希求
初投稿です。
短い話ですが、よろしくどうぞ。
美しいものは時に、ふと壊したい衝動を駆りたてる。美しくて美しくて、涙が出て縋りつきたくなるほどに己の目を疑うそれを、この手で無残なほどに粉々に打ち砕く。その欲望はまるで獣じみていて、野蛮で非道徳的だと非難されるものなのかもしれない。けれど、それがあまりにも美しいのだから仕様がない。美しさが罪なんだ。美しいと思ったものを、他人の目に晒すほど、俺は寛大でも愚かな人間でもない。それならば、己の手の中で美しいものが壊れていく様を、この目に焼き付ければいい。そうすれば、その美しいものは、永遠に俺だけのものだ。
私は目の前であまりにも愚かしいことを呟く彼をじっと見つめた。何なんだろうか、この人はどこか狂ってしまったのだろうか。それとも、元々狂っていたのだろうか。日誌を書く手も止まった。今日は暖かかっ、なんて締まりも何もなく止められた文は、なんだか物悲しい。日直のくせに仕事をしない彼は、手を伸ばして私の手からシャーペンを取り、机に転がした。そして掴まれた私の手は、彼の口元へと導かれた。指が彼の唇に触れた。彼の整った唇は柔らかくて生温かった。当たり前の筈なのに、人形じみた彼の容貌のせいか、小さな驚きが私の中に生まれた。その不可思議な雰囲気に飲まれていた私は次に感じた唇とは違う生温さに、手を引いた。けれど私の手首を掴む彼の手の力が強くなっただけだった。皮膚と爪の間を舐める彼の舌に、腰が揺れた。
「・・・気持ち悪い」
私が言った言葉に、彼はにやりと笑うだけだった。私の指は段々と彼の口内に引きずり込まれた。軽い刺激を受けて、これが甘噛みというものなんだと、どこか冷静な私が思っていた。喉の奥まで私の指を入れて、嗚咽が彼を襲うことはないのだろうか。彼はただ口に含んだ私の指だけを見つめていた。なんて長い睫毛。白い白い肌に、影を落とすことさえ出来そうなほど。そんなことを思っていると、ようやく指が口内から解放された。彼の唾液でべたついた指。彼はその指に何度も唇を落とす。その光景に、その口づけは狂気の沙汰と呼ばれるものだと思い出す。やっぱり、彼は狂っていたのだ。そして、手の平にもまた唇が触れた。
「おまえを、壊してもいいか」
その美しいものからの懇願に、抗うことがどうして出来ると言うのだろう。




