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61.舞踏会

ロバートとの結婚式は二ヶ月後に決まった。


王族の結婚式にしては準備期間が短いが、簡素な式でいいので早く結婚したいとロバートが懇願したおかげである。


結婚までの期間が長いとティアの辛い時間も延びてしまうだろう、とロバートが気を使ってくれたのだ。


ティアとロバートは連日、その準備に忙しい。


結婚式には隣国の王侯貴族や要人たちも招待されている。


式の前夜に成婚を祝う舞踏会も王宮で盛大に催されることになった。


「はぁ」


溜息が止まらないティアであるが、支度を手伝う侍女達は華やかなドレスにはしゃいでいる。


カインによるとティア付きの侍女は王妃とは関係のない者を厳選しているそうで、今のところ不審な動きを見せる者はいない。


細かく銀糸が織り込まれたAラインのドレスはティアの黒髪や漆黒の目によく似合う。シルバーの髪留めでアップにした髪を飾るとほっそりと美しい首筋が際立った。


左の頬にある傷痕は既に除去済みで、赤い痣を化粧で消すようにしている。


滑らかな白磁のような肌に侍女たちはいつも感嘆して、褒め言葉を並べたてる。


「セシリア様、お美しいですわ~! 王太子殿下もさぞかしお喜びでしょう!」


若い侍女が声をあげると他の侍女たちも熱心に頷いて同意した。


ティアは、セシリア・フィッツロイという名前でロバートと結婚することになる。


長い間行方知れずだったフィッツロイ家の令嬢で、カッサンドラの従姉の娘という触れ込みだ。


同時にアリスティア・アスター伯爵夫人は不慮の事故で死亡したことが王宮の記録課に登録された。


結婚式を翌日に控えた今宵の舞踏会は、国内の全ての貴族だけでなく、他国からの賓客、要人も参加する大規模な催しになっている。


もちろん、主役は王太子ロバートと婚約者のセシリアで、彼らをお披露目する晴れの舞台だ。


緊張のあまりティアは長い溜息をついた。


ノックの音がして、扉が開くと正装姿のロバートが入ってきた。


いつもはおろしている前髪をあげて、滑らかな金髪を後ろに撫でつけている。


額を出すとと普段よりも大人っぽく見えてドキッとした。


ロバートは眩しそうにティアを見つめる。


「……馬子にも衣裳ってこういうの? すっごく綺麗だ」


からかっているようで真っ直ぐな褒め言葉にティアの頬が熱くなった。


「準備はできた? 行こうか? 花嫁さん?」


小首を傾げるロバートの緑がかった蒼い目が優しく弧を描く。


ティアも微笑みを浮かべてロバートの手に自分の指を重ねると、侍女達が「お似合いですわ」と溜息をついた。


***


舞踏会は国の総力を挙げて開催されているらしい。それくらい豪華で華やいだ雰囲気である。


宵闇を照らす庭園の外灯だけでなく、至るところに置かれたキャンドルの灯りが幻想的な光と影を作り出す。


舞踏会が行われる王城の大広間は鮮やかなドレスで彩られていた。


ロバートとティアが登場すると、招待客たちの視線を一身に浴びる。


「あれがフィッツロイ家の……」

「本当に黒い髪に黒い目なのね……」

「お似合いでいらっしゃるわ」

「しかし、王太子殿下の後ろ盾としては弱い……」


多くの囁きが嫌でも耳に入ってくる。


それらを無視するように真っ直ぐに前だけを見ていると、気遣うようなロバートの視線を感じた。


「平気か?」

「うん、大丈夫」


目を合わせて微笑み合い、二人で腕を組んで大広間を歩いていく。


当然ながらロバートはひっきりなしに挨拶され、隣にいるティアも「はじめまして」と愛想笑いをひたすら繰り返す。


よく考えると、ティアには舞踏会どころか社交の経験もない。


七年間、監禁同然で引きこもらざるを得なかったのだ。


ほとんどの貴族が値踏みするようにティアを眺める。


目を見返して微笑みを浮かべると、目を見開いたり、驚いたような顔をしたり、頬を赤らめたりする男性も多い。


なにか変なことをしているからかしら、とティアは不安を覚えた。


「……ロバート様、私、どこか変じゃないですか?」


小声で囁くと、ロバートはくすくす笑いながら耳元で返事をする。


「君が綺麗だから、男たちは見惚れているんだよ」


お世辞だと分かっているが、ティアの頬も紅潮した。


その時、令嬢たちの甲高い声が聞こえてきた。


その中心にいる人物を見て、心臓が止まりそうになる。


令嬢たちに囲まれて困った顔をしているのはサイラス・アスター伯爵である。


周囲を取り巻く令嬢たちよりも頭一つ分以上高いので、彼の表情が良く見える。


相変わらず完璧なほどに整った顔立ちだ。


蒼い瞳には生気がなく、やつれて顔色も良くないが、それすらも儚げな雰囲気を醸し出して魅力をさらに引き立てている。


「……奥様を亡くされたとか」

「お気の毒ですわ! 私がお慰めしたいです……」


切れ切れに聞こえてくる令嬢達の懇願に、サイラスはただ迷惑そうな表情を浮かべていた。


愛想のないサイラスを見て、どことなく胸をなでおろしていると一際大きな鼻にかかる声が聞こえてきた。


「サイラス~! やっと見つけたわ!」

「せっかく手紙を出したのに返事もないなんて、もう!」


若い溌剌とした令嬢が二人、サイラスのもとに駆け寄って彼の腕に手をかけた。


サイラスは困惑した表情だが、嫌がるでもなくされるがままになっている。


「ああ、あれはブラウン男爵家の令嬢たちだね。確かリサとシャーロットと言ったと思う」


ロバートはさすがに貴族の顔と名前が全員頭に入っているらしい。


「あ、それじゃあ、サイラスの親戚の……?」


昔、サイラスから聞いた生い立ちを思い出した。


「子供の頃はサイラスを疎んじて酷い扱いをしていたらしいが、今では伯爵だしあの容姿だ。彼の魅力にようやく気がついたのかもしれないな」


不躾に彼の肩や腕を触りながら、べたべたとしなだれかかる二人の令嬢を見ながらロバートが呟いた。


見ているだけで胸が痛い。ティアは涙をこらえてロバートに目配せした。


「あちらに行きましょう」


別な方向を指さして、逃げるようにその場から去っていく。


その後ろ姿をサイラスが切なそうに見つめていることも知らずに。

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