第五部
「でも、ここらへんはその手の事件は、あまり聞かないよ」
「うん、そうなんだけどさ……」
珍しく煮え切らない黄緑さんに、不思議に思う。
「どうしたの?」
「前にツイッターやってるって話したよね」
「うーん、そんなこと言ってたっけ?」
覚えが無い。どうせ忘れたんだろう。まあ現代っ子ならやっていない人の方が少ないのかな。ちなみに僕はやっていない。お金がないから、そもそも携帯じゃなくてPHSだし、翠にパケット禁止令が出されているのだ。だからよく友達の話についていけなくて、悲しくなる。
黄緑さんはまた頬を膨らませて、「言ったよ」とむくれる。
「それでこの前、ある人が呟いてたことなんだけどね」
「うん」
「最近近くにアリスの集団が来てる、ていう噂があるんだって」
「そりゃまた物騒な……」
「『異形を狩る者』っていう名前らしんだけど」
「うん、その中二病抜群のネーミングセンスから、痛い人達だっていうのがよくわかるね……」
そもそも、何故グループ名が知れ渡っているのだろうか。もうその時点でだいぶ危機感が足りない集団というか、アリスにとっての一般人の脅威を知らないのだろうか。一般人がアリスを殺傷害した事件は多数あったことから、最近のアリスは身を潜めているというのに。ただの馬鹿か、あるいはそれを無視できるだけの能力者の集まりか……。
……名前からして前者にしか思えないや。
いや、そもそも、
「その……『異形のなんとか』っていうのは本当にいるのかな」
「『異形を狩る者』、だよ。どうしてそう思うの?」
「だってさぁ」
そもそもツイッターからの情報、というところからして半信半疑なのだ。不特定の人物が提供した情報や噂ほど、嘘や尾びれが付いたものが多いものなのだから。それに今回の場合、
「まず名前がわかってるって時点で胡散臭いんだよね」
「何で?」
「謎の組織の名前が公になってたら、謎じゃないでしょ。アリスも同じ」
「そういえば、そうだね」
だから何故そうやって二次元のキャラみたいに、可愛らしげに指を頬にあてるのだろう。わざとやっているなら、余念がないというか、なんというか。
「次に、近くに来たっていうことも、どうやって知ったっていうんだよ」
「それは……誰かが見た、とか?」
……そうやって首を傾げなくていいから。
「アリスの外見は普通の人と同じなんだよ。見ただけじゃわからないよ」
「うーん……。あっ、でも超能力を使ってたのかもしれないよ?」
人差し指を立てて、「これならどうだ」と言わんばかりの笑みを浮かべてくる。
「それも考えられないな」
「どうして?」
「良い事にしろ、悪い事にしろ、超能力を使ってたら、それだけで大事だよ。もしもそうなってたら、ツイッターで書き込まれる程度じゃ済まないよ」
「あー、なるほどね」
手をポン、と叩く黄緑さんは、僕に感嘆している様子だった。この程度で驚かれると、頭の出来の悪さが露呈しますよ……。
「それに名前も気になるんだよね」
「ていうと?」
「『異形を狩る者』って。アリス自信が異形じゃないか。アリスがアリスを狩るっていうのは、あまり考えられないな」
アリスを狩る一般人、という意味であったとしても、そういった名前を付ける人は自己主張が激しいことが多いはず。それなら、ツイッターで噂される程度な訳がないだろう。
「そうだね。あ、そういえば、その名前の由来についても色々呟かれてたよ」
黄緑さんは立てた人差し指を振って、
「なんでも、その人達の標的はアリス以外の異能を持ってる人らしいよ。だから『アリス』じゃない『異形』なんだって」
「……ふぅん。でも、そんな人がいるもんなのかな」
一瞬返事が遅れた。黄緑さんはそんな僕の様子に気付いていないようで、「八雲くんもそう思う?」と苦笑いを浮かべている。
「私もアリスがいるから、何でもありかなぁと思ってたけど……、さすがに『魔法使い』は、いないよね」
あはは、と可笑しそうに笑う声が、一瞬遠く思える。
魔法使い。
