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56.魔法の研究

ロバートが、実際に魔法を使うところを見てみたいと懇願したので、ティアは仕方なく彼に魔法を掛けてみた。


「ウゴクナ」


彼の目を見ながら唱えると彼の動きが奪われた。


実験が終わった後、彼は瞳を輝かせて何かを熱心に書き記している。


そんなロバートをしばらく眺めていたら、書き終わった彼がペンを置いてティアを振り返った。


「それにしても君は、どうして詠唱しないんだ?」

「詠唱?」


初めて聞く言葉にティアは戸惑って聞き返した。


ロバートはさすが魔法の研究をしてきただけのことはある。


ティアが知らない魔法についての講義が始まった。


「魔法の効果を最大限に高めるためには詠唱が重要なんだ」

「はい」


ティアは真面目な顔で頷いた。


ロバートは生き生きしながら魔法について語っている。


どうやら魔法の研究をしたいというのは彼の本心らしい。


「……いいかい? ふわっと念じただけでもある程度魔法の効果は出る。でも、その効果があちこちに分散してしまうんだ。意味を明確にすることで効果が鋭角的になる」


なんとなく分かるようで分からない。


「意味を明確にするって言っても、どうやって? 『動くな』ってかなり明瞭じゃないですか?」


ロバートの目がきらっと光った。


「ふふっ、古代語を使うんだ!」


何百年も前に教会が創立された頃、使用されていた言語が古代語である。


「魔法の詠唱はその古代語で行う時に最も高い効果を示す! まぁ、君には分からない言語だろうがな」


勝ち誇ったようにロバートが宣った。


もちろん、古代語なんて分からない。


さすがにサンドラもそこまでは教えてくれなかった。


というより、自身が魔法を使えなかったので知らなかった可能性もある。


「例えば、古代語で『動くな』は『コンジェロ』という。ただ、君はこの詠唱を使わない方がいい」

「なぜですか?」


ロバートは得意気に「ふふん、知りたいか」と鼻を鳴らす。


「知りたいです! 教えてください!」


ティアが熱心に言いつのるとロバートは満足そうに頷いた。


「では教えてやろう」


古代語を使い詠唱すると、魔法の効果が大きく増幅される。

『コンジェロ』と唱えて魔法をかけると、単に動作を封じるだけでなく体の機能 ―― 例えば、心臓や呼吸 ―― まで動かなくなってしまう可能性があるという。


「……下手したら相手を殺してしまうことになる」


ロバートが重々しく告げると、ティアの顔が真っ青になった。


「そ、そんな……でも普通に『動くな』だったらそんな心配はいらないんですよね?」


「ああ、そうだが、それだと弱すぎて余程の魔力を籠めないと、すぐに効果が切れてしまうだろう。始祖の女神や聖女が得意としていた魔法は魅了。人を操ることができるんだ。君もそれを受け継いでいる」


「ひ、ひとを操る?」


物騒な言葉を聞いて、ティアは内心恐れおののいた。


顔色の悪いティアに、ロバートは困ったように頭を掻きながら微笑みかける。


「……ごめん。そんなに怖がらなくていいよ。人を操ることもできるし、それを解除することもできる。どちらも教えてあげるから」


解除する方法があると知り、少し気持ちが落ち着いた。


ロバートによると『我のものになれ(エラント)』と詠唱すると、その人間を意のままに操ることができるそうだ。


そして『魔法を無効にせよ(インヴァリダム)』と唱えれば、自分がかけた魔法を解除することができると聞いて、ティアはホッとした。


「恐らく、その二つさえ覚えておけば、なんとかなると思うよ」


ロバートは満足そうに頷いた。


***


そんな風に教会での一週間は予想外に居心地よく過ぎていった。


ロバートは研究の合間を縫って、ティアに詠唱のやり方や魔法理論について熱心に教えてくれた。


知らないことばかりで、元々勉強好きだったティアには思いがけなく充実した時間になった。


もちろん、サイラスや他のみんなのことを考えると胸がつかえて目頭が熱くなる。


だから、できるだけ考えないようにしていた。


ただ、ロバートに結婚の話を持ち出すことはできなかった。


やはり気まずいし、何と言っていいのかも分からない。


結婚相手としてお互いを意識したことはないし、きっとロバートなら断ってくれるのではないかとティアは内心で期待していた。

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