64.カッサンドラは語る その1
ティアが目を開けると心配そうに覗き込む黒い瞳が飛び込んできた。
シンプルなドレス姿で艶のある長い黒髪を後ろで一つに結んだ女性が泣きそうな顔でティアを見つめている。
自分の目が信じられない。
震える指を伸ばすとその女性がティアの手を強く握りしめた。
「……お、おかあさま……?」
自分の目が信じられなくてティアは何度も瞬きをした。
「……ティア、会いたかった。ごめんなさい、あなたを独りにして……」
黒曜石のような瞳が潤んで、ティアの頬をほっそりとした指で包み込んだ。
「あなたには辛い思いばかりをさせたわ……」
形の良い目尻の皺に涙がたまった刹那、そこから一筋の涙がこぼれる。
「……本当にお母さま? 生きていたの? 夢じゃないの?……どうして?」
ティアの視界も涙でぼやける。幾筋もの涙が頬を伝って落ちてゆく。
「ごめんなさい。リヴァイも私も生きていたの。でも、ずっと命を狙われ続けていて……。フランクに説得されて、私たちは死んだ者として隠れて生きてきたの……」
「ど、どうして……!? でも、生きていたのなら、わ、わたしも一緒に連れていってくれれば……」
大きな涙の粒が目から溢れて止まらない。嗚咽するティアを見てサンドラは辛そうに頭を下げた。
「私たちは本当にそうしたかった! リヴァイも三人で逃げて隠れて暮らそうってずっと言ってた……でも、見つかったら、また命を狙われる。ティアまで怯えながら追われる一生を送らないといけないって考えたら耐えられなくて……ご、ごめんなさっ……」
ティアは、言葉に詰まって泣き続けるサンドラの首に抱きついた。
「もう……もういいです。どうか泣かないで! お母さまが生きていてくださっただけで嬉しいです。それに……私のお父さま? 兄のトマスがお父さまだった……のですか? どうして?」
ティアの頭はまだ混乱状態で訳が分からない。
「長い話になるわ……」
カッサンドラが静かに語り始めた。
*****
私が八歳の頃に両親が馬車の事故で亡くなったの。
フランクと奥様の乗る馬車と正面衝突してね。
ちゃんと話をしたことはなかったわね。
……そう、知っていたのね。
フランクは事故で唯一の生き残りだった。
八歳で身寄りがいなくなった私を不憫に思ったんでしょうね。律儀に私にも謝りにきてくれたわ。彼のせいじゃないのに。フランクだって被害者だったのよ。大切な奥様を失って……。
彼には同じ年の娘がいて……そう、イヴのことね。だから余計に私を不憫に思ったのかもしれないわ。
その時にフランクは泣きながらこう言っていたの。
困ったことがあったらどんなことをしても助けるからって。
私は王宮に引き取られてそれっきり忘れていたけど、魔法学院に入学してイヴと同じクラスになったの。
その後のことは知っているわね?
イヴが私になりすまして王妃になった後、私とリヴァイは隣国で幸せに暮らしていた。
……本当に幸せだった。
フランクはたまに隣国まで様子を見にきてくれてね。
イヴが酷いことをしたと心から謝罪してくれた。私が望むなら王妃の秘密を暴露するって……。
でも、そうなったら私たちの幸せな生活は終わってしまうわ。だから、誰にも言わないで、私たちをそっとしておいてって頼んだの。
その頃、私は肌に良い保湿剤を発明したんだけど、どうやって売ったらいいのか分からなかった。
フランクが興味を持ってくれて私たちに有利な値段で買ってくれるようになったわ。
彼は貴族としての公職を全て退いて、その販売事業に力を入れるようになったみたい。
保湿剤の事業は軌道に乗って、他にも色んな肌に良い商品を二人で考えたの。
たまにフランクの仕事を手伝っているイアンとリヴァイも加わって四人でよく食事をしたものよ。
……意外そうな顔ね。私たち四人は結構仲が良かったのよ。
そして、あなたが生まれて、みんな大喜びで……夢中になってあなたを愛したわ……今まで生きてきて一番幸せな時期だった。
でも、どことなく不安はあった。
不審な人たちにつけられているってリヴァイが言い出したの。
私たちは常に用心していたけど、ある時、彼の留守中にあなたの頬の赤い痣が青白く光ったの。そして激しく泣き出した。
ええ、もちろん先祖返りのことは知っていたわ。
だから何かあったのかもしれない、って慌ててリヴァイを捜しに走ったの。
偶然フランクとイアンが来ている時でね。彼らも一緒に捜してくれた。
私たちが住んでいた街には中心に大きな川が流れていて、そこで大きな騒ぎになっていたわ。
『誰かが突然刺されて川に落とされた』って聞いて、直感的にリヴァイかもって思ったの。仕事で出かける時に必ず通る橋だったから。
それで川下の方をみんなで一緒に捜していたら、本当に運よくリヴァイが浅瀬で引っかかっているのが見つかったのよ。
瀕死の状態だったわ。
脈も弱くて刺された部分が大きく腫れあがっていたから毒が使われていたのでしょうね。
急いで家まで運んで、持っている全部の種類の解毒剤を使ったらようやく脈が安定してきてね。すんでのところで一命をとりとめたのよ。
フランクとイアンは私たちの身を物凄く心配してくれた。
アーサーとイヴが私たちの命を狙っているのかもって疑っていたわ。
それでリヴァイはこのまま死んだことにするのが一番いいんじゃないかって言われたの。
ええ、そうよ。
それで私はフランクと再婚したことにして、リヴァイと一緒に彼の邸に移り住むことにしたのよ。