その言葉に思わず僕の足は止まる。聞き間違いかと思って、黄緑さんを見るが、「あ、もう公園着いちゃった」とか言って前方を指差している。もし『魔法使い』という言葉が聞き間違いでなければ、その噂は真実味を帯びることになる。だからもう少し詳しく聞きたいところだが、黄緑さんの様子からすると、この話はお終いらしい。ここでわざわざ質問するのも不自然なので、仕方なしに僕は本来の目的に気持ちを切り替える。
公園の入り口前に立ち止まると、
「それで?藤岡クラス委員長はどの道を通ったの?」
「……八雲くんって、いつも他人行儀に名前を呼ぶよね」
失礼な。礼儀を弁えていると言ってほしいよ。
この柳場公園はそこそこ広い自然公園だ。当然ある程度の数の道が、縦横無尽に敷かれてある。僕達がいる場所から、最寄りのコンビニまでの通り道だと、少なくとも十通りある。当然、その内のどの道を通ったのかによって、捜索する場所も変わってくる訳だが、
「それが、藤岡くんよく覚えてないんだって」
「はあ?黄緑さんが聞き忘れたとかじゃなくて?」
「……私をバカにしてるの?」
上目遣いに僕を睨んでくるが、それも可愛らしい。もうここまでくると他の女子は、神の不平等さを嘆くことも、馬鹿らしくなるのではなかろうか。
「バカになんてしてないよ。ただそう思っただけ」
「やっぱバカにしてるじゃない」
拗ねるのはわかるけど、唇を尖らせるのはどうだろう。可愛いというより、ガキっぽいだけだぞ……。
「それで、どうして藤岡委員長は、自分が通った道を忘れてるの?」
「あ、少し良くなったね」と、子供の悪い癖が直ったときの、お母さんのような顔をする。……君の方が子供らしいからね。
「藤岡くんはだいぶ急いでたらしいから、真っ直ぐな道を通ったことくらいしか覚えてないんだって」
「……真っ直ぐ、か。曖昧な記憶力だね」
「物忘れが激しい八雲くんが言えたことなの」
手厳しいね。耳が痛いよ。
「一直線の道なんてないから、きっとそんなに曲がり角がない道だと思うよ」
「そうすると、ここか、あっちの道を真っ直ぐ、てとこか」
公園の入り口から見て、目の前にある緑が多そうな道と、右手にある見晴らしの良さそうな道を指差す。
「……さて、どうしようか」
ここは二手に分かれて探すのが、落し物を探すときの定石だ。けど、アリス以外にも不審者はいるのだから、人気の少ない公園を女の子一人に歩かせるというのは、普通に危険というか、心配だ。だけど、『異形を狩る者』が本当にいたとすると…………。
僕がああでもない、こうでもないと悩んでいると、当の黄緑さんは、
「どうしようかも何も、一緒に探せばいいじゃない」
「でも別々の方が効率が良いし――」
「だから、行き帰りで別々の道通れば、二人で探せて効率良いでしょ?」
「…………おおっ」
思わず手を打ってしまう。バカだという認識を少しだけ改めないといけないな、これでは。
「じゃあどっちから行く?どうせなら行きで見つけたいとこだし」
「私はどっちでもいいよ。八雲くんが決めてよ」
「いや。間違えたときの言い訳のためには、僕が選ばない方がいいよ」
「どうして?」
「どうしてって、それほど深い理由じゃないけどさ」
「うん」
「あまり長い時間君と2人っきりになった原因が僕にあると、クラスの男子が何を言うかわかったもんじゃないからさ」
拙い説明力しかないから自信がないけど、黄緑さんには伝わっただろうか。
見ると黄緑さんは、笑うのをこらえているような顔をしている。
「なんだよ」
「八雲くん。それって私に責任を押し付けようってことでしょ」
一応は伝わったようだけど、その笑顔はムカつくなあ。
「そういうことだよ」
「女の子に責任押し付ける男子って、すっごく格好悪いよ」
「お母さんには、格好悪く生きろって教えられたから」
「……それは何か違うよね」
うん、少し変えた。正確には「格好悪くても生きろ」だね。2文字ないだけで印象がた落ちだ。
「まあそこまで言うなら、私が引き受けてもいいんだけどさ」
