覆面さん(仮)との出会い
もしかしなくても、やっぱり覆面さんだろうなぁ。
でなくても傷治してくれたんだし。
覆面さんじゃなかったとしても味方だ。
翼が後ろの方に引っ込んでいく。
足元の翼は何故か地面の中に消えていく。
「え、ちょっと待っ、」
お礼言わせてお礼!
覆面さんシャイだから、すぐ居なくなっちゃうかも。 直接お礼言わせて!
俺、振り向く。 ついでに翼思いっきり掴む。
俺、絶句。
いや、普通に人間だと思ってました、覆面さんのこと。
デカさはだいたい、二メートルから三メートル。 身長が一メートルあるか怪しいレベルの俺からしたら、首が痛くなるくらい見上げないといけない。
身体は人間っぽい。 手があって、足がある。 当然俺の手足より長いし、爪っぽいのが凄く尖ってる。
全身ほぼ真っ黒。 底が見えないくらいに真っ黒。
その真っ黒なところから翼が伸びてる。 上にあった翼が真っ黒なところに消えていく。
普通、あるとしたら背中とか腰辺りだと思うが、そこだけじゃなくて首の辺りとか太ももとか手首とか胸とか変なところにいっぱい生えていた。 合計十枚以上。
でもってその翼が、なんというか変だった。
普通の、骨あって肉あって羽根あってって感じじゃない。 なんか、羽根だけを束ねたみたいだ。
今掴んでる翼からもそんな感じがする。 どこまでも柔らかくて、肉が無い。
ほぼ全身が真っ黒。 でも顔っぽいところだけが真っ白だった。 全身真っ黒な奴が顔に仮面でも付けたみたいだ。
これがキャラクターの仮面とかだったらまだ可愛いのに、鼻は無くて目と口しかない。 その目と口も、ちょっと手を突っ込んでみたくなるような、真っ黒。
それがピエロみたいに不気味なくらい裂けて笑った顔だ。
とりあえず雰囲気は人間ぽいけど、どう見ても人間じゃないのが居た。
正直、こういう状況じゃなかったら叫ぶ。
お化け屋敷とか、暗いところでこんなの見たらビビるわ。 なんかこう、よくあるお化けみたいに顔だけが白いから、暗いところだとそこだけ見えて確実に怖い。
「…………」
俺、叫ばなくて良かったと思った。
一瞬心臓が止まったかと思った。
翼を掴む手が緩んで、それを狙ったように翼が逃げる。
脇腹辺りの真っ黒なところに翼が溶けるように消えた。
俺と覆面さん(仮)。
いや覆面さんじゃないな、確実に。 覆面さんはムキムキマッスルだったけど、人間に見えたから。
「……あの、助けてくれた?」
くれたのですか? のが良かったかも。
「あ、ありがと……う」
おい俺しっかりしろ。
覆面さん(仮)の反応は無し。
頷きもしないでじっと俺を見てる。 その視線も地味に怖い。 視線をそらしたら負けな気がする。
どうしろってんだよこの状況。
相手は狼を一瞬で焼いちゃったくらいに強い奴。 幼女の俺なんか、一発ですよ。
三メートルくらいあって顔がじわじわくる怖さの奴とか、怖くない方がおかしいじゃん。
『次の餌はお前だ』とか言われそうじゃん。
どうしよう、俺。
いや落ち着け。
相手は強いけど、俺のこと助けてくれたじゃん。
しかも怪我も治してくれたじゃん。
考えてもみれば、きっと洞窟にあった羽根とか覆面さん(仮)のものなんだって。
良い奴だよ。 顔で判断するな。 人は顔じゃない、人じゃないけど。
「……ありがとな! 掴んで悪かったな! 痛かった?」
ちょっとフレンドリーにしてみた。
『調子に乗るな!』って言われたらどうしよう。
覆面さん(仮)は、ここにきて初めて反応してくれた。
頭を強く横に振った。 『痛くなかったよー』っていうことらしい。
この様子なら多少フレンドリーでも許されそうだ。
「俺のこと、助けてくれたんだよな?」
すると覆面さん(仮)は強く頷いた。 『助けたんだよ』らしい。
「もしかして、俺の骨折とかも治してくれた?」
頷いた。
これはきっと、かなり良い奴だ。見た目じゃないな。
反応の仕方もちょっと必死感あって可愛い。 そう、可愛く見えてきた。
「俺、アリ…………」
こっちの名前を名乗ろうとして、ふと思った。
名前どうしよう。
もうあの屋敷であったことは『気のせい』にして第三の人生を始めてもいいだろうし、良いかな。
「……ス。 アリスだ、よろしく」
アリヤもといアリシアもとい、アリス。 これが俺。
「そっち何て言うんだ? 名前。 俺何て呼んだらいい?」
覆面さん(仮)は黙った。
元々声出して無かったけど、頷きも無い。
なんだろう。
名前は名乗ったらダメみたいなルールがあるとか?
