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6.婚姻の理由

「ティア様のご質問とは何ですか?」

「あの、この城で皆さんのお役に立つために私はどうしたらいいでしょうか?」


既にティアはこの城と城に住む人たちが大好きになっている。

できたら、ずっとここに居たい。


役立たずは捨てられるという強迫観念があるティアにとっては切実な問題である。


ティアの真剣な眼差しを受けてセドリックは困ったように首を傾げた。


「こんな言い方をして失礼だと思いますが、ティア様のおかげでこの城の運営費が得られました。もう十分に役に立ってくださっていますよ」

「で、でも……」


ここを追い出されたら、あの孤独な離れに戻らないといけない。たった数日間、人の温もりに触れただけで昔の生活には戻りたくないと思ってしまう。


(もう独りは嫌だ)


ティアの必死さが不思議だというようにセドリックは怪訝そうな表情を浮かべる。


「そもそも旦那様はティア様が結婚してくださらなかったら爵位を継げなかったんですから。ティア様はいてくださるだけで感謝されるべきです」


思いがけないことを言われてティアの黒曜石のような瞳がぱちくりと瞬いた。


ティアの表情にセドリックが驚いて目を瞠った。


「ええ!? おかしいとは思っていましたが……やはり、ご存知なかったのですか? 先代アスター伯爵はサイラス様に爵位を継がせる条件としてティア・テイラー男爵令嬢との婚姻を遺言書に記していたんですよ」

「ええ!」


先代伯爵は後継ぎがいなかったのでサイラスを養子にしたそうだ。

それなのにティアとの結婚を爵位継承の条件にするなんて意味がわからない。


先代は変わった人だとアルマが言っていたがその通りだと納得した。

そしてサイラスが気の毒になる。

彼は会ったこともない醜い娘との結婚を強制されたんだ。


それなのにティアに怒りをぶつけるわけでもなく、こんな優しい人たちのいる城に送ってくれた。

途端にサイラスに対して感謝の気持ちが湧いてくる。


「旦那様はその条件をのむしかなかったのですね。なぜそんな条件を遺言したのでしょう? 先代様は私のことをご存知だったんですか? ……はっ、もしかしてテイラー男爵家に弱みを握られて脅されていたとか?」


ティアの矢継ぎ早の質問にセドリックは困った顔をした。


「正直……分かりません。ただ、脅されてということはないと思います。先代の旦那様の強い希望です」

「強い希望……? あんな評判の悪い男爵家の娘との婚姻が?」


思わず呟くとセドリックが苦笑した。


サンドラが生きていた頃、使用人たちの噂話でテイラー男爵家は他の貴族から距離を置かれている、少なくとも好かれてはいないと聞いたことがある。


「評判が悪いのはアスター伯爵家も同様ですからね。どちらも国王陛下の覚えがめでたくありませんから」


王都で会った侍女のアルマが、前アスター伯爵は国王に疎まれていたと言っていたような気はする。

でも、テイラー男爵家もそうだったとは初めて聞いた。

きょとんとセドリックを見返すと苦笑いの目尻の皺が深くなった。


「二十年ほど前、フランク・テイラー男爵のご息女が当時王太子だった陛下に横恋慕して誘惑しようとした話はよく知られていますからね」


(フランク・テイラーの息女!? ……ってことはイアンとトマス以外に姉がいたっていうこと? どうして今まで聞いたことがなかったのかしら?)


目を丸くするティアに、こんな話をしていいのかと迷う表情を見せながらも「有名な話ですから……」とセドリックは事情を話してくれた。


***


約二十年前、当時十八歳だったアーサー・ノーフォーク王太子にはカッサンドラ・フィッツロイ公爵令嬢という幼馴染の婚約者がいた。


王族ノーフォーク家には厳しい掟がある。


数百年前、ノーフォーク王国は亡国の危機に瀕していた。


王国の北にあるベスティオ火山が大噴火を起こしたのだ。


火砕流が周囲の町や村を飲み込み一夜にして姿を消した。それだけでなく広範囲に大量の火山灰が降り注ぎ、国内で収穫されるはずだった穀物がほぼ全滅したのである。


多くの民が犠牲になり、逃げることができた住民たちも食糧がなく飢え死に寸前だった。


当時の国王は教会に相談した。

教会とは、遥か昔にこの地に降臨した女神を崇めるノーフォーク王国の国教会である。


伝説によると、降臨した女神は後に魔法と呼ばれる不思議な能力と未知の知識を駆使して国難の王国を救い、人々に多くの知恵を与えてくれたという。


再びこの地に女神を降臨させるしかないとお告げがくだり、教会に伝わる特殊な魔法陣を再現して女神を召喚した。


召喚された女神は数々の知恵と魔法を用いてノーフォーク王国を再び救い、国と教会は彼女を聖女と認定した。


その聖女の系譜がフィッツロイ一族である。


聖女の偉業に感謝を捧げるためにノーフォーク国王はフィッツロイ一族を未来永劫、厚遇すると約束した。そして彼らを領地無しの公爵とし、年齢の合う女児が産まれた場合、必ず正妃にするという誓いもたてた。


