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49.敵襲

激しい音を立てて窓ガラスが飛び散る。その場の灯りがすべて消えた。大勢の侵入者の足音と荒い息遣いが屋敷を包んだ。


リックたちはすぐに立ち上がって剣を振るい、ティアの盾となる。


「全員! 標的は二時の方向! 集中しろ!」


敵側から大きな声がして更に多くの侵入者がリックたちに襲いかかった。


騎士らは全員ティアの前に立ちふさがり、彼女を守るために獅子奮迅の活躍を見せている。


恐ろしいほどの強さに襲撃者が怯んだのが分かった。


その間にティアは指示を出す人間の居場所を探る。


剣や戦闘の音がうるさくて、現場は混乱している。なかなか特定するのは難しい。


「ティア様、こいつだ!」


リックが剣を振り上げながら指し示したのは大柄な短髪の男だった。


今夜の襲撃者たちは覆面もしていない。顔を見られても構わない、ということはこの屋敷の全員を皆殺しにするつもりだという意思表示でもある。


ティアはその男の両目を睨みつけた。


暗闇の中で青白く光る自分の目が割れた窓ガラスに映っている。


『ウゴクナ』


男の動きがピタッと止まった。


『ゼンインをツレテ、去レ、テッタイ、シロ』

「うううっ」


抵抗するように呻き声をあげる。


『イマスグ ゼンインをツレテ、去レ、テッタイ、シロ。モドッテクルナ』


全身の力を籠めてティアが男を睨みつける。


左の頬が燃えるように熱い。


男がギリギリと歯ぎしりをしながら周囲を見回した。


「全員に告ぐ! 今すぐ撤退だ! 命令違反は厳罰に処す!」


「え? 団長?」

「どういうことだ?」

「なんで……?」


騒めきと戸惑いが空気を支配するが「繰り返す! 今すぐ撤退だ!」と男がもう一度叫ぶ。


困惑しながらも上官の命令は絶対だ。全員が何も言わずに素早く割れた窓から出ていった。


静寂がその場を包む。


剣を持ったまま固まっていたリックたちはしばらく警戒してそのままの陣形を守っていたが、敵が戻ってくる気配がないのを確認すると、はぁっと大きな息を吐いて剣を降ろした。


「ご無事ですか? ティア様?」

「はっ、は、はい!」


リックに声をかけられてティアは慌てて返事をした。


「暗いですね。おい、誰か灯りを持ってきてくれ。怪我人がいる」

「はい!」


しばらくして部屋の明かりが灯された。


幸い味方に死者はでなかったし、敵の死体も転がっていない。


早々に戦闘を止めることができて良かったとティアは胸をなでおろした。しかし怪我人の手当てが最優先だ。


「私、怪我に効く薬を取りに温室に行ってきます!」


トニーが一緒に来てくれたので、二人で温室の薬草を集めると急いでみんなのところに戻る。


カーラも合流してくれて、怪我人の手当てをするが重傷者はいない。ティアはホッと安堵した。


なんとか全員の傷の手当てが終わると、リックがティアに向かって敬礼した。


「今夜全員が生きていられるのはティア様のおかげです。そして、今夜起こったことは決して誰にも漏らすことがないと全員が誓います」


ティアの魔法のことを言っているのだろう。


他の騎士たちも一斉に敬礼した。


今夜は交代で警備しながら仮眠をとるそうだ。


ティアとカーラも自分の部屋に戻って休むことにした。


さすがに疲れた。


部屋まで歩きながらサイラスの様子をカーラに尋ねてみた。本音を言うと彼の顔を一目見たかった。


「ご心配ですよね? 旦那様の休まれているお部屋に行きましょう」

「で、でも、迷惑じゃないかしら?」


カーラはくすっと笑った。


「目を覚まされないかと思いますが、寝顔を見るくらい迷惑じゃないと思いますよ」


ティアは頬を染めてカーラの提案を有難く受け入れることにした。


***


ティアとカーラが行くと、サイラスの部屋の前に警護の騎士が一人立っていた。


「ティア様!?」


驚く彼に「ちょっと顔を見るだけ。いい?」と尋ねると「もちろんです」とすぐに扉を開けてくれた。ティアが一人で静かに部屋に入る。


部屋の灯りは消えているが月明かりが窓から射し込んで寝台の上の人影がハッキリと見えた。


ゆっくりと寝台に近づき、サイラスの寝顔を覗き込む。


呼吸は安定しているし、多分だけど顔色も悪くない。ティアはホッとして微笑んだ。


サイラスのすっと通った鼻梁から形の良い唇を見つめた。


精悍な眉と閉じた瞼を眺めていたら、切れ長の蒼い瞳が見たくて堪らなくなる。彼の瞳に自分を映してほしいと願ってしまう。


先刻、サイラスが毒を盛られた時、彼が死んでしまうかもしれないと怖かった。


彼がこの世からいなくなってしまうことを想像したら、恐ろしくて冷たい世界に一人取り残されるような気持ちになった。


自分はサイラスの優しさや温かさにすっかり甘えて、彼がいない世界なんて想像できなくなってしまったんだな。


(私は……サイラスのことが……)


彼も自分に惹かれていると言ってくれた。


だから希望がないわけじゃない。うん、そう思うことにする。


『俺が君を愛することは一生ない』


初めて会った時の台詞はいずれ別れるものだと思っていたからだ。


(サイラスが目を覚ましたら、自分の気持ちを素直に伝えよう。そして、これからずっと一緒に過ごしてゆきたいって言うんだ)


ティアの小さな心にほんのりと温かい炎が灯った。


沢山の空洞があった心に、それを埋めるようにゆっくりと温かい感情が流れこんでくる。


これまで多くのことを諦めて、我慢して生きてきた。


サイラスへのこの想いだけは大切に育てていきたい。諦めたくない。


少しかがみこんでサイラスの頬にかすめるくらいの口づけをした。


衝動的にしてしまったが、こんな大胆な自分がいたなんて、とティアは頬を両手で押さえて赤くなった。


(これも……明日目が覚めたら謝らないと。眠っているところに頬とはいえ口づけするなんて! ……怒るかな? ……恥ずかしがるかな?)


その時の彼の表情を想像するだけで心が躍る。


ティアはそっと足音を立てないように部屋を出た。

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