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43.謁見

ノーフォーク王国の壮大な王宮に一歩足を踏み入れると、内部の豪華さにティアは圧倒された。


高い吹き抜けのエントランスには大きな窓から燦燦と光が差し込み、複雑な模様のステンドグラスが大理石の床に美しい色の影を落としている。


こんな豪奢な場所にオーダーメイドのドレスを着て訪れることなど、これまで想像することもなかった。


(……ああ、緊張するわ。サイラスに恥をかかせたらどうしよう)


内心の混乱を隠しサイラスの腕に手をかけてゆっくりと進んでいくと、黒い制服を着た年配の侍女が優雅に礼をしながら二人に近づいてきた。見事な赤毛をひっつめに結っている。


「アスター伯爵閣下、令夫人、どうかこちらに」


赤毛の侍女に案内されて長い廊下を歩いていく。絨毯も厚く高いヒールがめり込みそうだ。きらびやかな内装に調度品もすべて一流なのが伝わってくる。


数分歩いた後、ようやく侍女が立ち止まった。


「こちらでございます」


彼女はノックすることなく扉を開けた。


「どうぞお入りください」


ティアとサイラスが部屋に入るとテーブルと四脚の椅子が用意されていた。


侍女に促されるままサイラスとティアが腰かける。いったん部屋から出ていった同じ侍女がティーワゴンを押して部屋に入ってきた。


侍女は繊細な細工のティーカップに香り高いお茶を注ぎ、多種多様な焼き菓子が盛られた大皿を中央に置く。


侍女が部屋から退出すると奥にあった扉から国王アーサーが現れた。


サイラスとティアは即座に立ち上がり臣下の礼をとる。


「はじめまして、だな? アリスティア嬢」

「この度は国王陛下に拝謁する栄誉を賜りまして恐悦至極に存じます」


頭を下げたままティアが挨拶を述べる。


「頭を上げよ。無礼講だ。座って構わない」


アーサーの言葉に二人は再び椅子に腰かけた。


四脚目の椅子が空いている。ついそちらに視線を向けるとアーサーが苦笑した。


「悩んだのだが、キャス……妃には今日のことを知らせなかった。カッサンドラに異常なほど嫉妬していたからな。君の姿を見たら狂ったように襲いかかっていたかもしれない。カッサンドラに瓜二つだ」