「別にそこまで熱心に頼んだ覚えはないんだけどさ」
「そのかわりに1つ、言うこときいてよ」
「まあ僕にできることだったら、それくらいは――」
「文化祭の3日目、一緒にまわろうっ」
「僕の話を聞いてた!?下手に黄緑さんと一緒にいると他のやつに何されるかわからないんだって言ったよね!?」
あはははっ、とか可笑しそうに笑ってるけど、僕にとっては笑い事じゃないんだよっ。
「紅ファンクラブ」とかいう部活を作ろうと、学校に真面目に申請してるバカが何人も何十人もいる。先生も良識のある人ばかりだから、今はまだその申請は受理されてないけど、それでも水面下での活動は行われている。水面下のはずなのに、学校中に噂になるくらい目立っているが。
そんなバカ共に、文化祭で僕が黄緑さんと一緒に歩いているのを見られてみろ。次の日から本当に何をされるかわかったもんじゃない。
それに3日目といったら、後夜祭があるじゃないか。そこで2人一緒だったら、友達以上恋人未満の言い訳すら通用しそうにないじゃないか。
だいぶ嫌そうな顔をしていたのだろう。僕を見る黄緑さんの目に、だんだん涙が溜まる。
「それとも、私と一緒にいたくないって言うの?」
黄緑さんが上目遣いでこんなことを言ってきたら、他の人ならどうなるかは日の目を見るより明らかだが、僕には効かない。
「一緒にいたくないってわけじゃないよ。誤解を招きたくないってだけ」
女子を泣かせそうになったと言う、納得できない罪悪感が胸にのしかかるが、最初から考えていたことのため、冷静に言葉が出る。
「そっか。それなら許してあげる」
「許すも何もないと思うんだけど……」
そもそも、僕がどっちの道を先に探すかを選ぶ、というのがもとの話だったはず。
こうやって話しているせいで、だいぶ時間を喰ってしまっているし、今さら他のやつのことを考えても仕方がないのではないか。……どうせ報復を受けるのだから。
それなら黄緑さんに頼むのを諦めて、僕が選んでしまえば後顧の憂いを気にせずに済むのではないか。
「それはダメっ」
黄緑さんは幼い声を出して拒絶してきた。
こういうのも猫なで声っていうんだっけ?
つか可愛さアピールのバリエーション多いな。本でも作れるんじゃないの。
「何で?」
「もう約束したからダメなのっ」
「まだしてないよ。契約不履行だよ」
クーリングオフすら使う必要がない。
「そんなこと言うなら、戻ったら皆に言っちゃうよっ」
「何を?」
黄緑さんは俯くと、涙声で小さく
「『八雲くんに辱められた』」
「ぶふぅっ!」
今なんて言ったこの女!?
「『嫌だって言ったのに、八雲くんが無理矢理……!』」
「なっ!?」
「みたいなこと」
いつも猫の皮を被った仕草をしていて練習になってたのか、迫真の演技だったぞこのやろう!!
マスコット的なキャラだと思っていたのに、実は悪魔だったとは。これが世に言う小悪魔ってものなのか……。
「で、どうする?」
さっきまでの泣いているような姿が、まるで嘘のようなニッコニコの笑顔で振り向いてくる。まあ本当に嘘でただの見間違えなのだろうけど、手品を見たような気分がする。
「仰せのままに、お嬢様」
もうどうでもよくなった僕は、執事の気持ちで頭を下げる。
「そうこなくっちゃ」
指を鳴らしてポーズを決める黄緑さんは、もうとにかく輝いていた。
「それじゃあ、こっちからにしよう」
黄緑さんが指差した、前の方の道を見る。もう一方の道より比較的植物が多く、舗装された道まで伸びた枝が所々ある。確かにこっちの方が物が引っ掛かりやすそうだ。
「了解です、お嬢様」
「もうそのボケ続けなくていいよ」
そんなことを言いながら、僕達は歩き出す。その青春がいつか終わると知りながら、今はまだ終わらないと信じて。
「てか、何であそこで立ち話することになったんだっけ?」
「八雲くんが私に道を選ばせようとしたからでしょ」
「僕が悪いの?」
「うーん……。まあ、そういうことになるのかな」
「……さようで」