覆面さんとの道中
洞窟はほぼ一本道。
風の吹いてくる方向に向かって歩くと、ちゃんと光が見えた。
洞窟の外は森。
どうやら本当に俺を森に捨てたらしい。
霧が深くて、木は全部デカイ。
神秘的って言えば聞こえはいいんだがちょっと不気味だ。
木がかなり高い位置に葉っぱを広げていて、とりあえず今が夜ではないという事しか分からなかった。
洞窟の外に出ても光は弱まりはしても消えなかった。
ちょっと明るいところに出てみると、羽根の色は白じゃなくて黒っぽい色と分かる。
にしても、誰が置いたんだろう。 まあ大体分かるけど。
何から何まで親切にしてくれたんだなあ。
もう会う事は無いと思うけど、とりあえずお礼はしておこう。
屋敷はどっちだ?
迷っても仕方ないので適当な方向を向く。
「ありがとなー!」
……うん。 聞こえたって事にしておこう。
大切なのは感謝の気持ち。 どうせ俺には恩人の顔も分からないんだ。
と思っていると、洞窟から音がした。
何か硬いものが転がったみたいな音だ。 誰か居るのか?
洞窟の中に向かって声をかけてみる。
「誰か居ますかー?」
かー? かー? かー?
俺の声が洞窟の中で反響する。 誰か居たんだろうか。
居たとしたらとてもシャイな奴だな。 ……あ、だから覆面だったのか。 納得した。
「なあ、俺のこと、助けてくれたんだよなー? ありがとー!」
反応は無かった。
もしかして俺、誰も居ないのに叫んでいたんだろうか。 うわ、恥ずかしい。
あれ、でももしかすると、俺の性格に気付いちゃった?
まあ屋敷じゃ一人称『私』の『大人しい娘』やってたしな。 下手にぎゃんぎゃん騒ぐよりは風当たりも弱いし。 捨てられたから、その演技の意味はもう無かったりするんだが。 リューシア今ごろ泣いてないかなー……強い子だから姉が突然失踪したとしてもいつまでもうじうじしてないと思うけど少し心配。
でも覆面さんからしたら『ちょっと前まで大人しかった子が、いきなり男言葉を使い始めたんだ。 何が起きているのか俺でも分からん』って感じだろう。 仕方ない。
「あのさ、近くの町って何処にあるんだろー? 教えてくれたら嬉しいなー、って思うんだけどー……」
ちょっと調子に乗っちゃった?
でも、俺一人で放置されたら助けてもらった意味が無いんだけど……。 こんなところで食糧も分からない、動物とか何かに襲われそう。 北も南も分からないし、町とか村とかの方向も分からない。
助けてくれるならそうしてくれたら嬉しいなー、と思っていると、羽根が宙に浮いた。
風が吹いたみたいに、ある方向に飛んでいく。
これってもしかして。
「案内してくれるのか?」
返事はない。
ってか、やっぱ居たのな。 覆面さんは相当な照れ屋さんだ。
そんな照れることないのに。 多少筋肉してようが、顔怖かろうが俺は気にしないぞ、度を超えてない限りな。
ーーーーーーーーーーーー
歩きだして約二時間は過ぎた気がする。
そんなに歩いてもまだ外に出られない。
羽根はずっと前方を飛んでいる。
羽根を操ってる覆面さんはたぶんずっと着いてきている。 見えないけど。
きっと物凄くシャイなんだな。
でも覆面さんが筋肉ムキムキマッスルなのは俺も知ってるし、今さらだ。 覆面さんは俺の素を知っているんだから、もうこれ以上暴露大会する必要が無いくらいに知り合ってるような気がするんだ。
羽根が飛んでいくのは、倒木とかが無い基本的に平坦で尖った石なども無い安全な道だった。
たぶん選んで通らせてくれてるんだな。 本当に良い人だ。
此処まで気使ってくれるんだ、シャイだろうがムキムキマッスルだろうがハートはイケメンに違いない。 でなきゃ度の過ぎた変態。
でも、そろそろ俺も一人は心配です。
「なあ、そろそろ直接道案内してくれてもいいんじゃないか?」
羽根に向かって言ってみる。
だが返事はない、ただの光る羽根のようだ。
「そんなに恥ずかしいんですか?」
敬語にしてみた。 だが返事はない。
「俺、今さら何があっても驚かない自信あるんですけど」
返事はない。
うむ、ガードが硬いようだ。
心の距離を感じる。
覆面さんも出てきてくれたらいいのに。
何て言ったらいいだろうか。 出来るだけ相手の母性愛とか父性愛とかをくすぐることが出来る、いかにも『か弱い幼女』を演じれば出て来てくれるだろう。
「……あのね、こんなところで幼女一人なのは怖いなぁ、なんて。 一緒に手とか繋いでくれたら、わたしすっごく嬉しいなぁ、安心するなぁ、なんて……」
がんばって幼女ぶってみた。 が、何も起きなかった。
くそ……今さらってか。 今さら可愛くするなってか。 もうバレてるんだから無理するなってか。
分かってるよ。
でも出てきてくれないと、覆面さんがストーカーみたいなんだって。
ほら考えてみろよ幼女の後を追いかける覆面。
ストーカーだよ。 じゃなきゃ変態だよ。
それにいい加減一人で喋り続けるの疲れた。
羽根は何も言わないでふわふわ飛んでいく。
これも魔法なんだろうなぁ。 なんで俺魔法使えないんだろ。 どうせなら魔法でどっかーんってしたいのに。
リューシアの魔法とか見ても全くやり方が分からなかったんだけど。
本当に才能無いんだろうな。
溜め息。
すると、そんな俺を励ますように草むらが揺れた。
そっちを見る。 が、誰も居なかった。
覆面さん……励ましてくれるなんて、本当に良い人だな。 俺が女なら惚れるわ。
俺は羽根の方を見る。
羽根は何事も無かったかのように飛んでいる。
また草むらが揺れた。 なんだ覆面さん、いきなり存在をアピールするようになったな。
揺れた方を見る。 今度は何かが居た。
灰色の毛並みをした、四足歩行の。
「……え」
犬。
むしろ、狼。 だがデカさは、立てば本来の俺(身長百七十八)よりあると思う。
それが五体。
別の方を見る。 また狼。
更に別の方。 まだ狼。
とりあえず、お腹すいてそう。
ヤバい?
