第一部
「それで置いてきたはずの女の子が?」
「うん、この子」
僕は隣を指差す。
いつの間にか目を覚ましていた少女は、今は僕の隣で僕と翠を交互に観察している。
「なんで置いてきたはずなのに、一緒にいるわけ?」
それが僕もよくわからない。
流れで少女を家に入れたけど、いつからこの子と一緒だったのだろう。
「気が付いたら背中に張り付いてたんだよ」
「……意味がわからない」
まあだいたいの予想はついてるけど、と言いながらも眉をひそめる。曖昧な説明しかしない僕に不満があるのだろう。
僕自身も多少の予想はついているけど、正確に把握しているわけではないから、そんな説明しかできない。
まあどうせ起きているのだし、
「詳しいことは、本人に聞けばいいでしょ」
2人の視線が少女に向く。
少女はそんなことはお構いなしと、今度は一心に翠を見ている。
「ねぇ、君は魔法使いなの?」
「……その前に聞きたいんだけど、あなたも魔法使いなの?」
少女は疑惑の目を翠に向ける。
僕のときは、初見で当てていたけど、なんで翠には直接聞いているのだろうか。
魔法使いかどうかがわかる能力があるにしろ、僕のことを調べていたにしろ、翠が魔法使いかどうかはわかるはずなのに。
僕が疑問に頭を悩ませている中、翠は「これはミスった」と肩をすくめる。
「そういえば、自己紹介をまだだったね。僕は、キリスト教式魔法師団第五支部『後朱雀』の元メンバー、翠光。魔法使いだ」
「僕は八雲翔太」
僕も一応名前を教えとく。
「君は?」と僕が促すと、
「うちっちは風見鶏風深。名前は忘れたけど、確か『ゲンブ』とかいうとこにいたよ」
「え!?『ゲンブ』って、あの『玄武』!?」
少女―風見鶏ちゃんが口にした単語に、翠は驚きの声をあげる。
「なんだよ、それ。何か知ってるの?」
「知ってるも何も……。覚えてないの?」
「何にも」
自慢気に言ったら、呆れられた。
仕方ないじゃないか、3年も前のことなんだし。
「『玄武』って言ったら、『青龍』や『白虎』、そして僕達がいた『後朱雀』と並ぶ、日本四大魔法師団の1つだよ。名前だけでも知っとけって、習ったでしょ?」
「全然覚えてない。そもそも『後朱雀』ってあの神父の名前じゃなかったか」
「よくそこだけ覚えてるね……」
翠は呆れてるが、そうそう忘れられるかよっていうものだ。
なんたって僕達に1番優しくしてくれて、そして1番酷い宣告をした人がその後朱雀なのだから。
「当主はその権威を示すために、組織名に改名するのがしきたりなんだよ」
「そういえばそんなことを言っていたようないなかったような……」
…………。
……忘れました。
「確か『玄武』は、アイヌ式だったはずじゃないかな」
「それじゃあこの子は、北海道に住んでたってこと?」
「そんなことないよ。うちっちが住んでたのは、ここから電車で1時間くらいのとこ」
「北海道じゃないんだ……。しかも意外と近い……」
「様式が同じでも、住む場所は違うさ。『後朱雀』だって元が隠れキリシタンのはずなのに、関東圏内で暮らしてるわけだしさ」
今は様式の意味合いも薄れてきてるしね、と翠は皮肉気に笑う。
まあ文化の融合が極端に行われている日本じゃ、キリスト教もアイヌももはや原形すら留めていない。日本にいる以上、魔法の文化も影響を受けているのだろう。
「それで結局、うちっちの質問に答えてもらってないんだけどっ」
風見鶏ちゃんはイラついた様子で、翠に迫る。
さっき魔法師団の元メンバーだって、翠が魔法使いだって紹介したはずだけど。
「口だけなら、何とでも言えるでしょっ。だからうちっちは証拠が欲しいのっ」
「証拠と言われても……」
「しょうたみたいに、魔法を使って見せてよっ」
……あれ?
僕は何か違和感を覚えた。
僕が魔法を使ったのって、風見鶏ちゃんが僕がそうだと当てた後じゃなかったっけ?
