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9.城の修繕

「ここも雨漏りがあるわ。天井のカビも酷いし……」


ティアはセドリックと二人で城を見回りながら溜息をついた。


「古い城ですし、長い間ほとんど手入れされていませんでしたから」


申し訳なさそうにセドリックが頭を下げる。


「あ、いえ、いいんです。でも、先代の旦那様は領地から沢山の税金を徴収していたって聞いたから、どうして城の修繕をしなかったのかなって」


セドリックの眉間にしわが寄った。


「それは私も不思議なのです。先代のウィリアム様は、それはもう質素な生活を送られていました。晩年はこの城でずっと過ごされて、出かけるわけでもなく派手に遊ぶでもなく……。秘密の借金があるのではないかとタマラと話したことがあります。城にあった金目の物も全部売り払ってしまわれたのですよ」

「まぁ」


ティアは驚いた。税金を高くしていたと聞いて、てっきり贅沢な暮らしをしているものと思いこんでいた。


「……いずれにしても、深刻な壁のひび割れが約三十か所、天井の穴が約十か所。雨漏りが約二十か所、結構沢山ありますね」


腕を組んでティアは考え込んだ。


「ええ、大きな改築は必要ないですが、細かい修繕はしなくちゃいけませんね。業者に頼んで見積をとってもよろしいでしょうか? 予算を超えない程度に少しずつ修繕すれば……」

「いえ! セドリック、自分たちでやりましょう! 私は修繕も得意なんです!」

「え!? でも、ティア様……」


セドリックは慌てるが、七年間も老朽化した離れを維持してきたティアは修繕もできるようになった。


雨漏りが酷い離れの屋根も一人で修理したし、嵐のせいで崩れた壁も独力で直した経験と実績がある。


セドリックと修繕が必要な場所を確認した後、ティアは自分達で修繕を行い、素人には難しい箇所だけ外注することを提案した。


「そうですね。でも、絶対に危険なこと、無理はなさらないでくださいよ」


小さな子供に言いきかせるようなセドリックはまるでお父さんのようだ、とティアはくすぐったく思った。自分を心配してくれる人の言葉はそれだけで嬉しい。


ティアは特殊な植物の粘液と砕いて粉にした鉱石を混ぜ合わせて漆喰のような材料を作った。これも母から教えてもらったやり方だ。


修繕が必要な穴やひび割れを覆うようにそれを塗り込んでいく。植物の粘液は乾燥するとしっかり固定されるので補強材としても役に立つ。


その後、数日かけて乾かした表面を滑らかで平坦になるようにやすりをかける。


一人だと大変な作業だが、リチャードとジェイクも手伝ってくれた。


ひび割れはすぐに直ったが、問題は天井の穴と雨漏りだ。雨漏りが原因で天井や壁が傷んでしまう。まずは雨漏りの対策だ。


雨漏りがある箇所を外側から観察し、割れ目やひびが見つかったら漆喰を練り込む。


ティアは命綱を腰に巻き、命綱の端を部屋の柱にくくりつけた。そうして上階の窓から外壁に出て、そろそろと壁伝いに降りていく。


城のみんながどれだけ止めても彼女はきかなかった。


自分たちがやるとリチャードとジェイクが言ったが、体重が重すぎて危険だと頑強に主張し、結局彼女一人が窓の外に降りていった。


セドリックとタマラはハラハラと気を揉み、外壁を軽々と蹴りながら降りていくティアを見守っている。


部屋の柱に縛りつけられた縄がほどけないように押さえつつ、長さの調整を行うジェイクとリチャード。部屋の窓から心配そうにティアを見つめるカーラ。


みんなの心配をよそに、ティアは器用に腰に巻いた袋から漆喰とパテナイフを取り出し、壁の割れた部分に漆喰を塗りこんでいく。


危なげない動作は、過去に彼女がこういった作業をやり慣れている証拠だが、城主夫人自らが猿のように屋根の上や外壁を伝って、雨漏りの修繕をするというのはどうなんだと現場にいた全員が思っていた。


一日ですべてを終わらせるのは無理だったので、何日かに分けて作業を行ったが、雨が降った時など明らかに雨漏りが無くなっていって、この分だと本当に自力で全部修繕できそうだと城の面々は感嘆なのか諦観なのか分からない大きな溜息をついた。


「とにかくティア様がご無事であれば……」


タマラは普段は信心深くないくせに、町の教会からお守りをもらってきてティアが作業をするたびに握りしめて祈りを捧げている。


驚くべきことにティアは本当に独力で雨漏りの修繕を終わらせ、今度は天井の穴を直す作業に入った。


小さい穴は漆喰で埋め、大きな穴は板で塞ぎ、表面に漆喰を塗っていく。


想像していたよりも早く修繕は終わり、雨の日にも雨風が吹き込むことはなくなった。カビも掃除で完全に除去することができた。


漆喰の表面が乾燥したら周囲の色に近い塗料を塗ろうとしたのだが、どうしてもその部分だけ浮いたように見える。修繕した箇所だけ目立ってしまうのだ。


「うーん、確かに色がちょっと違うけど、それでも前に比べたら随分ましなんじゃないかな?」


リチャードが腕を組んで壁の色を吟味しながら呟いた。カーラとジェイクもうんうんと頷く。


しかし、ティアは納得できなかった。やるからには徹底的に、がモットーである。


城全体の塗料を塗り直した方がいいというティアの提案に、城の面々は驚愕した。


「ま、まさか、塗り直しもご自分でされるとか……」


青い顔をしたセドリックの質問に、ティアはあっけらかんと首を振った。


「まさか! さすがに私はできないわ。やっぱり人を雇って足場を組んだりしないとね」


どことなく不安気だった城のみんなは、ほぉーーーっと安堵の溜息をついた。


建物の塗り替えは多くの人を雇わなくてはいけないし費用がかかるが、長期的に見れば老朽化を防ぐことができるし城が見違えるように綺麗になるだろう。


既にセドリックとティアの間で城の運営費の概算はできている。


修繕や食費の部分でかなり節約ができているので、当初は予定していなかった城全体の塗り直しも可能だとティアは説明した。


「それに近隣の領民を直接雇えば生活に困っている人に仕事を与えることができるわ」


ティアは顔をほころばせる。城全体の塗り直しとなると大規模な事業になるだろう。


地元の雇用創出は領主にとっても重要な仕事だ。そこまで考えていたのかとセドリックは感心した。


「「「「「おおせのままに」」」」」


城の全員が深く頭を下げた。

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