先祖の国王の誓いを子孫が無視することはできない。以後、フィッツロイ一族は特別な公爵家として尊敬を受ける存在となる。


王太子アーサーの婚約者は同じ年のフィッツロイ公爵家のカッサンドラだった。


しかし、十八歳の頃、テイラー男爵家のイヴが王太子に横恋慕し、カッサンドラに襲いかかり顔に大怪我を負わせたという。その後、イヴは捕まり自害したそうだ。


王太子アーサーとフィッツロイ家の令嬢カッサンドラは無事に結婚し、現在の国王と王妃となった。


***


当然ながら、それ以来テイラー男爵家は国王夫妻から信用されていないらしい。貴族たちが付き合いたがらない理由もよく分かる。


「そうだったんですね……テイラー男爵家が嫌われるのも納得ですわ。でも、そんな家と婚姻を結ぶとアスター伯爵家まで憎まれてしまいます。どうしてわざわざ……?」


ティアが額を押さえるとセドリックは苦笑した。


長女が犯罪をおかし、テイラー男爵家は廃爵されるところだった。それを救ったのが先代のアスター伯爵だったのだという。


アスター伯爵が擁護したおかげでテイラー男爵家は存続が許された。


しかし、何故そこまでして庇うのかという理由を説明することはなかったそうだ。


そのため様々な憶測が流れた。


当時の王太子には弟の第二王子リヴァイがいた。


アスター伯爵は第二王子派の筆頭だったため、テイラー男爵の娘を唆して王太子を誘惑しフィッツロイ家の令嬢と婚約破棄させて、第二王子を王位につける陰謀だったのではないかと囁かれたのだ。


「フィッツロイ家の令嬢との婚姻が国王になるための条件です。先代の旦那様が第二王子のリヴァイ殿下と親しかったのは事実ですが……旦那様が何を考えておいでなのか、私どもにも分からないことが多々ありました」


(なるほど)


ティアは考えこんだ。


イヴに誘惑された王太子がフィッツロイ家の令嬢との婚約を破棄して王太子の地位を剥奪される

第二王子リヴァイがフィッツロイ家の令嬢と婚約し王太子となる


実際にこのような流れの陰謀があったのなら、娘を犠牲にしたフランク・テイラー男爵への罪滅ぼしで、先代アスター伯爵はテイラー家を救い、彼らと姻戚になることを遺言したのかもしれない。


あるいは、フランクに陰謀を表沙汰にすると脅されたか?


いずれにしても先代の伯爵は胡散臭いし、フランクは元々信用していない。


一方でサイラスに対しては同情のような思いがこみ上げてきた。

彼は巻き込まれて望まない人生を歩まされている、そんな気がする。


「わかりました。話してくださってありがとうございます。ろくな理由も知らされずに結婚しろと命じられてきましたので、スッキリしました」


セドリックは怪訝そうな顔をする。


「先代の遺言については私どもも分からないことだらけです。憶測で物を言わぬようきつく命じられておりますし……。ティア様はテイラー男爵から何かお聞きになっておられませんか?」


「私は、その……持参金が必要だから、だと伺っていました。それに父は私を厄介払いしたがっていたので実質追い出されたようなものです……」


ティアがぽつりと呟くと、セドリックは驚いた表情で尋ねた。


「厄介払い? 何かご事情があるのではと思っていましたが……」


セドリックの眼差しがいたわるような光を帯びた。そこに嘘や計算は感じられない。


ティアはこれまでの自分の生い立ちを包み隠さずに彼に打ち明けた。


長い話を終えて、ティアはふぅーっと長い溜息をついた。


しばらく無言だったセドリックの穏やかな瞳から一筋の涙がこぼれた。


「なんてむごい……ご苦労をされたのですね」


(この人は私のために泣いてくれるんだ)


サンドラが亡くなって以来、自分を気にかけてくれる人は誰もいなかった。


ずっと独りぼっちだった。


久しぶりに人間らしく扱われて、胸にあった隙間に温かい感情が流れこんでくる。


「こちらの皆さんは親切な方ばかりでとても幸せです。だから、皆さんのお役に立ちたい。一緒に働きたいんです」

「私たちこそ、ティア様をお迎えできて嬉しいです。どうかよろしくお願いいたします」


セドリックの目尻に優しいしわができる。ティアも満面の笑みを浮かべた。

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