事情を詳しく知らない翠は、僕の困惑した表情に気付いていないらしく、
「それじゃあ、そうだね。風深ちゃん、どこか怪我してたりしないかな」
左手を差し出した翠に、風見鶏ちゃんは当惑したように身を引く。
「……どうしてそんなことを聞くの?」
「証明しやすいかなって思って」
「なあ翠、別に僕の傷でもいいんじゃないの」
さすがにこれは説明不足過ぎるので、僕は疑問を飲み込んで助け舟を出してやる。
「別に君でもいいけど、やっぱり体験したことの方が信じられるだろうから、風深ちゃんの傷で証明するよ」
そんなものか、と納得しきれない分は呑み込む。
かすり傷程度でもいいんだ、という翠の言葉を聞き、風見鶏ちゃんは渋々左腕を翠に向ける。
「走ってるときに、ここを少し引っかけちゃったのとかでもいい?」
「うん、いいよ。じゃあちょっとごめんね」
そう断ると、差し出していた左手を風見鶏ちゃんの左腕に添える。
「じゃあいくよ」
風見鶏ちゃんが、戸惑いながらうなずくのを確認すると、翠は真剣な顔つきになる。
それに合わせて、翠の体から深紅の光が漏れだす。
カーテンから漏れ入る光と同じくらい、深紅の光は狭い部屋を暖かな色に照らしだす。
翠は人差し指を立てた右手を、風見鶏ちゃんに見せるように目の前に持ってくる。すると、光はゆっくりと人差し指に集まって行く。
まるで翠の指に蛍が停まっているような、見慣れてても見惚れてしまうくらい幻想的な風景だ。
「不死鳥の涙」
囁きかけるように唱えると、交点を中心に微かな火がぽう、と灯る。同じ赤色の火だけど僕の炎と違い、見ているだけでも安心感を与えてくれる、そんな優しい灯火だった。
翠はその指を風見鶏ちゃんの傷に持っていく。肌に火が近づく恐怖心もなく、魅せられたように風見鶏ちゃんはその動きを目で追っている。
翠の指がすぅ、と風見鶏ちゃんの傷をなぞる。
すると、
「治った……っ?」
綺麗な腕には、傷跡1つ残っていなかった。
伝承にある不死鳥の涙と同じように、傷を完治させたのだ。
「これが僕の魔法、『不死鳥』だ」
「翠は不死鳥と共通項がたくさんあるんだ。だから魔法で同化することで、その不死性を操ることができるんだよ」
「そんなすごいことができるんだっ」
「そう凄いんだよ。でもその凄い魔法ができるせいで、翠は他の魔法は使えないんだけどね」
「そうなんだ……」
「……ねえ翔太、君のせいで初対面の子供に気の毒そうな目で見られてるんだけど」
「別にいいじゃないか、本当のことだし。その魔法は他の人には絶対に無理なんだし、誇れることだろう」
「……生まれつきのもので、努力して手に入れたものじゃないから、自慢していいのかどうか、悩むところだけどな」
まあそこはおいおいってことで、とお茶を濁しておく。
「まあこれで、翠が魔法使いだってことは納得してもらえたかな?」
「うん、納得できたっ」
「それじゃあ話を戻して……、何だっけ?」
「風深ちゃんが魔法使いかどうかってこと」
「それじゃあ、うちっちも魔法使いだよっ」
「どうせなら証拠を見せてくれないかな?」
……翠。さっきの意趣返しか知らないけど、人の悪い顔になってるぞ。
なんて言ってやろうかと思ったけど、風見鶏ちゃんは笑ってるし、まあいいか。
「わかった。じゃあ証拠を見せるねっ」
風見鶏ちゃんは気軽に、上に向けた掌を自身の目の高さ当たりに挙げる。
風見鶏ちゃんの喉には桃色の光が灯る。
その喉を動かし、風見鶏ちゃんは大きく息を吸う。
「『ピー』」
人の声帯では決して出ない高音が、風見鶏ちゃんの口から小さく響く。それはまぎれもなく、公園で聞いた鳥の鳴き声だった。
掌に向けて吹いた息は、そのまま消えてなくなる。
「…………」
「…………」
「…………」
何も起きないよ、という言葉が口から出かかるが、それを飲み込む。僕の予想が正しければ、きっと……。
その思いで聴覚と視覚を、できる限り集中する。何が起きても見逃したり、聞き逃したりしないように。
すると微かにシュルシュルという音を漏らしながら、風見鶏ちゃんの掌の上でホコリがくるくると回っているのが見えた。
漫画みたいな効果がないからわかりにくく、凝視しないと気付かない程度の弱々しさだが、確かにそこには風が渦を巻いていた。
やっぱり、と頷く。
「やっぱり君があの風を起こしたんだね」
うんっ、と風見鶏ちゃんは頷くと、右手を軽く振る。
それに合わせて、微かな音が消え、魔法が解けた。
感想とか頂いて嬉しい限りですが、すいませんが一旦ここでチャシャ猫は休載させていただきます。
練習がてら書き始めたはいいけど、本命の作品がやっぱりどうしても書きたいので、今はこれ以上書きません。
いつか続きを掲載できたらとゆう願いを込めて、完結とはしませんが、未完作品だと思って、続きは期待しないで下さい。
数少ない読者の皆さんには、謝罪させていただきます。ごめんなさい。
p.s.
感想で注意されたので告知しときます。
11月1日に「アリスとアイリス 挿話候補」を掲載しました。
文字通り「アリスと魔法使い~I am The Cheshire Cat~」の本編に入れる挿話の候補です。
現在三話上げてますが、まだいくつか書くつもりです。
投稿テストだと思って読んでください。
p.s2
告知です
「アリスとアイリス」を投稿しました
これが本編のつもりなので、まだ一章しか上げていませんが、読んでいただけたら嬉しいです
http://ncode.syosetu.com/n2036bx/