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40.お帰りなさい

サイラスに尊敬していると言われ、ティアの心は少し強くなって自信がついた。


二週間後に王都に向かうので、昔サンドラから教えてもらった謁見の作法や振る舞いの復習をしながら、いつも通り城の仕事をこなす。忙しさに拍車がかかったが楽しいこともある。


サイラスが領地経営の会議にティアも参加させてくれるようになった。難しい議題が多いが、ティアの意見も尋ねてくれるのがやりがいに繋がる。


「それはいい考えだ。さすがティアだな」


そう言ってもらった時は嬉しくて体がかっかと熱くなった。


子供みたいだけど、サイラスに褒められると心の奥にある冷たくて暗い穴にちょっとずつ火が灯っていくように感じる。


それだけじゃない。


サイラスは執務をとっていない時間に、ティアの手伝いをしてくれる。菜園、家畜小屋だけでなく掃除や洗濯も一緒にしてくれようとするのだ。


驚くことに彼は家事や畑仕事も器用にこなすことができる。彼がジャガイモの皮を器用にくるくると剥いてみせるとリチャードが目を丸くした。


タマラは「旦那様がそんなことをなさらなくても……」と止めようとしたが「やりたくてやっているんだ」と言われて、大人しく引き下がった。


一緒に窓の掃除をしながらティアはおずおずと質問した。


「サイラスはどうしてこんな水仕事まで慣れていらっしゃるんですか?」

「昔、短期間だが従軍したことがある。軍では当たり前のことなんだ。それに王都のタウンハウスもたまには掃除していたんだぞ。アルマ一人に全部させるわけにはいかないからな」


ノーフォーク王国は小国で強国に囲まれている。侵略を防ぐためにも軍の存在は欠かせない。


王都では近衛騎士団が王族の護衛を行い、衛兵と呼ばれる近衛部隊が王宮を警護する。


国を守る国軍は別の組織で、サイラスは数年間そこで兵役についていたそうだ。


「父との関係が最悪だった時期かな……距離を置くのにちょうど良かった」


サイラスが雑巾を絞りながら寂しそうに笑う。ティアが思わずサイラスの背中を撫でると彼の表情が和らいだ。


「ありがとう。大丈夫だ。それにティアと一緒に掃除するのは楽しい」


サイラスは手をきれいに拭った後、爽やかな笑顔でティアの頭をぽんぽんと撫でる。


思わずきゅんと胸がときめいた。


「ん?どうした?顔が赤いぞ?」

「い、いえ、なんでもないです! 掃除で張り切りすぎちゃったかも……あはは」


ティアが熱心に窓を拭いているのをサイラスは好ましそうに見つめた後、自分も体を伸ばして掃除を再開した。


***


いよいよ王都に行く日になった。


マダム・ポンパスの渾身のドレスも無事に届いた。マダムは旅装用の着心地の良いドレスも用意してくれていた。


薄茶色の地味なドレスだが襟や袖の裾に濃い茶色で美しい刺繍がしてある。ふわりと広がるドレスの裾は少し短めで歩きやすい。皮のブーツは編み上げ式でドレスによく似合っていた。


「ティア、すっごく可愛いわ!」


同じような旅支度のカーラも一緒に王都まで来てくれる。


「カーラもとても似合うわよ!」


二人で手を取り合って喜び合うのをリチャードとジェイクは微笑ましそうに見守っていた。


「そろそろ出発だ」


サイラスは乗馬服を着崩している。ちょっとだけ見える胸元が色っぽいと思ってしまい、ティアは心から反省した。


ティアとカーラが乗る馬車を四人の騎士とサイラスが取り囲んで王都に向かう。まだ早朝なので昼過ぎには王都に到着するだろう。


馬車の中でカーラが人差し指を顎に当てて考えこんでいる。


「どうしたの? カーラ?」

「王都のお屋敷って売却しちゃったんでしょう? 私たちはどこに泊まるのかしら? 宿屋?」


そういえばそうだ。すっかり忘れていた。


「そうね。きっと王都なら良い宿屋もあるんじゃない?」


セドリックから「王都では物入りでしょうから」と預かった革の巾着袋には結構な額のお金が入っている。高級な宿屋でもなんとかなるだろう。


「サイラスがちゃんと考えてくれるわ。大丈夫よ」


ティアが笑顔で言うとカーラが安心したようにほっと息を吐いた。


「良かった。私、王都に行くの初めてなの。だからちょっと緊張しちゃって」


いつも強気なカーラの弱々しい笑顔にティアは奮い立った。


「私、一応王都出身だし! カーラのことは私が守るから安心して!」

「やだ、逆よ。私がティアを守る立場なのよ」

「じゃあ、お互いに助け合うってことで?」

「うん! ……ふふ、ちょっと不安が消えたわ」


馬車の中で微笑ましい会話が繰り広げられているのを、サイラスは馬を走らせながら眺めていた。


(何を話しているんだろう……可愛いな)


などと思いながら。


王都に到着した後も馬車は走り続ける。明確な目的地があるようだ。


ティアたちは、中心から少し離れたところにある瀟洒な屋敷に辿り着いた。正面の門構えも大きくて立派だ。


「すごい御屋敷ですね」


カーラが感心したように呟いた。


正門の前には二人の騎士が警護していて、サイラスが合図を送るとパッと敬礼をした。


(ここはどこなのかしら? アスター伯爵家のタウンハウスよりもずっと大きいわ。お知り合いのお宅?)


ぎぃっという音と共に門が開き、ゆっくりと馬車が動き出した。


門から屋敷への道のりには広々とした芝生が続いているが、どことなく詫びしい庭の造りになっている。


普通のお屋敷だったら花壇も色とりどりの花が咲いているだろうに、ここの花壇には何も植えられていない。


屋敷の前に到着するとサイラスが馬車の扉を開けてくれた。彼の大きな手につかまって馬車から降りる。


馬車の警護をしていたリックが突然「集合っ!!!」と大きな声を出した。


ゾロゾロっと十名ほどの騎士たちが建物の前に集合する。トニー、ジョン、ローアンも彼らに合流した。


ティアとカーラが目をぱちくりさせていると「整列っ!」とリックが再度声をあげた。


リックを中心にして全員が一列に並ぶ。


ますます訳が分からない。


戸惑うティアを安心させるように笑いかけた後、リックが大声をだした。


「お帰りなさいませ! お嬢さま!」


「「「「「「「「「「「「お帰りなさいませ!お嬢さま!」」」」」」」」」」」」


全員がリックに合せて叫んだ。

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