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47. 危機

温室を後にするとサイラスとティアはゆっくり歩きながら屋敷に戻っていった。


この屋敷は騎士たちが交代で警護をしてくれている。


屋敷の入口に立っている騎士に挨拶すると、彼らは誇らしげに敬礼をした。


その時「助けて……」という弱々しい女性の声が聞こえた。


ハッと顔を見合わせて、ティアとサイラスは騎士を連れて声のした方へ走り出した。


屋敷の正門の柵越しに壁の外側に目を凝らす。微かな月明かりに照らされて黒い人影が倒れているのが見えた。


「は、はやく助けてあげて……」


ティアが思わず叫ぶとサイラスが一瞬躊躇した。


「待て、こんなところに人が倒れているのは不自然だ。ここは王都の中心ではないし、女性一人で何故こんなところに来られた?」

「で、でも、犯罪に巻き込まれて道端に捨てられたとか、なにかあるかもしれないし……」


泣きそうな顔のティアを見てサイラスは覚悟を決めたようにきびきびと指示を出す。


「分かった。彼女を屋敷の中に運べ!」

「でも、サイラス様……見知らぬ人間を……」


報を受けてすぐに外に出てきていたリックが反駁した。


「このまま放置して死人が出てしまったら取り返しがつかない」


リックがグッと言葉に詰まる。


「分かりました。おい!大きな布を持ってこい」


団長がテキパキと指示を出したので騎士たちが迅速に動き始めた。


***


寝台に横たわった女性は昏睡状態だった。


ボロボロの汚れた衣服に衛生上の不安を感じたティアとカーラは彼女の体を拭き、清潔な衣服に着替えさせた。


痩せ細って体のあちこちに傷がある。腕の青黒い打撲傷を見てティアの心は沈んだ。


誰かが力任せに彼女の腕を掴んだのだろう。


どれほど痛かったことか。


(気の毒に……どうしてこんな酷い目に……?)


女性は汚れを落とすと、思いがけなく若く美しい顔貌が現れた。


今は呼吸も落ち着いている。


もう真夜中に近い。しばらく寝かせてあげようとカーラに目配せして二人で部屋を出ようとした。


カーラが灯りを消した時に「あああっ」と女性が突然、悲鳴をあげた。


慌てて再び灯りをともすと、女性がゼエゼエと息を切らせながら寝台に半身を起こしている。


カーラが「人を呼んできます!」と部屋の外に駆けだした。


「大丈夫ですか? 痛いところはありますか?」


ティアが尋ねると彼女は首を振って何も答えない。


「もう夜も遅いです。今夜はゆっくり休んで……」

「ここにサイラス様はいらっしゃいますか!?」


優しく話しかけるティアを遮って彼女は叫んだ。


「サ、イラス? はい……おりますが」


胡乱な気配を感じてティアの警戒心が生じた。


何故道端で倒れていた女性がサイラスの名前を知っているのか?


「サイラスにどのようなご用件が?」


用心しつつも慎重に女性の表情を観察する。


ティアの返事に彼女の顔はパッと輝いた。


「あの、サイラス様に伝言があるんです。どうか二人きりで話をさせてください」

「それは無理です」


ティアは断言した。この女性は何かがおかしい。


サイラスには会わせない方がいいと思った瞬間に、半開きになった扉を通じて彼が部屋に入ってきた。


「ティア、女性が目覚めたそうだな!」


(なんてタイミングの悪い……)


唇を噛むが何と説明して良いか分からない。


彼と女性を二人きりにしたくはなかった。


「ティア、どうした? 何があった?」


女性とティアを交互に見ながらサイラスが尋ねる。


「あの……この女性がサイラスと話がしたいと」


「サイラス様! どうしてもお伝えしないといけないことがあるんです。人の命にかかわることです! どうかお人払いを! 二人きりでお話しさせてください! お願いします!」


女性の声は切羽詰まっていて嘘をついているようには見えない。


サイラスとティアは一旦部屋の外に出た。


「どう思う?」


ティアの左の頬にぴりぴりとした感覚が生じている。


危険が迫っている証拠だ。問題はどんな危険なのか分からないことだが。


「彼女とサイラス様を二人きりにしたくありません。何か危険を感じます」

「人の命にかかわるというのは嘘とは思えなかった。リックたちを呼んで彼女の話を聞こう。それでどうだい?」


サイラスの提案にティアは渋々と頷いた。それが現実的な解決法なのだが、どうしても胸騒ぎがおさまらない。


リックとトニー、ジョン、ローワンがやってきて、全員で部屋に入る。


女性は青褪めた顔をしているが先ほどよりは落ち着いて見える。


「俺がサイラスだ。話を聞こう」


彼女はもう二人きりで話したいとは言わなかった。


黙ったまま熱っぽい目を潤ませてサイラスを見つめている。


ティアとリックたちはごくんと生唾を飲み込んだ。


女性の小枝のように細い手首はとてもサイラスには敵わないだろう。騎士たちもすぐ傍に控えている。


(平気よ。話を聞くだけだから)


不安を押し殺してティアは自分に言い聞かせた。


彼女が手で近くにくるように合図する。


サイラスがゆっくりと寝台の脇に腰かけると、突如として女性が跳ね起きてサイラスに抱きつき彼の胸元を両手でつかんだ。


そのまま勢いよく彼に口づけをする。


二人の口元から透明な液体がこぼれ落ちた。


思いもよらないことで一瞬誰もが凍りついたように動けなかった。


だが、すぐにサイラスが彼女を突き飛ばした。


「サイラスっっ!? 大丈夫ですか?」


ティアが急いでサイラスに駆け寄る。


「う、ううううっ、うぐっ」


彼の目は充血して、首を両手で押さえて苦しんでいる。


口元から真っ赤に泡立った血が漏れてきた。


(毒っ!?)


ティアは足元から力が抜けてその場に座り込んだ。

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