39.護衛騎士
翌日、ティアとカーラが一緒に洗濯物を干していると、城の正門に馬に乗った四人の騎士と馬車が現れた。
「ね、ねえ、カーラ、あの方たち、もしかして……?」
「きっとそうだわ! 旦那様が手配した護衛騎士じゃない?」
「皆さん、立派な方たちだわ。どれだけお金がかかったのかしら?」
「ティア、お金のことは気にしないで。旦那様だってちゃんと考えているわよ。それにしても、みんなすごく恰好いいわね! さすが王都の騎士だわ~」
カーラがうっとりと見惚れていると、サイラスが現れて騎士と馬車を城門の中に誘導した。ティアとカーラに気がつくと、サイラスは手を振りながら「みんな集まってくれ」と叫んだ。
サイラスは一階の広間に全員を集めて騎士たちを紹介した。
「みんな、王都から来てもらった護衛騎士の方々だ。今日から城の警備をしてくれる」
他よりも年かさの黒髪で青い目を持つ騎士が一歩前に進み出た。
爽やかな青い瞳がティアを視界に入れると突然潤んだ。
「ど、どうしました!?」
ティアが慌てると彼は目を擦りながら「目にゴミが……」と呟いている。
何事もなかったかのように「失礼しました!」と笑顔を見せると、彼は明るく挨拶をした。
「俺はリック・ノース。一応団長と呼ばれています。よろしくお願いします!」
若い三人の騎士はそれぞれトニー、ジョン、ローワンと名乗った。
「奥方様が王都に行かれる際には俺たちが警備しますから安心してください」
リックの堂々とした挨拶にセドリックたちも安心したようだ。
四人とも筋骨隆々として逞しい。礼儀作法もしっかりしている立派な騎士だ。
彼らを雇うのも沢山お金がかかるだろう。
自分はどこに行っても迷惑をかけてばかりだとティアは落ちこんだ。
そんなティアの様子を見ていたのだろう。
サイラスは騎士たちと打ち合わせをしていたが、終わったら一緒にお茶を飲もうとティアを誘った。
***
サロンにお茶を用意しながらカーラとタマラは嬉しそうにティアに目配せする。
「ゆっくりしてね」
耳元でカーラに囁かれても、何故彼女たちがこんなに嬉しそうなのかティアにはまったく分からない。
熱いお茶の湯気が立ち昇る中、サイラスが現れた。
「待たせてすまない。リックと警備の打ち合わせをしていて」
「いえ、私なんかのためにわざわざ騎士の方々に来ていただいて申し訳ないです」
ティアが頭を下げるとサイラスは首を振った。
「私なんかって言わないで欲しい。君は俺の大切な奥さんなんだよ」
彼の優しい言葉に体がカッと熱くなる。
もちろん、彼は親切で他意なく言っていることは分かるので、勘違いしないように『調子に乗るな』と自分を戒めた。
「…それに馬車も私のために手配してくださったんですよね?」
「ああ、さすがに王都まで騎馬なんて無茶はさせられないからね」
王都までは馬車で半日はかかる。騎馬なら数時間で行けるのにますます自分が足手まといのように思えてくる。彼女の沈んだ表情にサイラスは慌てた。
「なにか……君を不快な目に遭わせてしまったかい?」
「ち、ちがいます! こんなに良くしていただいて、申し訳なくて……皆さんのお役に立ちたかったのに、結局私は厄介者でご迷惑にしかならないなんて」
サイラスは真剣な表情で彼女の前に片膝をついた。蒼く透明な瞳がティアを映す。
「ティア、君は厄介者でもないし迷惑でもない。どれだけこの城に貢献してくれているか分かるかい? 君がここにいたいと言ってくれて、俺はとても嬉しい。城のみんなもそうだ。君を危険から守る役を俺に任せてくれないか?」
ティアの瞳に涙の膜が張った。視界が涙で曇る。
「わ、わたし、やくにたってます、か?」
震える声でティアが尋ねるとサイラスは彼女の目を真っ直ぐに見ながら答えた。
「もちろんだ。この城には君が必要だ。俺も……君がいてくれた方がいい」
「なんで? どうしてサイラスは私がいた方がいいの?」
サイラスがぐっと言葉に詰まった。
ティアの真っ直ぐな視線を受けて狼狽えるサイラス。
「あー、そうだな……君はいつも人のことばかり考えて頑張っている。俺はそういう人間を尊敬している。そ、そうだ! 俺は、君のことを心から尊敬している。……人として。だから、君がいてくれると俺も頑張ろうって思えるんだ」
(尊敬!? ……こんな私を!?)
これまでの人生で自分を尊敬していると言ってくれた人はいなかった。
喜びで涙がぽろぽろとこぼれる。
焦って服のあちこちを探していたサイラスがようやくハンカチを見つけて差し出すと、ティアは彼の手をぎゅっと握りしめた。
「あ、ありがとうございます! うう、うれしい。今まで生きてきて一番嬉しい言葉です」
サイラスはティアの隣に座り、ためらいがちに彼女の肩に手を伸ばしては引っ込める動作を繰り返していたが、最終的に深呼吸をして彼女を抱きしめた。
温かい感触がティアを包みこんでくれる。
そのまま彼の胸に寄りかかると、サイラスはどうしていいか分からないという表情を浮かべて顔を赤くしながらもそっと彼女の頭を撫でた。
ティアの涙がサイラスのシャツに沁み込んでいく。
彼に抱きしめられているのに恥ずかしいとか困るとかいう感情ではなく、ティアはただただ大きな安心感を覚えた。