「名前、名乗ったらダメとか?」
すると覆面さん(仮)は首を横に振った。
じゃあなんだろう。
名前は名乗ってもいい、でも名乗らない。
……あ。 俺バカだな。
相手、喋らないんじゃなくて喋れないんだよきっと。
筆談出来れば良いんだけど文字知らなそうだしな。 なら仕方ない。
「よし、じゃーあ、名前当ててみるぞ。 ……ゴンタ!」
俺ふざけんな。
「タケシ!」
それうちの柴犬。
「ミドリ!」
ちょっと違う。
そもそもファンタジー世界に日本の名前持ち込む俺って何なの。
いや、それよかこいつ、男? 女? 胸は無いから男……にしてはついてるものないしな。
どっちでもないのか。 ファンタジーだからな。 便利だな『ファンタジーだから』。
「ヘンリー」
反応無し。
「ビアンカ」
反応無し。
「メアリー」
反応無し。
「アスラン」
反応無し。
「ジャイアン」
反応無し。
違うなら違うでそう首横に振ってくれればいいのに。
首を横に振る事の意味は、分かってるよな? まさかどっかの国みたいに首を横に振る事が肯定で縦にする事が否定、とか。
分からない……。
「あのさ、ヒントとかあったら嬉しいんだけど……」
会話をするのに言葉を使わなくてもなんとかなる。
ボディランゲージだよボディランゲージ。 動いて表現。 それだけ身体大きかったら俺にも分かりやすいだろ。
しかし覆面さん(仮)は予想の斜め上で、首を傾げた。
意味が分からないらしい。
うーん、全く違う文化の中に放り出されたみたいな気分だ。
外国人説あった桃太郎の鬼の人とか、こんな気持ちなのかもな。
教科書にあった「ヘマタ?」攻撃も出来そうに無い。
「会話出来たら良いんだけどなぁ」
すると覆面さん(仮)は、太ももくらいにある翼をこっちに向けてきた。
その先端には何やら白い板のようなものが収まっている。
俺がそれをじっと見ていると、翼の先だけが一度大きく揺れた。
『取って』とでも言いたいらしい。
なので取る。 本当にただの板で、薄くて軽い。
板を取ると翼は元のように引っ込んだ。
「……まさか、これがヒント?」
板。
英語で言うならボード?
ボードさん?
そう思っていると、板の中に黒いものが現れた。
点。 それは次に線になって、記号を描く。
文字だ。 もちろん日本語ではなく、この世界の言葉。 新父も俺がダメな奴と思っていなかったから、その辺の最低限の教育は受けている。
受けてて良かった厳しい教育。 つまらないミスにもあーだこーだ言ってくるんだよなぁ。
書かれた言葉は『ごきげんよう』。
なんか、ボードを投げ捨てたくなった。
何故第一発言がそれなんだ。
っていうか。
「筆談、出来るのかよ!」
今までの苦労は何!?
