8.節約生活は続く
「ティア、このキノコは食べられる?」
カーラが白いかさを持つ小さなキノコを差し出した。
ティアは首を横に振る。
「マッシュルームに似てるけど、それは毒があるのよ。かさの下に白い羽根みたいなのが付いているでしょう?」
「へぇ~」
カーラは感心したようにキノコを見つめると、それを後ろに放り投げた。
ティアはカーラともすっかり仲良くなった。
実はセドリックとタマラは夫婦で、カーラは二人の娘なのだそうだ。彼女も笑顔の愛らしい有能な侍女で、ティアともすぐに打ち解けた。
今日ティアはカーラと一緒に近くの森で食材探しを行っている。
「森で食べられるものを集めるなんて考えたことなかったわ」
カーラは大量の食材が入ったバスケットを見て感心している。
バスケットの中にはキノコだけではない。山芋、アロエ、アケビ、ゼンマイ、紫蘇などが溢れんばかりに詰められていた。
「今日も大量に収穫できたわ!この辺の森は豊かね。そろそろ帰りましょうか?」
ティアが満足そうな笑みを浮かべると、カーラも嬉しそうに立ち上がって伸びをした。
***
二人が食材を城の厨房に持ちかえると、リチャードが爽やかな笑顔で迎えてくれた。
「さて、ティア、今夜は何を作ろうか?」
リチャードはティアの料理のアイデアを手ぐすねを引いて待っていたようだ。
ティアは山ほどのキノコを使い羊乳のクリームリゾットを作ることにした。
この世界にも米は存在する。この地方で収穫できるのはアーボリオライスといって、煮てもモチモチとした食感がなくならない種類の米だ。
山芋は皮を剥いて1センチくらいの厚さに切り、衣をつけて揚げ物にするとほくほくの食感になる。
新鮮な山芋なので生で食べても美味しい。細い棒状に切って刻んだ紫蘇と混ぜると塩胡椒だけでもシャキシャキとした食感と爽やかな風味を楽しめる。
ヤギのナタリーのおかげで羊乳のヨーグルトも作ることができた。
ティアの母サンドラは発酵食品についても詳しかった。
乳酸菌やイースト菌などの酵母もサンドラから受けつぎ、実家の離れでも発酵食品を作り続けていたと説明すると、リチャードは唖然としていた。
アロエは棘と皮を剥いた後、冷水で数度洗う。透明なぷるぷるのアロエベラを適当な大きさに切って蜂蜜とレモン汁と一緒にヨーグルトに混ぜると良いデザートになる。
「ティアが来てから食事の質は格段に上がったのに食費は減っているんだ。すごいよな」
嬉しそうなリチャードの顔を見るとティアはまた浮かれてしまう。
「野菜や果物が収穫できるようになったら、もっと色々なものが作れますよ。私は七年間そうして生きてきましたから」
ティアの生い立ちは全員が知っている。みんなで集まった時にセドリックが話してくれた。
タマラとカーラは泣きながらティアを抱きしめてくれた。リチャードは珍しく真剣に怒ってくれて、ジェイクも無表情ながらリチャードの言葉に頷いた。
ここの人たちはみんな優しい。ずっとこの城で暮らしたい……頑張って役に立たねば、と自分を奮い立たせる。
「でも、菜園で収穫できるのは早くても数か月先じゃない? ……異常に育ちが早い、とは思うけど」
カーラが窓から青々と葉が茂る菜園を眺めて呟いた。
「えっと、私の経験上、来週には収穫できる、と思う」
「「らいしゅうっ!?」」
カーラとリチャードが目を剥いた。
「ええ、実家のタイラー男爵家の離れの庭ではそれくらいで収穫できていました。ただ、麦や米は育てられなくて……野菜が主食だと太れませんね。こちらで小麦粉や米を食べられるのがとても嬉しいです」
「そうね。ティアはちょっと痩せすぎよ。しっかり食べてもう少し肉をつけてね」
朗らかなカーラの言葉にティアも笑うしかなかった。
「ティアが来てからこの城も変わったよ」
