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70. エピローグ

ティアは緊張に体を強張らせながら、古めかしい寝台に腰かけていた。


くしゅんっ


湯浴みをした後、カーラが用意してくれた真新しい夜着を身にまとったが夜は少し冷える。


初めてサイラスに会ったのはこの部屋だった。ティアは感慨深げに寝室を見回した。


王都にあったアスター伯爵家のタウンハウスはヒュー・オルレアン公が購入していたが、ティアとサイラスの結婚祝いに無償で返却してくれた。


サイラスは固辞しようとしていたが「なら新築の家を建てて君たちに贈ろう」とまで言われてしまい、有難く受け取ることにしたという経緯がある。


十七歳になって一度も面識のないサイラスと突然結婚しろと言われた時は、人生に希望なんてなかった。


それなのに今では夫が来るのを、胸をときめかせて待っている。


(人生、何が起こるか分からないわね)


ティアは明日からアスター領の城に戻る予定だ。


その前に二人で、この部屋で過ごしたいとサイラスから言われた時には、彼と一緒にいられることが嬉しくて「はい!」と元気に返事をしてしまったが、後になってじわじわとその意味が脳に浸透してきた。


カーラも「い、いよいよですわね」と頬を赤らめつつ、身支度を手伝ってくれた。


「大丈夫ですわ! 旦那様はお優しい方ですしティア様を愛していらっしゃいます。無体なことなどするはずありません。ティア様も年上の旦那様にすべてを委ねていれば何も怖いことはありませんわ」


いつも友達口調のカーラが侍女のような話し方をしていたのは、きっと彼女も緊張していたのだろう。


(こ、今夜が初夜ってことに……なるのかしら?)


想像力が爆発しそうになり、ティアは赤くなった頬を両手でぎゅーっと押さえつけた。


既に婚姻は済ませている。アスター伯爵夫人が事故死したという記録は抹消され、ティアは無事にサイラスの妻に戻ることができた。


夫婦なのだから同じ部屋で寝て当然よ、とティアは自分に言い聞かせる。


でも、意識するとますます緊張するので、できるだけ関係のないことを考えるようにした。


***


リヴァイやフランクたちとは、まだぎこちないが少しずつ自然に話ができるようになってきた気がする。


アスター領に戻ったら文通して欲しいと小声でボソボソ呟いたリヴァイに「はい、もちろんです!」と答えたら、青い目を見開いてはにかむような笑顔を見せてくれた。


父のことも母のことも、もっと知っていきたい。


ロバートは再び教会に戻っていった。今後も魔法研究の手助けをして欲しいと頼まれて快諾したが、何故かサイラスは微妙な表情を浮かべていたっけ。反対はされなかったけど……。


昨日はサイラスに連れられて、牢にいるカインに会いにいった。


「いや~、会いに来てくれてありがとう。結構退屈なんだよ、ここにいるの」


あっけらかんとしているが、さすがに目元に疲れの色が見えた。


「彼の裁判は来週には始まる。カインの家族が情状酌量の証人になるそうだ。多分……裁判の後は釈放されるのではないかと思う」


看守に挨拶を済ませて、外に出るとサイラスはそう説明してくれた。ティアはほっと安堵の息を吐いた。


「君は……人気者すぎる」


サイラスが不機嫌そうでティアは不安になったが、すぐに反省したらしいサイラスが愛おしそうに彼女の頭を撫でた。


「ごめん、大人げなかったな」


ふと沈黙が降りた。


気がつくとサイラスの端整な顔が至近距離にあって、心臓がばくばくと跳ねる。彼の手がティアの頬に添えられると、そのまま顔を上に向けられた‥‥‥。


(あの時はくちづけされるのかも……って思ったんだけど)


残念ながら誰かが通りかかったせいで成就はしなかったが……。


くちづけもまだしたことがないのに、いきなり初夜は可能なのか?


ポニーにも乗ったことがない人をいきなり暴れ馬に乗せるくらいの無謀な試みなのではないか?


