断罪の夜と廃都への左遷 #001
エリシア・フォン・アークライトは深紅のドレスの裾をまとめ、円舞の輪を静かに眺める。
(来るなら早く。もたつくほど、心は静まってしまう)
王太子ユリウスが高壇に進み出る。楽団は音を刃物で断たれたように止まり、貴族たちの視線が一点に釘付けになった。
ユリウスの細身の唇が動く前から、彼の威圧は空気を震わせる。蒼い軍礼服の胸章が揺れるたび、複雑な魔術回路が青白く瞬いた。軍学校で“鉄血の王子”と渾名された男の、決して揺らがぬ自尊心が漂う。
「静粛に」
拡声具を用いずとも透きとおる声が響く。
隣には純白のドレスをまとった聖女リリィ。掌に宿る光が小鳥の鼓動のように脈打ち、その光はどこか頼りなく揺れていた。
ユリウスは文書を掲げる。
「エリシア・フォン・アークライト。貴公は学園在籍中、聖女リリィへの侮辱行為、ならびに決闘規程違反を重ねたと告発されている」
「やっぱりね」
前列の令嬢が囁き、扇子の影で笑みを隠す。
「悪役令嬢の見本だわ」
「でも、あれほど堂々としているのも珍しい」
羨望と蔑みが入り混じるざわめきが波のように押し寄せた。
エリシアは背筋を伸ばし、呼吸を整える。胸裏を叩く鼓動が速まり、鼓膜にまで届いた。
(恐れはある。でも、設計士は崩壊線の先に未来を描くもの)
ユリウスが宣告を重ねる。
「婚約を破棄し、爵位を剥奪する。加えて辺境リバーサイド領への配流を命ずる」
誰かが「そこまで……」と呟く。一方で別の男爵家の青年が勝ち誇った声で言う。「流刑とは甘いな。王家の慈悲だ」
エリシアは一礼し。
「確かに頂戴いたします」
喉に熱い塊がせり上がる。それでも声は澄んでいた。
「ただ、ご配慮を願います。荒地であろうと私には理想を築く白紙の設計図。自由裁量をお認めいただければ、王国に利益をお返しできます」
ざわめきが疑念に変わる。
「まだ野心を捨てていないのか」
「強がりだ、どうせすぐ泣いて戻る」
ユリウスは片眉をわずかに上げただけで、冷笑も浮かべない。
「望み通りにするとしよう。好きなだけ“設計”するがいい。その成果が王国の礎になるか、笑い種になるか──見ものだ」
(上等よ。成果を叩きつけ、その眉をもう一度跳ね上がらせてやる)
●
月光が射す静かな回廊。窓の向こうで灯籠の火が同じリズムで震えている。
軽い足音が追いかけ、そこで止まる。ドレスをつまむ指が小刻みに震え、リリィが不安げな瞳をこちらに向けた。
「エリシア様……わたくし、正しいことをしたのですよね?」
エリシアは歩みをゆるめ、肩越しに振り返る。
「それは正しさを量る天秤は人の数だけあるわ」
リリィの唇が小さく開き、返す言葉を探しあぐねる。
「皆が幸せになるはず、と信じたのです」
「幸せは均一の布ではない。つぎはぎの毛布よ。暖まる者がいれば、端は凍える」
リリィの光が消える。闇が彼女の指にまとわりつき、掌だけが空しく白い。
「ですが、それでも祈ります。あなたにも光が届くように」
エリシアは微笑し、頭を下げた。
「はい。それでは」
孤独な足音で闇に溶けていった。