59.偽装結婚
翌朝、王宮に向かう馬車の中で、カインは不思議そうにロバートとティアと見つめた。
「……一晩で何があったんです? 突然二人とも結婚したいなんて……何かたくらんでいるんじゃないでしょうね? どうか俺を殺さないでくださいよ?」
冗談っぽく言っているが、彼の探るような眼差しは真剣だ。
「僕と結婚するのが一番いい、と夕べティアにプロポーズしたんだよ。良い返事をもらえて幸いだった」
「ええ。私もプロポーズされて嬉しくて……ロバート様は頭が良くて、お優しいので、きっと幸せになれますわ」
「……ふーん」
カインの疑いの目を感じつつ、二人は目を合わせて幸せそうに微笑み合った。
***
王宮に到着すると、早速国王夫妻との面会が用意されていた。
前回の時と同じ国王夫妻の私室のサロンにモーニングティが準備されている。
焼きたてのスコーンにイチゴジャムとクロテッドクリーム。
新鮮でみずみずしい苺、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリー。
塩気のあるベーコンとマッシュルームのミニ・キッシュ。
香り高い紅茶はアールグレイだろう。
さすが王家のモーニングティだとティアは緊張しながらも感心していた。
ロバートも顔を神経質そうに引きつらせている。
いつもはもっと余裕があるので、親子でも国王夫妻との面会は緊張するのだろうか、とティアは考えていた。
お茶を一口含んだところでアーサーとイヴが現れた。イヴは相変わらず仮面を被っている。
「やぁ、お前たちはすっかり仲良くなったと聞いたぞ」
アーサーは上機嫌で向かいのソファに座る。イヴの表情は分からないが無言で彼の隣に腰をおろした。
「はい、父上、ティアと出会うことができて、僕は自分の使命を理解できたような気がします」
「ほぅ」
感心したようにアーサーはソファの上で座り直した。
「どんな使命だ?」
「この国の王太子として正しい行いをする、という使命です」
「なるほど、良い心がけだ。ティア嬢のおかげで不肖の息子を改心させることができたようだ。礼を言う」
イヴが居心地悪そうに咳払いをした。
「キャス、いいか、文句は言わせない。ティア嬢に手を出すな。万が一俺が死んだらどうする?」
「……陛下の知らないところであれば問題ないかと」
アーサーの顔に苛立ちが浮かんだ。
「おい! いい加減にしろ。いつまでカッサンドラに執着しているんだ? ティア嬢はカッサンドラじゃない。これから俺の役に立ってくれる魔術師だぞ」
不満そうに鼻を鳴らしながら、イヴは無言で背もたれに寄りかかった。
「それで、ティア嬢も結婚に同意すると?」
「はい、ロバート様は頭が良くてとてもお優しい方です。一週間、楽しく過ごすことができました。喜んで結婚させて頂きます。ですから、どうかアスター伯爵とアスター領にはご容赦を……」
ティアは身を乗り出して訴えた。
「父上、僕からもお願いします。ティアを奪われただけでもアスター伯爵にとっては痛手でしょう。深い恨みを買うのは得策ではありません」
「そうだな……」
アーサーは考え込んだ。
「先日のサイラスの狂乱ぶりは聞いているか? あの男があれほどの情熱を持っているとは思わなかった。ティア嬢はさぞかし魅力的な女性に違いない」
褒められているのに貶されているような気持ちになって、ティアは唇を噛んだ。
サイラスが必死で自分を取り戻そうとしてくれたのを揶揄するような言い方に腹が立ったが、それを表情には出さないように気をつける。
「……サイラス様は優しい方です。私が酷い目に遭っていると勘違いして助けに来てくださったんですわ。私がロバート様と結婚して幸せになると分かれば納得してくださると思います」
「ふむ」
アーサーが顎を撫でた。
「そうだな。君が望んでロバートと結婚すると分かれば、納得するか……。ところでロバート、この後、ちょっとお前にだけ話があるんだが、いいか?」
「え!? はい、分かりました。では、先にティアを部屋に送ってから父上の執務室に参ります」
少し焦った様子でロバートが言うと、イヴが毒のある言葉を吐き捨てた。
「まったく、どいつもこいつも過保護で……サンドラにそっくり」
「おい、お前がそういう態度だからロバートだって安心してティア嬢を王宮に置いておけないんだぞ! でもまぁ、ティア嬢、一人で部屋に戻れるだろう? 何かあったら、キャス、お前のせいだと分かるからな」
アーサーが脅すように睨みつけるとイヴは「はいはい」と言いながら立ちあがる。
「ロバート様、私は一人で戻れますから……ご心配なく」
ティアが耳打ちすると「本当に? 大丈夫かい?」と見返す瞳には『心配』と大きく書かれているようでティアは思わず微笑んでしまった。
「はい。大丈夫ですわ」
「カインに送らせるから大丈夫だ」
アーサーが指を鳴らすと、ノックの音がしてカインが現れ、ロバートは安心したように息を吐いた。