再びサイラスとの初夜のことで頭がいっぱいになる。


とんとんとん


軽いノックの音がした。


「はい!」


うわずった声で返事をすると、一呼吸おいて扉が開く。


濡れた髪のサイラスが扉から入ってきた。蒼い瞳が照れくさそうに瞬く。


「待たせてすまない」


ティアを視界に入れた途端に彼の頬が上気した。


サイラスはぎこちなくティアの隣に腰をおろすと彼女の手をそっと握った。


「ティア、俺は焦っているわけじゃない」

「?」


きょとんとしてサイラスを見上げると、彼の顔がさらに赤くなった。


「いや、も、もちろん、早く君を手に入れたい、という気持ちはないではない。特にロバート殿下は素晴らしい方だとオルレアン公からも伺っているし……」

「?」


今度はロバートの話? ますます意味が分からない。


首をひねるティアから、サイラスは恥ずかしそうに顔を背けた。


「君とロバート殿下は……とてもお似合いだった。君も安心して彼に手を預けているように感じて……どうしようもなく嫉妬した。だから……もっと君との絆を確実なものしたい、と思ったのは事実だ」


赤くなって頭をガリガリ掻くサイラスを見ていたら、愛おしさで胸が一杯になった。


「ちゃんとした結婚式を挙げるまで君に手を出すつもりはないから安心して欲しい。でも、君の気持ちを尊重したい。同じ部屋で寝るのも嫌だという場合は……」

「嫌じゃないです!」


ティアの返答の速さにサイラスが目をパチクリさせた。


「明日から私はアスター城です。サイラスは一緒に来てくれるけど、すぐに王都に戻らなきゃいけないでしょ? そしたらまたしばらく離れ離れだから……だから……私も今夜は一緒にいたい……です」


一生懸命言いつのりながら、サイラスと目を合わせる。愛おしくて堪らないと蒼い瞳が甘く蕩けた。


「ティア、可愛い……愛してる」


大きな腕が華奢なティアの肩を囲んで強く抱きしめられる。


「わ、わたしも」


言いながらティアも逞しい背中に手を回した。


「あの……サイラス、手を出さないって……くちづけもダメ?」


ぐっとサイラスが詰まった。真っ赤な顔で必死に考えている。


「……くちづけだけで止められる自信がないんだ」


とても小さな声で囁くサイラスの頬に両手を当てると、ティアは思い切って自分の唇を彼の唇に押しつけた。


ぱっとすぐに離れたが、サイラスは呆気にとられた表情を浮かべている。


(わ、わたし、なんて大胆なことをしてしまったのかしら!?)


ハッと我に返ったティアにサイラスが幸せそうに微笑みかけた。彼の眼差しが熱を帯びる。


今度はサイラスがティアの頬に手を当てて唇を親指でなぞる。指の感触に心臓の鼓動が最高潮に高まった。


ゆっくりと彼の顔が近づいてくる。

熱い吐息を感じて体が熱くなる。

ティアは黙って目を閉じた。


柔らかい感触を唇に感じた刹那、くちづけが深くなる。しばらく甘い吐息が続いた後、名残惜しそうに顔が離れた。


大きな息を吐いてサイラスが呟いた。


「……理性を保った俺、よくやった」


ティアはくすっと笑ってしまう。


「あらためて……前言撤回させて欲しい。俺は一生君だけしか愛さないと誓う」


サイラスの真剣な顔と口調に、ティアの心は温かい幸福で満たされた。

*アスター城に戻ってからの話、二人の結婚式、ロバートのその後、リヴァイとサンドラのその後、などなどまだ書きたいことはあるのですが、とりあえずひとまず完結とさせてください。いずれ続きを書かせて頂く予定です(#^^#) 


*ブクマ、ポイント、いいね、感想、誤字報告をくださった優しい皆さま、そして最後まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました(≧◇≦)! ポイントは「面白かった」と、ブクマは「続きを読みたい」と言って頂いているような気がして創作のモチベーションにつながります(*^-^*)


*アイリスNEO様より『悪役令嬢はシングルマザーになりました~双子を引き取りましたが公爵様からの溺愛は想定外です』9/3発売です!

なろう版とは少し内容が変わっています。大幅加筆修正、書き下ろし山盛り、絶対に面白くなっています(≧∇≦) のでよろしくお願いいたします<m(__)m>

双葉はづき先生のイラストが最高すぎて永遠に見ていられる…(#^^#)

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