「恐れ入ります」


他に何と言っていいか分からなかったが、テーブルの下でサイラスが手を握ってくれているのが心強い。


「陛下、恐れながら妻は初めてのお目通りで緊張しております。できれば簡潔に謁見を終わらせていただければ……」

「そう急ぐな」


アーサーがニヤリと笑う。


「アリスティア嬢はこの謁見の目的を知っているな?」


ティアはおずおずと頷いた。


「はい」

「どういう目的だ?」

「私が陛下にとって危険かどうかを見定めるためと伺っております」

「そうだ。秘密裏にな……だから正式な謁見室を避けた。ここは私用のサロンだ。誰にも聞かれることはない」


アーサーは値踏みするようにティアを見つめた。彼女はどうしていいか分からず目を伏せる。


「君は妃の秘密を知っているとサイラスから聞いた」

「はい。恐れながら……」

「それで、どうする? 秘密を暴露するか?」

「とんでもございません!」


ティアは必死に言いつのった。国王から危険人物だと烙印を押されれば、アスター伯爵家のみんなにまで迷惑がかかる。


「墓場まで秘密を持っていく所存です。誰にも漏らしません。お約束いたします」


真っ直ぐにアーサーを見つめながら断言するティア。猜疑心の強い国王も多少感銘を受けたようだ。


「そうか。そう言うなら契約魔法を結んでもらうがいいか?」

「はい! 構いません」


ティアの即答にサイラスの方が慌てた。


「ティア! 何を言うんだ。命を賭けることになるんだぞ!」

「私が秘密を漏らすことはあり得ませんから安全です。社交界には顔を出さずアスター領で人目につかずひっそりと暮らすことが私の唯一の望みです」

「その割には大分目立っていたようだがな」


アーサーが皮肉げに唇をゆがめた。


「そ、それは、何も知らなかったから……つい。でもお約束します。これからは一切目立つことはいたしません!」


必死に懇願するティアをしばらく見つめていたアーサーは溜息をついた。


「なるほど。どうやら本気らしいな」

「はい! なんなら今からでも契約魔法を結びますから!」


前のめりなティアをサイラスが必死に止めようとするのを見て国王は肩をすくめた。


「分かった。信じよう。契約魔法を結ばなくても構わない」


アーサーの言葉にティアとサイラスは呆気にとられた。ポカンと口を開ける二人を見て国王が苦笑いをする。


「正確にいうと契約魔法は結べないんだ。十五~六年前に教会から契約魔法の書が盗まれたそうでな」

「まさか!?」


サイラスの顔色が変わる。アーサーは苛々と爪を噛んだ。


「俺にも隠していた教会には重い処罰をくだす」

「前回俺に契約魔法の話をした時はそれをご存知なかったと……?」


アーサーはサイラスの問いに眉を顰めた。


「そう言っているだろう、まったく……」

「では、ティアとの契約魔法は結ばなくていいのですね?」


念を押すようにサイラスが言った。


「ああ、そうだ。アリスティア嬢は書が盗まれたことを知らなかったのに契約魔法に同意した。彼女の意思は本物だと思う。だから、君たちを信用する……しかないんだがな」

「誰が盗んだのかは分からないのですか?」


ティアの質問にアーサーは両手でお手上げだという仕草をした。


「教会では厳重に契約魔法の書は扱われていた。限られた人間しか保管されている場所を知らないはずだ。我々も手を尽くしたが犯人は分からずじまいだ」


アーサーの声に苦味が混じる。一方、サイラスは安堵した顔を隠そうともしない。


「いずれにしても信頼してくださったということですね。良かったです。それではこれで失礼します!」


さっさと退去しようとするのを国王は止めた。


「まぁ、いいではないか。アリスティア嬢ともう少し話がしたい」


サイラスが小さく舌打ちしたのをティアの耳は敏感に聴き取った。


「は、はい。私で良ければ喜んで」


アーサーは面白そうにティアに尋ねた。


「君は外国で生まれたのを覚えているかい?」

「いいえ。私が一歳の時に母はテイラー男爵と再婚して、その後はノーフォーク王国で暮らしていましたから」

「つまり君は記憶にある限り、ずっとテイラー男爵家で暮らしてきた。フランク・テイラーのことをどう思う?」


質問した時の国王の顔は真剣だったが、ティアがナメクジを飲み込んだような顔をしたので思わずぶほっと噴き出した。


「なんだその顔は!? 仮にも父親として十六年は過ごしてきたのだろう?」

「……虐待をずっと受けてきましたから」


ぽつりとティアが呟くと「なるほど」とアーサーは顎に指を当てた。


「密偵からも同様の報告を受けている。ではフランクに、君を擁して反旗を翻すような動きはないのだな?」

「は!?」


ティアの心の底からの呆れ声である。顔が嫌悪のあまり歪むのを抑えられない。


「正直、父は母を利用して金儲けをしようとしていたんだと思います。母が亡くなって利用価値を失った私はずっと厄介者として隔離、監禁されていました。食べ物すらもらえなかったんですよ。鞭で打たれたこともあります」


国王の顔が安心したように緩んだ。


「そうか、あの男は何を考えているのか分からない。……イヴですらそう言っている。ずっと王妃の秘密を守っているからには敵ではないのだろうが……」


「私を擁して反旗を翻すって……そんな度胸がある人物ではありません。仮にそうだったらもう少し私に親切にしていたんじゃないでしょうか? 私はあんな男に担がれる神輿になる気は毛頭ありませんから!」

「その通りだな」


ティアが強く断言するとアーサーは満足気に頷いた。


「そろそろ失礼してもよろしいでしょうか?」


サイラスが言うと、今度はアーサーも頷いた。


「アリスティア嬢はアスターの城に籠って一生表舞台には出てこないということだな?」

「「はい」」


ティアとサイラスが断言して、今度こそ二人は解放された。

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