俺一人バカだっただけじゃん!? 一人で空振ってただけ!?
すると覆面さん(仮)がビクッと震えた。
表情は全く変わらない。 というか角度によってはもっと笑って見える。
でも確かに震えた。
え、なに俺が怒鳴ったから? 怒られたと思った? でもこれくらい言いたくもなる。
どうやら、見た目よりずっと繊細なハート持ち主のようだ。
「あのさ、そんなビビらなくても良いだろ、別に噛みつきはしないんだから」
というかあんたなら確実に一撃で俺を葬れるだろ、もっと堂々としろよ。
だが覆面さん(仮)は黙って後ずさった。
一番近くの木の陰に隠れて、しかし俺の事を覗いている。
木が如何に太くて大きくても、翼とかの分横幅があって『見つけてください』というくらいにバレている。 そして仮面が中途半端に見えている分、怖い。 なんかホラー映画みたいだ。
板の文字が消えて、新しい文字を映す。
『ごめんなさい』
……素直だな。
っていうか子供みたいだ。
心なしか文字が震えている。
見た目はデカイが、もしかするとまだ生まれたばかりなのかも。
ひょっとしたら世界最強な種族とかの子供。
……流石に無いな。 でも見た目よりかなり低い精神年齢かもしれない。
「えっと……此処には俺らしか居ないしさ、仲良くしようよ。 俺も怒ったわけじゃないし、気にするなって」
また文字が現れる。
『ゆるしてくれる?』
許す許さないの問題なのかこれ。 まあいいや。
「許す許す。 もう許した」
覆面さん(仮)はすぐに木の陰から出てきた。 仮面がニタァって笑う。
本当に子供みたいだな。 俺が言っても説得力無いんだが。
「で、あんた名前は? なんて呼べば良い?」
文字が変化するまで、一分はかかった。
ちょっと悩んだのかもしれない。
『わからない』
「分からない?」
自分の名前が?
『わからない』
うーん、こういう奴って生まれつき自分の名前を把握してそうなものなんだが。
「お父さんかお母さんに名前言ってもらったことはあるかな」
あったら知ってるだろうけど聞いてみる。
俺幼女だけど、精神年齢が低い相手なので言い方は幼稚園の先生風。
『わからない』
分からない、と。
親が居ないとか? 親が居なくても成長するって本当にファンタジーだな。
まああんまり言っても可哀想だからやめとくか。
「じゃあ、俺が名前決めてもいい?」
頷きが返ってきた。
よし、許しが出たから勝手に考えよう。
って言ってもな。
そう適当に決めていいことじゃない。
一生かけて使うものだからな。
俺には最近流行りの変な名前を付ける勇気が無かった。
年をとっても、就職にも恥ずかしくない、そして厨二でもない名前だ。
……意外と難しいな。
どうせなら呼びやすい名前がいいな。
「じゃあ……ヨールとか?」
理由。 カラーリングが夜っぽいから。
なんか雑だなー……。 夜は夜でも真夜中だろ。
『ヨール』
「あ、嫌だった?」
首が横に振られた。
『なまえ、はじめて。 うれしい』
嬉しいらしい。 理由とか意味とか雑だけど、一応真面目に考えて良かった。
「良かった。 じゃ、ヨール。 よろしく」
覆面さん(仮)もといヨールは、この和やかな状況で首を傾げた。
『よろしく?』
「そ、よろしく。 えっと…………仲良くしよう! ってこと」
つまりそういう事でいいよな?
一応『私と仲良くすることをお願いします』って意味もあるんだ。
間違ってはいない。
「だから、俺と仲良しになろうぜっていう意味。 嫌なら嫌で良いんだけどな」
『よろしく』
凄く太く大きな字で、そう書かれた。
力説というか強調というか、言葉でなくても分かりやすいな。
「おう、よろしく」
旅は道連れってな。
これで、一人で森をさ迷う事は無くなったわけだ。