羽根はそんなことを知らずか分かってか能天気に光っていた。
おいおい覆面さん、ヤバいよヤバい。
俺死んじゃう。 武器も魔法もない、いわゆるレベル1の俺、死んじゃう。
遠くで狼の鳴き声。
どんどん集まる狼。
どんどん距離つめてくる狼。
うん、絶体絶命大ピンチ。
狼の中には「俺がボス」って感じのまで居た。
デカイやつで、三メートルくらいありそう。
灰色の毛並みの中に苔みたいなの、あと角があった。
真っ直ぐな黄色い角をギュッと思いっきりねじったみたいな角だ。
とにかくでかくて強そう。
俺、ピンチ。
あ、でももしかしたら、覆面さんの正体がこれという可能性も。
いやいや落ち着けよ俺。 バカなこと考えるな。
「こ、こんにちはー」
声をかけてみる。
効果なし。
狼との距離、一メートル。
狼の数、二十匹以上。
「俺なんか食べても、美味しくないですよー?」
今度は不味いアピール。
するとボス狼。 なんか笑う。
「人間のガキは、肉が柔らかく美味いのだ」
喋るのかー。 すげえなファンタジー。
掠れてるような感じだけど、雰囲気には合ってる。
「あのさ! 同じ言葉を喋る同士、その、食べたら気まずいじゃん? やめといた方が良いと思うなー」
俺はならばと理論攻撃。 いや論理? まあいい。
「そんな下らん事に構う奴など居るものか」
ですよねー。
「こんな人間のガキは久しぶりだ……ご馳走だぜ」
おおう食べる気満々。 狼の一匹が、飛びかかってきた。
俺の足に噛みつく。 って、マジ痛い! 幼女の足がマジ痛い! 食い込んでる食い込んでる!
蹴ってみる。 狼は離れない、流石幼女の蹴り大した威力が無い!
「痛い!」
と思ってる間にまた一匹飛び込んできた。
違う足に噛みつく。 そして俺を引きずり倒した。
周りに狼が集まって、生臭い息が当たる。
厄日か! 今日は、厄日か!? 泣いていい!?
「野郎ども! 首は、俺様のものだ!」
ボスの攻撃! 俺の首を狙ってダイブ!
だが吹っ飛ばされたー!
……え?
ボスの身体が木まで吹っ飛ばされた。 木がミシィと嫌な音を立てて、地面に落ちる。
俺含めて狼達が『え?』って感じ。
上を見る。
霧の中になんか、黒いのがあった。
黒くて太くて大きい。
ちょっとトゲトゲ感があったりなかったりするような。
かと思えば狼の悲鳴がした。
俺の足に噛みついていた狼が口を離す。
なんと俺の足の下から、何かが生えていた。 それが狼に突き刺さったらしい。
キノコじゃない。 タケノコでもない。
でも一瞬タケノコかと思った。 見た目は似てる。 違うのは、それが黒くてちょっと柔らかいってこと。 俺は、タケノコ以外にそっくりなものを知ってる。
俺の背後から、何かが現れた。
それは、やっぱりそれだった。
二つ背後から現れて俺を包むようにして、俺の前で交差。
鷹とか、鷲とか。
そういうのよりもっとデカイ、真っ黒な翼だった。
でも何か違うような。 違和感がある。
たぶん、後ろに本体が居る。
ちょっと振り向くのが怖い。
って、これまさか覆面さんだろうか。
覆面さんは実は天使的な存在だったのか。 メルヘンだな。
「ぐ……この……!!」
ボスが走ってくる。
そこに、上の翼から一枚だけ羽根が抜けて、ボスに触った。
その瞬間、ボス炎上。 全身火だるまで燃えて、倒れた。
そして他の狼にも連鎖していって、全部が燃えてしまった。
周りが燃えているのに俺には熱さが無い。 木に燃え移る様子もない。
火は嘘みたいに消えた。
黒焦げになった狼達が残る。
ボスの頭から生えた角だけが、何故か白くきれいに漂白されていた。
「…………瞬殺」
本当に一瞬だった。
そう思っていると、何かが足に触ってくるのを感じた。
見ると、両足首に翼が絡み付いている。 それも羽根の一枚一枚が別の生き物みたいに肌の上を這っていた。
場所はちょうど噛まれたところ。 血が出てる。
怪我を覆うように羽根が触ってきて、怪我の場所が青白く光った。 光はすぐ消えて羽根が離れる。
怪我は跡形もなく消えていた。
字下げが出来ていなかったので修正しました。
そのついでに文章も色々といじりました。