
イケメン客は袋を受け取って、イケメンにしか許されない笑顔を浮かべた。
「リーザさんのところのパンが一番だって、皆の評判ですよ」
「それはどうも。 それよか、あんたミン草嫌いじゃなかったっけ? 昨日ちゃんと言ったでしょ、今日のはミン草入ってるって。 なにやってんの」
「ええっ、ミン草入ってるんですかー? 早く言ってくださいよー」
イケメン客の驚き方はかなりわざとらしかった。
「そうですかー、入ってるんですかー、それは困りましたねー」
そう言って、イケメン客は俺を見る。 そしてにっこり笑う。
「そうだ、このパン差し上げますよ」
「えっ」
なんだいきなり。 イケメン客は袋からクロワッサンそっくりなパンを取り出して俺に渡す。
「あとフリールもどうぞ」
もう一つ、丸いパンも渡してきた。 焼きたてで、とても温かい。
「あの、これ」
「私、実は小食なんですよね。 なのにこんなに買って……、どうせ食べられないんです。 だからお嬢さんに差し上げますよ」
「…………」
日替わりパンとフリールを渡された。 そりゃあ、パンが貰えたのは嬉しいけれど。
…………え、もしかしてこの人、さっきの見てたとか? それでわざと買って俺にくれた?
なんだこのイケメン、良い人だ。
「なんだ、それならそうと言えば良いのに面倒くさいね」
「なんの事でしょう? 私はただ買いすぎたものをこちらのお嬢さんに差し上げただけですよ?」
イケメンだ、イケメンが居る。 見た目も中身もイケメンだ。
「ありがとうございます」
「お嬢さんが礼を言う必要なんてありません。 私が嫌いなものを買ったりしたのが悪いのですからね」
「でも、うれしいです」
「それは良かった」
イケメンすぎてヤバイ。 俺が女なら惚れる。 笑顔のイケメンっぷりが底知れずだ。
「それでは私はこれで。 仕事があるんですよ」
「リデルさんによろしく」
「はい、よろしく言っておきます、覚えてたら」
最後までイケメン臭を漂わせたまま、イケメンは去っていった。
その後ろ姿も歩き方も颯爽としていて、本当にイケメン臭がヤバイ。 イケメンは大きな通りに入り、人混みの中に紛れようとした。
「アギリさん!」
そこに二十歳越えてアラサーに入ったぐらいの男が駆け寄って、何かを耳打ちする。 それを聞いたイケメンは驚いた顔をして、走り去っていった。
「……格好良いでしょ? あいつ、アギリっていうの」
お姉さんが呟く。
「お姉さんの知り合いですか?」
「大したことない、ただの馴染みの客」
その口調には恋してる乙女の……は無かった。 普通のものを語るような目だ。
「格好つけだけど見た目は良いし誰にでも優しくするから、あれが好きな女の子は多いんじゃない? そのせいで無駄にギルドに入りたがる子が増えて困るって、リデルさん……と、あいつの上司みたいな人が嘆いてた」
「ギルド?」
「知らない? 色々仕事を斡旋してんの、私のこれもそれ繋がり。 この町は特にギルド多いんだけど、あいつのところは荒事が主なんだよね、それを知ってか来るんだからあの子達すごいわー」
現代日本でいうハローワークみたいなものか。 六歳でも出来そうな仕事あるといいな。
「今の人はそのギルドの人ですか?」
「そうそう、あいつの部下ってとこ。 あいつ顔も良い上に仕事まで出来るのよね、ほんと、持ってる奴は持ってるもんよね」
すげー……。ほぼ完璧じゃね?
「そのギルドってどこにありますか?」
「ん? 通りの反対側をまっすぐ行って三つめの角を曲がった『黒兎の耳』ってところだけど……行くの? 荒事が多いから荒い奴も多いのよ? 他のギルドの方が良いんじゃない? もっと安全な仕事あるかも」
「仕事がほしいんです」
「ふぅん……?」
お姉さんはそう言って、俺を上から下まで眺めた。
「まあ、行きたいなら止めないけどね。 私は仕事あるから案内出来ないけど……」
「はい、ありがとうございました」
道を教えてくれただけ十分だ。 さっきのぼったくり店員よりはずっとマシ。
「……ちょっと待ってて」
そう言ってお姉さんは建物の中に入っていった。 露店とパンと俺が残される。
空は色が変わってきた。 オレンジの夕方だ。 朝と昼抜きで晩御飯決定だな。 宿屋でもいいから探さないと。
しばらくするとお姉さんが戻ってきた。 手には赤い綿のコートが握られている。
「これ着ていきなさい、うちの店主の子供のお下がりだけどね。 あんたみたいな子がそんな格好してちゃ、色んなのに狙われるよ」
コートに手を通すと、お下がりだから仕方ないが誰かの匂いがした。 嫌な匂いじゃない。
綿百パーセント、かは分からないが、柔らかい。 ドレスの破れたところも見えなくなってしかも暖かくて、良い感じだ。
「ありがとうございます!」
「良いよ、それより行きな。 夜になっても出歩くのは危険だからね」
「はい」
良い人だなぁ。 性格が顔に出てるんだろう。 将来良い母になるな、うん。 うちの新母もヒステリックなところが無かったらまだ良かったのに。
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お姉さんが言った通りの場所にそれがあった。 やっぱり碁盤の目みたいな通りだ。 細い路地の中で他の建物とは壁が離れていて、『特別です』という感じがあった。
扉の前には白い看板が下げられている。
『ただいま緊急閉鎖中です。 用件のある方はリジーにどうぞ』
「……………」
閉まってる…………。 扉はしっかりと閉められていて、開けようとしても開けられなかった。
緊急閉鎖。 緊急閉鎖? 何かがあったってことか。
『リジーにどうぞ』……リジーって誰? ……行ったから良いことになるってわけじゃない……。 忙しいなら仕方ないな。 落ち着こう、もっと冷静になれ俺。
そもそもギルド入って何するんだ? ギルドって言われたら、戦うんだろ? 前流行ったゲームではそうだったしな。 で、俺が戦うの? 魔法使えないのに? バカか?
でも、緊急閉鎖ってなんだ? 本当は開いてるはずなのに何かあって閉めてるって事だよな。 なんだろう。
門を見上げていると誰かがぶつかってきた。
「突っ立ってんじゃねーよ!」
麻袋を持った十歳くらいの子供二人が向こうに走っていく。
元気な奴だな。 こっちは明日も見えないのに。 定年前にリストラされたサラリーマンの気持ちがちょっとだけ分かった。
とにかく今日一日ゆっくり考えて、寝よう。 せめてベッドと屋根があったらいいな。 お金の節約しながら進まないと。 宿どこだ?
……あれ、俺麻袋いつ手放したっけ?
「……………………あぁぁぁぁぁ!!」
盗まれた? 盗まれたよ! 盗まれたよ!!
さっきの、子供!?
俺の金が! 全財産が!!
でもって何故か扉が開いた!
「なーに、誰?」
金髪のお姉さんが出てきた。 出てきたけど、今は無視!