第四部
ラビッツ。
5年前に地球に落下した隕石につけられた名前。
名前の由来はいたって簡単で、飛来してきた方角が、兎座の方角とおおよそ一致してことと、二つの突起物がついたそれが兎のように見えたからだ。
本来、直径600メートル前後のこの隕石の軌道は、地球に直撃するどころか、擦りもしないはずだった。
しかし、地球落下およそ半年前、突然ラビッツはその軌道を変更した。他の隕石が衝突したり、星の引力を受けたりしたなどの、事前に行った計算が間違っていたのではないかと、再三繰り返し計算し直された。衝突後も幾度と行ったが、終に原因不明のままとなった。
軌道を変更した後に再度計算された結果、ラビッツは地球に落下することが予測された。
もちろんアメリカを筆頭に、各国のあらゆる機関がその衝突を回避する為に、額を突き合わせて対策を考えた。だが、考える時間も、準備する時間もあまりに少なかった。
とうとう落下2週間前となって、やっと核弾頭を用いての軌道変更をしようという試みが実行された。勿論市民の放射線被爆を覚悟したものだが、地球の環境が大きく変わることに比べたら安いものだ。その様子は全世界に生放送で実況された。
十何発という核が空に打ち上げられた。3日と経たず、数発の不発弾を除き、その全てが爆発した。アメリカの学者の計算通りなら、これでラビッツの軌道は変わり、地球に落ちることはないはずだった。
計算外だったのは、ラビッツの表面があまりに脆かったことだ。
普通の隕石の質量なら、軌道を変える程度で終わるはずの威力だったのに、ラビッツはその程度の威力で粉砕したのだ。残ったのは数百から数千個の、大きいものでも100センチ前後の小さい破片。そして、その強度から考えると、全てが大気圏で燃え尽きるだろう、とある学者は言った。
世界中の人は予想外の結果に驚愕し、歓喜した。生き存えたことが信じられない人、信じる神に感謝する人、映画のようなワンシーンに立ち会えたことに興奮する人、ありとあらゆる人がその結果を喜んだ。
だがその喜びも、長くは続かなかった。
最大100センチ前後の、大気圏で燃え尽きると予想された破片は、そのほとんどが、地球に燃え尽きることなく、世界中に落下したのだ。直撃したり、落下時の衝撃を受けて死んだ人が何人もいた。だが、その中の一人だけ、何故か隕石の直撃を受けたのに、生き残った人が発見された。
そしてその発見を継起に世界中で異能を操る人々が現われる。
その人達は兎に誘われ、人の枠から落ち、超能力者になった者として、アリスと呼ばれるようになった。
各国各地域によってその扱いは違ったが、日本を初めその多く
が、アリスは人ならざるものとして、迫害を受けることになる。
今でこそ、大きく取り上げられるような事件は、少なくなってきているが、当時は無自覚にアリスに目覚めた人が、不用意にその力を使ってしまい、一般人が巻き込まれたり、逆に一般人が集団でアリスに暴行を加える事件が相次いだ。酷いものだと、アリスとその家族を殺害し、十字架に縛り付け、彼らの家の前で晒しものにした事件があった。さらに、犯人はアリスは駆除するべき存在だ、と声高々に演説している最中に、別のアリスによって殺された。
3000から5000人に一人という、わりと低い割合でしかアリスはいないらしい。それでも、アリスによる事件は数多くあったせいで、未だに安心して生活できない、という一般人が多い。
余談だが、隕石落下からおよそ半年後にアメリカで発表された論文にこんな言葉がある。
「兎に誘われた人ならざる者は、超能力に魅せられ、穴から出るものはいないだろう。アリスの数は増え、ついには地上に誰もいなくなる」