7.節約生活
城に来てから一週間が経った頃、アスター伯爵領の城にヤギと鶏が到着した。
いや、正確にいうと七年間に渡りティアの食生活を支えてくれたヤギのナタリーと鶏のメアリがテイラー男爵家から引っ越ししてきたのだ。
ティアとセドリックは城の財政について時間をかけて話し合った。
小難しいことを脇に置いて最終的に二人が達した結論は、とにかく節約するということであった。
ティアは節約には自信があると胸を叩き、そのための多くの案を出したのである。
そのうちの一つが城の庭でヤギと鶏を飼うということで、その時にテイラー男爵家の離れでティアを救ってくれたナタリーとメアリの話をした。
七年もの間、ティアの友達は彼女たちだけだった。ナタリーとメアリは週に一度は本邸の家畜小屋で世話をされていたが、ティアは本邸に足を踏み入れるどころか離れから出ることすら許されなかった。
結婚する時には彼女たちとお別れするしかなかったと目を潤ませながら告白したところ、セドリックがすぐにサイラスに連絡を取ってくれたらしい。
テイラー男爵家でも年老いて卵も羊乳も以前ほどは産出できない家畜を持て余していたそうで、引き取ってくれるなら有難いとすぐに引き渡してくれたという。
「ナタリー! メアリ!」
ティアが一頭と一羽に抱きつくと、心なしか彼女たちも嬉しそうにメェエエ、コケッと鳴いた。
雑草で埋め尽くされていた庭には簡単な柵と小屋が建てられている。
庭師のジェイク、侍女のカーラとティアの三人が突貫工事で建てたものだが、急ごしらえの割に良くできているとティアは両手を腰に当てて満足気に周囲を見回した。
柵に入れるとナタリーは即座に草をもぐもぐとはみ始め、メアリも地面を突ついて虫を探している。
これからもっとヤギと鶏を増やすつもりだ。卵と羊乳が手に入るようになれば、食材としてとても貴重である。食費の節約になるであろう。
そして家畜小屋の隣には、整然と掘り起こされた菜園がある。
ティアは母サンドラから多くの種類の野菜と薬草の種子を受けついだ。実家の離れに監禁されている間に小さな畑を作り、種も丁寧に収穫しておいたので、今でも多くの野菜の種が手元にある。
ニンジン、ジャガイモ、玉葱は基本だ。
それ以外にも茄子、トマト、カボチャ、ブロッコリー、キャベツ、レタス、サツマイモ、トウモロコシ、向日葵、スイカ、メロン、イチゴの種をまいた。
サンドラの教えとサバイバル生活のおかげで、ティアは野菜や果物を育てるのが得意だ。異常なレベルで得意だと言っていい。
しかし、手伝ってくれるジェイクは相変わらず死んだ魚の目で「季節もめちゃくちゃ、こんなの実りっこない」と呟きながら暗い顔をする。
「まぁまぁ、見ててください!」
明るく笑うティアにも疑わしそうな視線を向けるだけだ。
そこに料理長のリチャードが現れた。
「おお! 噂のナタリー嬢とメアリ嬢だね! ティアのおかげで食卓が豊かになったけど、彼女たちの活躍があれば更に飛躍するね!」
***
ティアと城の使用人たちは互いに呼び捨てにするほど親しくなっていた。
初日からティアは厨房でリチャードのジャガイモむきを手伝い意気投合した。
誇らしげな笑顔で自生しているヨモギを庭から集めてきたティアに、最初は難色を示したリチャードだったが、彼女の包丁さばきを見て試しに主菜を作ってもらうことにした。
ティアは張り切ってエプロンの紐を結んだ。
蒸かしたジャガイモをつぶして小麦粉、塩胡椒、バターを加えてよく混ぜる。その後、ヨモギを蒸してつぶし、ジャガイモと混ぜてニョッキにした。爽やかな緑色のニョッキにガーリックたっぷりのトマトソースをかける。
味見をしたリチャードは目を見開いた。
「美味い!ヨモギの爽やかな風味がトマトの酸味とよく合うね!こんな料理は初めてだ」
「トマトはバジルにも合います。ハーブ園ができたらバジルを育てるので、今度はバジルでソースを作りますね。焼きトマトにかけるととても美味しいですよ」
「おお、ハーブ園! いいね。俺も手伝わせてよ!」
リチャード作の黄金色に透き通ったコンソメスープとチキンのシーザーサラダもとても美味しそうだ。
これらの皿が食卓に並ぶと目にも鮮やかなご馳走になる。
ヨモギのニョッキは城のみんなの間でも大好評だった。
「信じられない! 単なる雑草だと思っていたのにこんな風に美味しくなるんですね!」
声をあげたのは侍女のカーラだ。
ジェイクは何も言わないが黙々と口を動かしている。あっという間に彼の皿が空になったので「ニョッキのお代わりは?」とティアが尋ねると、少し恥ずかしそうにコクリと頷いた。
セドリックとタマラは行儀よく食べているが、何度も「美味しい」と言ってくれてティアの顔は自然にほころんだ。
リチャードも満足気に食べていたが、ふとティアに質問した。
「ティア様は城主夫人なのに俺たちと一緒に食べてていいの?」
途端にセドリックとタマラがむせた。
「……けほっ、確かにそうですわね。ティア様、大変申し訳ありません。同じお仕着せで気さくにお話ししてくださるからつい甘えてしまいました。明日からはちゃんと正餐室でティア様用のお食事をご用意しますので」
タマラの言葉を遮って、ティアは全員の顔を順に見つめた。
「あの! 皆さん、どうか私をティアと呼び捨てにしてください。そして皆さんの仲間として扱ってください。城主夫人と言っても名前だけです。それに私は皆さんと一緒に食事がしたいです」
「しかし、旦那様に何と報告したらいいか……」
口ごもるセドリックにティアは手を合わせた。
「私だけのために別な食事を作るなんて不経済です。みんなで同じ場所で同じものを食べた方が節約できるし、何より美味しいです! だから……お願いします。それに旦那様は多分気になさらないと思いますよ」
「そうですか……?」
「そうです! お願いします!」
不安そうな面々に笑顔を向けつつティアは強引に押し切った。