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『桜川、白妙の梨 〜過ぎゆく季節と、止まらぬ流れ〜』第7話:四月の雪、運命の再会

季節外れの雪が降る長野。立派な女医となった沙織との再会、しかし彼女の瞳は……。

あれから、長い月日が流れた。 四月だというのに、長野の地には季節外れの雪が降り積もっていた。

新幹線の窓の外、ホームを歩く乗客の中に、見覚えのある黄色のロングコートを見つけた。背が高く、凛とした佇まい――沙織さんだ。 彼女の前を、がっしりとした体格の青年が歩いている。 「心臓学会か……。彼女も立派になったものだ」 新幹線が動き出す中、私は彼女の成長を頼もしく、どこか遠く感じていた。

数年後、沙織さんから「相談したいことがある」と連絡が入った。 再会の場に選んだのは、思い出の料亭「柳川」。 「長野で見かけたよ。一緒にいたのは、同じ医学部の先生かな?」

私の問いに、彼女の表情が少し陰った。 「……井上先生です。三歳年上の外科医で、広島にある病院の跡継ぎの方です」 沙織さんは語り始めた。研修医時代、壁に突き当たった自分を支えてくれたのが彼だったこと。仕事に対する熱意に惹かれ、いつしか愛し合うようになったこと。

「先日、彼から『一緒に広島に来てほしい』とプロポーズされました」 「素晴らしいことじゃないか」 「でも……お母さんを残してはいけません。五歳から私を一人で育ててくれた母を、置いていくなんて……」

沙織さんの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 「お母さんには相談したのかい?」 「……賛成するに決まっています。だから言えないんです」 彼女の涙は、女性としての幸せと、娘としての葛藤の間で激しく揺れていた。

しかし、運命は無慈悲だった。 数ヶ月後、一通のメールが私の指を震わせた。 『お母さんが危篤』

病院へ駆けつけると、そこには憔悴しきった沙織さんがいた。 「膵臓……。井上先生に執刀をお願いしました。彼なら、彼なら助けてくれると……」 手術室の赤いランプが消えたのは、五時間後だった。 出てきた井上先生と沙織さんの表情を見た瞬間、言葉を失った。

「難しい手術でした……」 力なく答える井上先生。沙織さんは一言も発さず、集中治療室へと消えていった。

モニターの波形が、静かに横一文字になる。 沙織さんは、ただ、ただ涙を流し続けていた。 ベッドに横たわる絵里子さんの顔を見て、私はかつての合奏を思い出していた。バイオリンを弾く彼女の横顔。あの時流れていた旋律が、今は悲しみの波となって押し寄せてくる。 「まだ、六十歳だぞ……。沙織さんが医者になって、これからだったのに……」 溢れる涙を、拭うことすらできなかった。


愛する人の手で、最愛の母を救う。その願いが残酷な結果を生んでしまいました。

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