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53.逃げられない

もう明け方近かったが、眠れと言われたのでティアは遠慮なく睡眠をとることにした。


疲労困憊の上にお腹がふくれたので、我慢できないくらいの眠気が襲う。


おかげでたっぷりと熟睡することができた。


***


カインが食事を持って再びやってきたのは昼過ぎのことだった。


興味深そうに目を輝かせている。


なにかあったのか尋ねると、王宮で物凄い騒動が起こったのだという。


「いやもう、君の旦那さんはすごいね」

「え!?」

「サイラス・アスター伯爵が王宮に乗りこんできた。妻を返せと大変な剣幕でね」


ティアの頬が熱くなる。自分を探しに来てくれたの?


「衛兵だけでなく、精鋭の近衛騎士団も彼には敵わなかった。なんであんな強いんだ?」

「あの……従軍していたことがあるとおっしゃっていましたが」

「国軍に!? もったいない。あれなら近衛騎士団だって十分に務まるだろうに」


やっぱりサイラスはすごく強いんだ。


そして自分を連れ戻しにきてくれた。


どうしよう……


嬉しい、と思ってしまう。


彼が目を覚ましたら自分の気持ちを伝えるつもりだった。


彼のことをもっと知りたい、もっと親しくなりたいと思っていた矢先に、攫われて別の男の人と結婚させられることになるなんて。


ティアは悔しくて唇を噛んだ。


どうしようもなくサイラスの顔が見たかった。


蒼い瞳も凛々しい眉も、シルクのようになめらかなプラチナブロンドの髪も、ちょっと照れた顔も、幸せそうに笑った顔も、すべてが愛おしいと思う。


「そ、それで……サイラスはどうなったんです?」


カインが悪戯っぽく笑った。


「知りたい?」

「あ、当たり前です! サイラスは私の大事な……」

「もう君の旦那様じゃないよ。君はロバート王太子殿下と結婚するんだ」


ティアの瞳に大粒の涙が盛り上がった。


涙の粒が崩れて、頬をつーっと伝って流れる。


カインは『しまった』という顔をしながらティアにハンカチを差し出した。


「偽装結婚とか、形だけの夫婦とか言われてたけど、お互いに想いあっているんだな」

「お、おもいあって!? そんな……私はサイラスをお慕いしていますが、サイラスにとって私なんて……」

「大事だと想っていなかったら、王宮に殴り込みになんて来ないだろう」


くすくすと笑うカインの表情は妙に嬉しそうだ。


「それでサイラスはどうなったんですか?」

「ああ、多勢に無勢。時間はかかったし、衛兵や騎士団に多くの負傷者を出したが、サイラス殿は最終的には拘束された。国王陛下は怒り心頭でね。反逆罪で死刑にしたいところだろうが、あいにくあの方はサイラス殿に危害を加えることができない」


ティアは呆然とカインを見つめた。


「あなたは……秘密をご存知なのですね?」

「ああ、当たり前だ。俺は二十年前に国王陛下が即位された時、陛下と契約魔法を結んで秘密を決して洩らさないと誓った人間だ。他にもそういう人間は結構いる。王妃様の古株の侍女なんかはみんなそうじゃないかな」


気の毒そうに眺めるティアに向かってカインは片目をつぶった。


「そんなに悪いもんでもない。それに、俺の場合は自分で決めた。妹が不治の病と言われていてね。俺の家族が何不自由ない生活を送れるように援助すること、妹に最高の治療を受けさせることを条件にしたからな。悪い契約ではなかったよ」


カインは割り切っているようだ。


「だから、悪いけど君のことは助けられない。秘密を漏らさないだけでなく絶対に裏切らないという契約も結んでいるんだ」


話の分かる人かもしれないという期待は見事に崩れて、ティアは失望を隠せない。


そんな彼女を無視してカインは話を続けた。


「捕まったサイラス殿は牢に入れられそうになったんだが、助けが現れてね」

「助け…?」

「オルレアン公と宰相のウィルソン公爵だ。両者とも宮廷の実力者だ。国王陛下といえど彼らの意見を無視することはできない。二人がサイラス殿の身柄を預かることで、なんとか決着がついた」


ティアは「良かった。ご無事なのですね」とホッとしたように顔を緩める。


「オルレアン公が、国王陛下に何があったのか?と尋ねたんだ」


サイラスは大声で妻を返せと叫んでいたらしい。それを完全に無視するのは難しい。


「『アスター伯爵夫人が行方不明になったらしい、何故か王宮に攫われたと信じているようだがまったくの誤解だよ』とかなんとか言ってたな」


「皆さん、それを信じたのでしょうか?」


ティアは祈るように両手を握りしめた。


「アスター伯爵夫人は本当にいるのかどうかも疑われるほど貴族の社交界で存在感が薄い。それに嫌われ者のテイラー男爵の継子だ。だれも君のことなんて気にかけていないよ。すまないね」


がっかりして肩を落とすティアの頭をぽんぽんと撫でるカイン。


「ま、大人しくしておいで。アスター領のためにもさ。それに君に逃げられたら、俺は死ぬから」


軽い調子で物騒なことを言われ、ティアは大きく目を見開いた。


「冗談……ですよね?」

「残念ながら冗談じゃない。だから逃げないでくれると有難い。美味い飯持ってくるからさ」


そんなこと言われたら逃げられない、とティアは青褪めた。

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