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68.プロポーズ

サンドラと一緒に夕食を済ませ、部屋に戻るとティアはぼんやりと窓から空を眺めた。


今でも信じられない。


これは夢じゃないだろうかと思う。


お父さまとお母さまが生きていて、自分を脅かしていた存在は無くなった。


もう命を狙われることもない、のかな?


思い返すと自分は出生の秘密をまるで知らずに生きてこられた。命を狙われていることすら知らなかった。


ということは、やはり自分はちゃんと守られていたのかもしれないと思う。


辛いことは多かったけど、命にかかわるような傷を負ったことはなかった。


(私も過去のことをうじうじと恨むよりも、これから先のことに集中する方がいいのかもしれないわ)


視線を上げると、雲一つない夜空に綺麗な丸い月が浮かんでいる。


サイラスと一緒に見た満月を思い出して、切ない気持ちになった。


(今頃、サイラスはどうしているかな? 仕事で忙しいんだろうけど……)


サンドラの話だと、アーサー国王が亡くなり後を継ぐことになったリヴァイは尋常ではない忙しさなのだそうだ。


宰相や事務官も仕事に忙殺されて何日も泊まり込むことになるかもしれない。


(サイラスに会いたいな……)


はぁっと溜息をつくと扉をノックする音が聞こえた。


「はい? お母さま?」


扉を開けると今まさに脳内で想像していた人が立っていた。


「さ、さいらす……?」

「ティア……」


結婚式で見た時のように、まだやつれて頬が若干細い。


でも、サファイアのような蒼い瞳には強い煌めきがある。


目の下にある隈も相変わらず濃いけれど、目尻が優しく下がると懐かしい大好きなサイラスの笑顔になった。


胸が苦しくて痛くて、でも嬉しくて悲鳴をあげているようだった。


ティアの黒い瞳からとめどなく涙がこぼれ落ちる。


サイラスが困った顔をして服のポケットを探り、ようやく見つけたハンカチをティアに差し出す。


遠慮なくハンカチを受け取って涙を拭うが、それでも溢れてくる涙を止めることはできなかった。


「……ご、ごめんなさ……わたし、ひどいことを……」


言いたいことは山ほどあった。でも、かろうじて出てくる言葉は拙すぎて想いの大きさを表現することはとてもできない。


先にティアに号泣されてしまったからか、一瞬潤んだサイラスの瞳が普通に戻り、困ったようにティアに向かって手を伸ばしては引っ込める仕草を繰り返している。


「ティア……ちょっと話せるかい? 少し入ってもいい?」


嗚咽しながらティアは何度も頷いた。


サイラスは安堵したようにほっと息を吐いて、部屋の中に入った。扉を少し半開きにしたのはティアに対する配慮なのだろう。


部屋にあったソファに腰かけると、サイラスは正面に座った。ぼやける視界に彼の姿が入るだけで嬉しくてますます涙が溢れてしまう。


サイラスが好きだ。改めてそう実感した。


「あのっ……本当にごめんなさいっ! 私、サイラスに酷いことを……」


深く頭を下げると、サイラスは立ち上がってティアの隣に腰かけた。


「嫌だったら言って……」


躊躇いつつも大きな手でティアの華奢な肩を抱き寄せる。


久しぶりのサイラスの温もりにティアはそのまま彼の胸にしがみついた。


「……っ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


叫ぶように泣くティアをサイラスは思いっきり抱きしめた。


「ティア、君が謝ることはなにもない。分かってる。言うことをきかなかったらアスター領を攻めるって脅されたんだろう?」


ひくっひくっと泣きじゃくりながらティアはコクコクと頷いた。


もう我慢する必要はない。自分の感情を好きに出していいんだと思ったら、もっとサイラスの温もりが欲しくなった。


甘えるように顔を彼の胸にぐりぐりと押しつけると、サイラスが愛おしそうに頭を撫でてくれる。


「……サイラスっ、好き、です。愛しています。ほ、ほんとうの奥さんにしてください」


ずっと言いたくて言えなかったことを告白すると、突然サイラスの体が硬直した。


彼の胸に埋めていた顔を上げると、至近距離でサイラスを目が合う。彼の顔は湯気が立ちのぼりそうなくらい真っ赤だった。


固まっていたサイラスの緊張が解けて、水に濡れた犬のようにぶるっと体を震わせた。


ティアに向ける蒼い瞳が甘く蕩ける。彼女の頬に大きな手を添えると優しく額に唇を落とした。


「ティア、俺もだ。愛してる。君のいない人生なんて考えられない。もう一度俺と結婚してくれないか? ちゃんと……結婚式もしよう。アスターの城で」


「はいっ!」


頬を濡らしたままティアは満面の笑顔で返事をした。


***


サイラスはまた王宮に戻って仕事があるそうで、名残惜しそうにティアの髪を一房摘まんで唇を寄せた。


「じゃあ、また」

「はい。サイラスも気をつけて」


サイラスは嬉しそうに微笑んだ。目も生き生きして顔の血色もずっと良くなった気がする。


笑顔で手を振り、別れを告げるとサイラスは颯爽と去っていった。


ティアはほっと一息ついて寝台に横たわると、あっという間に眠りについた。

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