厨房で調理をしながら、リチャードはティアとカーラにお茶をいれてくれる。
仕事の合間に三人でお茶をするのが日課になった。ジェイクも誘っているが絶対に参加しようとはしない。
「城全体が明るくなったわよね~。ここで働くのが楽しくなったわ」
カーラの言葉にリチャードがうんうんと頷く。
ティアは重くて厚みのあるカーテンを全て取り外し、窓をぴかぴかに磨きあげた。
人手が足りず掃除が行き届かなかったために窓は曇っていたが、今では城の内部全体に光が行き渡るようになった。働き者のティアが城の掃除に明け暮れたおかげである。
セドリックとタマラは「無理なさらないでくださいね」と言ってくれるが、ティアは無理なんてしていない。毎日が楽しくてたまらない。
一つ気になるのは、依然としてジェイクに壁を作られていることだが、こればかりは時間をかけて信用してもらうしかないだろう。
***
「はぁっ、これくらいでいいかしらね」
畑に不必要な草を山のようにとりおえて菜園を見回すと、ティアは満足気に頷いた。
トウモロコシと向日葵はとっくにティアの背丈を超えている。他の野菜や果物の葉も青々と茂り、黄色いトマトの花や白いイチゴの花もとても可愛らしい。
「今度は水をあげないとね」
井戸に向かい水を汲んでいるとジェイクが通りかかった。
「あ、ジェイクさん、菜園と薬草園に肥料をあげてくれたのね。どうもありがとう!」
ティアが声をかけると、ジェイクは無表情で会釈した。
「ジェイクさんはすごいわね! 腐葉土の使い方をよく分かってる。おかげですくすくと育ってくれているわ」
「……」
相変わらず仏頂面で軽く会釈するだけだが、植物のことになると周りが見えなくなるティアは勝手に話し続ける。
「あとね、草むしりをしていた時にこの草を見つけたの」
さっきまで刈っていた雑草の山から一本の草を取り出してジェイクに見せた。
「雑草……ですよね?」
無表情のジェイクに向かって、ティアはチッチッチと指を振る。
「これはレギュームと呼ばれるマメ科植物なんですよ! とても役に立つ植物なんです。レギュームの根には根粒菌と呼ばれる細菌が寄生していて土の中の窒素を吸収するんです」
「窒素?」
「はい。植物の成長に絶対に必要な物質なんです。つまりこの草には窒素が多く含まれているということです。だから、この草をジェイクさんの腐葉土に混ぜてもらえないかしら?」
ジェイクは驚いたように目を瞠った。
「別に……やってみて悪いことはないし、いいですよ」
「ありがとう!」
ティアが花のような笑顔を浮かべると、ジェイクの顔が赤く染まり首の後ろを大きな手で擦った。
「あと……」
「はい?」
顔を赤くするジェイクに無邪気な笑顔を向けるティア。
「俺も……呼び捨てでいいっす」
「え?」
ジェイクの顔だけでなく耳まで赤くなった。
「俺は……ずっと庭師として情けなくって。あんたの方がずっと植物にも庭にも詳しい。悔しくって、ずっと失礼な態度ですみませんでした!」
「そ、そんな、そんなこと気にしなくても……」
ティアは戸惑ってどうしていいのか分からない。ただ、ジェイクが歩み寄ってくれているのだけは理解できた。
「えっと、呼び捨てでいいってホント?」
「はいっ」
「ありがとう! ジェイク、じゃあ、私のこともティアって呼んでね」
「いや、それは……」
躊躇するジェイクを説得して、ティアと呼ばせることに成功した。
「ティア、それじゃあ、これからも植物のこと、色々教えてほしい、いや、教えてください」
「もちろんよっ!」
ティアが右手を差し出すと、ジェイクもおずおずと彼女の手に指を伸ばし、しっかりと握手を交わした。
*サイラスは11話から再登場しますので、もう少々お待ちください(;^ω^)