つれづれ
ふと、商店街の雑貨屋さんが目に入った。なんの変わりもない、普通の田舎の雑貨屋さん。その店先に置かれた、淡い暖色を照らすランプ。
「こんなお店、あったっけ?」
入口の前に立ち、じーっと中を探る。お客の気配はないけれど、お店は開いているようだ。少し迷ったけど、サチは重い扉を開いた。
店内には文房具やキッチン用品、衣類や雑貨が置かれており、思ってたより広かった。サチは店内をゆっくり歩いて回る。オルゴールのような音楽がかかる店内は、外観からは想像つかないほど新しかった。
レジの方を見るけれど、店員の姿はない。なんだか異世界に来てしまったような、変な気分になる。
店の中央に、店先に置かれていたランプを見つけた。
灯りは消えているが、入口に置いてあるものと同じ、月の形をしている。値段も、それほど高くない。
「やっぱりかわいいなぁ」
ぽつりと呟くと、すぐ後ろから声が聞こえた。
「それ、人気なんですよ!ずっと売り切れでして…こないだ入荷したばかりなんです!」
「………!?」
びっくりして、声にならない声を上げてしまう。
サチは思わず飛び退いて、棚に当たるところだった。
声の主は、30代後半くらいの女の人だった。紺色の「Moon」と英字が印刷されたエプロンを身につけている。
「あら、ごめんなさい!驚かせてしまいましたね。」
クスクスと申し訳無さそうに笑う店員。口元に手を添えるその仕草がとてもかわいい。
「初めましての方ですよね?この店の店主です。空き家を改装して、半年前にオープンしました。この店の商品は、私が気に入ったものだけを集めているんですよ〜。ぜひゆっくり見ていってくださいね。」
「あ…はい、ありがとうございます」
「ふふ、ここに来てくれたのも何かの縁。これをプレゼントです!」
店主はエプロンのポケットから、透明なビニールに包まれた何かを取り出し、サチに手渡した。
「ステッカー?」
「そう、作ってみたんですよ。どうかしら?」
「とっても…かわいいです。」
満月の前で、黒猫が背を向けて座っているステッカー。夜空がラメでキラキラしていて、とても綺麗だった。
「キレイなものとか、可愛いものに触れることって、とてもワクワクするでしょう?それを誰かと共有出来たら、もっと最高じゃない?」
店主は目を細めて笑った。とても、綺麗だった。
コクリと頷いたサチは目線をもう一度ステッカーに移した。ステッカーと一緒に、ビニールに入っているお店の名刺をじっと見つめてしまう。
1階は雑貨屋さん。2階は休憩所になっているようだ。それを見ていた店主はまた、サチに言った。
「ふふふ、実はね…2階は自販機と本が置いてあるのよ!無料ではないんだけどね、本も私が好きなものを集めているの!その場で読んでもいいし、購入や取り寄せも出来るわ。」
店内には誰も居ないのに、秘密をこっそりと教えるように、口の横に片手を添えながら店主は言った。
「良かったら、利用してみてね!」
ここに来てくれたのも、何かの縁だから。
いつの間にかタメ口に変わっている店主はもう一度サチに言った。こんなに店主から話しかけられて居るのに、いつものように嫌な気持ちにならない。むしろ、興味が出た。
「…はい。」
サチは、そっと頷いていた。