57.これからどうする?
一週間後、カインが迎えにきた。
「よっ! どうだった? 仲良くなれたかい?」
「ええ、ロバート様はとてもいい方でしたわ」
「まぁ、飲み込みは早いし、作る料理は美味かった」
ティアの明るい笑顔とロバートの仏頂面を見て、カインは少し驚いた様子だったが「それは良かった!」と手を叩いた。
「それで……二人は結婚するということでいい?」
「それは困ります!」
「それは困る」
カインの質問にロバートとティアはほぼ同時に返答した。
ロバートは頭を掻きながら大きく息を吐いた。
「僕は教会で魔法の研究に生涯を捧げたい。王位を継ぐ気はないし、継ぐべきじゃないと思っている」
「それは困りましたね……」
そう言ってもカインはあまり困っているようには見えない。
「形だけでも結婚するってことじゃダメですかね? でないと俺、多分殺されちゃうんですよ」
「「うっ……」」
ロバートとティアは再び同時に呻いた。
「私たちが結婚しないとカインさんが殺されるんですか? 契約魔法のせいで?」
彼に死なれたらさすがに後味が悪いと思いながらティアが尋ねるとカインは肩をすくめた。
「まぁ、こっちの事情も色々あるんで……」
カインは頭を掻きながら彼の事情を説明してくれた。
「まずね。俺はアーサー国王と契約魔法を結んでるんで……あの方が死ぬまでは縛られ続けなんだよ。絶対に裏切れない。あの方の望みを叶えるのが俺の役目でね。でないと死んじゃうんだ」
「「なるほど……」」
ロバートとティアの相槌も息がぴったりだ。
さすがいとこ同士というべきか?
「……父上は長生きしそうだから、お前は生涯奴隷のままかもしれないぞ」
ロバートの言葉にカインは深く頷いた。
「そうなんだよ。とにかくあの方は慎重。健康にもめっちゃ気をつけているし、絶対に長生きすると思う……」
カインの瞳から光が消えた。
が、憂いを吹っ切るように頭をぶるぶると振って片目をつぶる。
「ま、でも、全部自分が選んだことだ。後悔はないさ。それよりもティア嬢のことだよ」
彼に正面から見据えられて、ティアは戸惑った。
「わ、わたし……?」
「ああ、君こそその若さで生涯アーサー国王の奴隷決定になるかもしれないんだぞ」
カインに言われて、ティアの手足から力が抜けた。
(その通りかもしれない……どうにか逃げ出せないかしら? でも、逃げ出したらアスター領は攻撃されて、カインは死んでしまうのよね? ああ……八方ふさがりってこういうの?)
若干気の毒そうにティアを眺めるとカインは語り始めた。
「アーサー国王とイヴ王妃は一枚岩のようで実はそうでもないんだ。ティア嬢の処遇についても二人の意見は正反対だ」
「そ、そうなんですか?」
カインの話によると、アーサー国王はフィッツロイ家を利用し王権を高めることに抵抗はない。自分の役に立つなら喜んで使うというタイプだ。
二十年前にも、アーサーは当初サンドラを正妃にしてイヴを側妃にするつもりだったらしい。
しかし、イヴが半狂乱になって拒否したため、あのような結末になったそうだ。
だから、ティアについても、アーサーはフィッツロイ家を取り込むことで得られる利を考えて、ロバートとの結婚を提案したのだという。
しかし、イヴのカッサンドラに対する怨嗟が尋常ではない。
イヴはとにかくティアを殺したい。
カッサンドラを想起させる全てをこの世から抹殺することに執拗にこだわっているらしい。
「だから、ロバート殿下と結婚したとしてもティア嬢は王妃から暗殺されると思う。特に王妃の古参の侍女たちは運命共同体だ。死に物狂いで暗殺にくるだろう。間違いなく君は殺される」
自信を持って断言するカインにティアはビー玉のような目を向けた。
ロバートも非難するような視線だ。
「「……」」
「分かってる! それで提案だ。俺が国王を裏切ることなく、王妃も納得する結果を出す」
「えっと、つまり、私に死ねっていうことですか?」
恐る恐るティアが尋ねるとカインは大きく頷いた。
「そうだ!」
「おいっ!」
ロバートが怒ったように立ち上がった。
「まぁまぁ、俺の話を聞いてくださいよ。本当に死ぬんじゃない。死んだふりをして逃げ出すんだ。王妃から暗殺者が送られてくるだろう。そこで殺された振りをして逃げ出すんだ。ロバート殿下は新婚の妻が死んで失意のあまり教会に生涯を捧げる決意を固める、っていう筋書きはどうだい?」
得意気にカインは言うが、その筋書きには不安しかない。
「でも……暗殺者が送られてきて本当に殺されちゃうかもしれませんよね?」
「う……」
「それに……死んだふりして逃げ出すのも、カインさんがそれを知っている以上はやはり国王陛下に対する裏切りになりませんか?」
「うう……」
カインは言葉に詰まった。
「やはりだめか……」
ガクリと肩を落とすカインにティアは何とも言えない気持ちになった。
でも、今の彼の提案に何か引っかかるものを感じたティアは、軽くロバートの袖を摘まんでちょいちょいと引いてみた。
「な、なに?」
顔を紅潮させたロバートに小声で「ちょっと話があるんだけど」と伝える。
ティアの真剣な顔にロバートも表情を引き締めた。
「カイン、今後のことを僕とティアで考えたいんだが……もう一晩一緒にいさせてくれないか?」
「……もう一晩? いいですけど、逃げ出す算段なんてしないでくださいよ? まじで俺、死にますから」
「大丈夫です。私は逃げません。この一週間、ちゃんと今後のことを話し合っていなかったので……」
「お願いしますよ? 俺の命がかかってるんで……変なこと相談しないでくださいね?」
カインは何度も振り向きながら帰っていった。




