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44.デザート

赤毛の侍女の後について王宮内を歩いている間、誰にも遭遇することはなかった。


恐らくアーサーの命令で人に見られないようにと指示が出されているのだろう。


ティアも人目に晒されるのは怖いので正直有難い。国王としてはカッサンドラと瓜二つのティアを見せたくなかっただけかもしれないが。


帰りは裏口に馬車を待たせておいてくれたらしい。


案内してくれた侍女が見送ってくれて、ティアはお礼を言った。


「今日はありがとうございました」

「いえ、仕事ですから」


素っ気ない返事がかえってくる。


「君は国王付きの侍女なのかい?」


サイラスの質問に侍女は一瞬答えるのを躊躇した。


「……いいえ、私は王妃陛下の侍女をさせて頂いております」

「そうか。ご苦労だった」


侍女をねぎらうとサイラスはティアの手を取り馬車の扉を開けた。


二人で乗り込むと御者役の騎士ローワンが軽く鞭を当てる。ゆっくりと馬車が動き出し、すぐに速度を上げていった。


***


故フィッツロイ公爵家の屋敷に戻ると、カーラとリックたちが心配そうに出迎えてくれた。


「ティア! 大丈夫だった? 嫌なこと言われなかった?」

「うん。ありがとう。大丈夫、だと思う。私に変な野心がないことは分かってくれたみたい」

「そうか! 良かった!」


リックが肩の荷がおりたとでもいうように大きく息を吐いた。


「サイラス様、お手紙が届いております」


騎士の一人が封筒を手渡す。サイラスが封を開けて手紙を読みながら眉を顰めた。


「ティア、オルレアン公が明日ここを訪問したいそうなんだが……」

「まぁ、オルレアン公が?」


サイラスが王都滞在中に夕食に招待されたと言っていたアーサー国王の叔父だ。


何故わざわざここに?と不思議だったが、きっとサイラスのことを気に入ったのだろう。


ただ、自分がオルレアン公に面会するのは得策ではないと思った。きっと彼は母サンドラに直接会ったことがあるに違いない。


「お迎えできるように準備しますわね。私はお会いできないですが……」

「いいのかい? 早くアスター領に戻った方がいいんじゃないかとも思うんだ。今日これから出発してもいい」


サイラスは心配そうにティアの頬に男らしく骨ばった手を当てる。


「大丈夫ですわ。あと数日くらいゆっくりしても。せっかくの母の思い出の屋敷ですもの」


明るく言うと「そうだな」とサイラスも微笑んだ。


「それにこの屋敷にある温室の植物をもう少し調べてみたいんです! 母が話してくれたけど実物を見たことがなかった植物が沢山あって!」


目をきらきら輝かせるティアを可愛くて堪らないというように見つめるサイラス。


「分かった。君の気が済むまで滞在しよう。リック、警備の強化を……」


サイラスとリックは話しながら執務室に向かっていった。ティアはカーラと部屋に戻り、もっと動きやすい服に着替えることにした。


***


ティアとカーラは厨房で夕食の準備も手伝っていた。


この屋敷は基本的にほぼ自給自足が可能なので、食材を外部から買い入れる必要はないそうだ。


「毒の心配も要らないしなって団長は笑っていましたけど、食費がかからないのが何より有難いですよね~。貧乏所帯なんで」


今夜の夕食当番はジョンだ。茶色の髪に琥珀色の瞳。アスター城のリチャードを思い出した。


長く離れているわけではないのに、もう懐かしい。


自分にとっての故郷はすっかりアスターの城になったんだなとティアは実感した。


今夜の食事は大鍋で作るビーフシチューだ。大きめに切った牛肉と人参、玉葱、ジャガイモなどのたっぶりの野菜をブーケガルニと一緒にブイヨンでひたすら煮込む。


スープに合うフォカッチャというパンは、二度発酵させた後、ハーブ園から採ってきたばかりのローズマリーとオリーブオイルをたっぶりと効かせて焼いたもの。表面はカリっと、中はふわふわの焼き上がりだ。


ポテトサラダも作る。ほくほくに茹でたジャガイモとゆで卵をつぶして、みじん切りにした赤玉葱とミントの葉を混ぜる。それにマヨネーズと黒粒胡椒で和えれば完成である。


食後のデザートはカスタードのフランだ。


サクサクのタルト生地にバニラとラム酒のきいた緩めのカスタードクリームを流して焼きかためる菓子で、以前作った時にサイラスがお代わりしていたのをティアはしっかり覚えていた。


夕食は賑やかだった。


主人夫妻も騎士たちも全員が一緒に食べる。


カーラが給仕しないで済むように、各自で配膳するスタイルにしたらみんなで協力しあってスムーズに食卓を囲むことができた。


「美味いっ」という声があちこちで聞こえる。


あっという間に平らげてお代わりに並ぶ騎士たちも多い。


巨大な寸胴鍋一杯に作ったので足りないことはないはずだが、シチューが消えていくスピードにティアは純粋に感心した。


山盛りのポテトサラダは大きなボウルに三つ用意したが、それもあっという間に消えていく。みんな食欲旺盛だ。


サイラスはティアの隣で上品に食事をとっている。


「ティア、君の料理はいつも美味いが今日のビーフシチューは絶品だ。このパンも初めて食べるが爽やかな香りがしてシチューに合う。ポテトサラダは何杯でもお代わりできそうだ」

「いえ、そんな……」


嬉しくて頬が熱くなる。サイラスの褒め言葉が一番やる気に繋がるとティアは心の中でガッツポーズを決めた。


食後のデザートも多めに作ったのにまさに争奪戦だった。


ティアが特に大きなスライスをサイラスの皿に盛ると、誰かが声をあげた。


「あれ!? サイラス様の分がすごく大きくないか?」


ティアは真っ赤になりながら「いいんです!」と叫んだ。


「このデザートはサイラスの好物なんです! サイラスのために作ったんですから苦情は受け付けません!」


途端にシーンとその場が静まりかえった。


全員の視線がサイラスに向かい、何やらニヤニヤと揶揄うように見つめている。


真っ赤な顔をしたサイラスがこほんと咳払いした。


「あ、いや、うん、これはすごく美味いんだ。だから……有難い。すまん、みんな」


湯気が出そうなくらい真っ赤なサイラスの顔を見て、ティアも思わず口から出てしまった自分の言葉に照れる。両手で顔を隠すと彼の方を見られなくなってしまった。


「ご、ごめんなさい。変なことを言って」

「いや、ありがとう…う、うれしいよ」


ぎこちないが甘酸っぱい二人に騎士たちは大爆笑しているし、カーラも目から涙を流して笑っている。


「こんな旦那様、初めて見る~!」


サイラスは頭を掻きながらティアを見て片目をつぶった。


そんな子供っぽい仕草に胸がぎゅっとしめつけられる。


(サイラスと親しくなると嬉しいのにちょっとだけ胸が痛く感じる時がある。どうしてかしら?)

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