38.魔法を受け継ぐ者
「その事故に巻き込まれたのは御者を含め六人。うち五人が死亡。一人生き残ったのがフランク・テイラーだった。人望の厚かったフィッツロイ公爵夫妻に同情し、生き残ったフランクを非難する人間が多かったようだ」
長年自分を虐待してきたフランクと祖父母の死に関連があったことを知ってティアは動揺を隠せない。
事故の時にまだ八歳だったサンドラがどんな気持ちだったかを想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。
「その事故以来、テイラー男爵家は王都の社交界で肩身の狭い思いをするようになった。イヴ・テイラーが魔法学院に入学した時も嫌がらせがあったそうだ」
「そうなんですか……」
ティアは表情を曇らせた。生気がなく顔も青ざめている。
「その上、世間的にはイヴ・テイラーがカッサンドラを襲撃したことになっている。テイラー男爵家は社交界から完全に姿を消した。排除されたんだ。付き合いのある貴族はいなくなったらしい」
サイラスはふぅと一息ついた。
「だからフランク・テイラーがひっそりと子連れの平民女性……の振りをしたカッサンドラ様と再婚した時、誰も注目しなかった。アーサー国王には報告していたようだが」
「国王陛下は再婚に反対されなかったんでしょうか?」
思わずティアは尋ねた。
あんな男と再婚して幸せになれるとは思えない。誰でもいいから止めてくれたら良かったのにと腹が立つ。
「テイラー男爵家は親国王派のようだからな。カッサンドラ様を自由にさせておくよりは監視しやすい。国王にとっても都合が良かったんだろう」
サイラスが難しい顔で言葉を続けた。
「先日国王に会った時に聞いたんだ。カッサンドラ様と結婚した理由はフィッツロイ家に伝わる知識が欲しいからだとフランク・テイラーは説明していたらしい。テイラー男爵家は化粧品とか美容関係の事業をしているだろう?」
「なるほど……そうだったんですか」
ティアは頷いた。
「でも、母がフィッツロイ家の知識を私以外の人間に教えることはありませんでした。それで母が亡くなった後、父と兄たちは私が憎くてあんなふうに……」
不思議と納得できた。フランク・テイラーは自分達が排除される原因となったフィッツロイ家を恨んでいたのかもしれない。
完全な逆恨みだが、母サンドラと再婚したのもフィッツロイ家の知識を得ると同時に残酷な復讐心も少しはあったのではないか?
ティアの瞳が光を失いガラス玉のようになる。それを見たサイラスが辛そうに口を開いた。
「すまない……君が置かれた状況を知っていたら父ウィリアムはすぐに君を引き取っていたと思う。しかし、カッサンドラ様の手紙通りに七年も待ってしまった。申し訳ない」
サイラスに頭を下げられてティアは慌てた。彼は何も悪くない。
「サイラスのせいではないです。調べてくださって、ありがとうございます」
「いや……すまない」
「サイラス様が謝ることはありません。どうかご報告を進めてください」
ティアは気丈に顔をあげて微笑みを浮かべた。サイラスは少し唇を噛んだが話を続ける。
「それから、これは……絶対にここにいる仲間以外には漏らさないと誓って欲しい」
サイラスはセドリック、タマラ、カーラ、リチャード、ジェイクの顔を一人一人見つめた。
全員が重々しく頷く。サイラスが大きく息を吸いこんだ。
「ティアの左の頬の痣だが……君は『先祖返り』と呼ばれる魔法を受け継ぐ者なんだ」
ティアは呆然とサイラスの説明を聞いていた。
衝撃のあまり体に力が入らない。手足もぐにゃぐにゃになってしまったようだ。
『顕現する魔法は多種多様であるが、魔法を受け継ぐ者は体のどこかに四つ葉のバースマーク(生まれついての赤い痣)がある』
自分がフィッツロイ一族の魔法の力を受け継いでいる?
どんな魔法?
ティアは考えた。
暴漢の動きを止めることができた。
あの時は無我夢中で自分が何をしているのか自覚はなかったが『動くな』と念じていたような気がする。
つまり人を操れる力ということか?
魔法はそれだけなのだろうか?
恐ろしい魔法を受け継いでいる可能性はないのか?
考えれば考えるほど自分が恐ろしくなった。
万が一サイラスや城のみんなに迷惑をかけてしまったら?
危害を加えてしまったら?
ティアの頬を新しい涙が伝う。
「ティア、大丈夫よ」
抱きしめてくれるカーラの温かい腕が有難い。
「……っ、ごめんなさい、ごめんなさい。私がこんなんだから皆さんに迷惑をおかけして……」
嗚咽しながら詫びるティアにハンカチを手渡しながらサイラスが優しく語りかけた。
「ティア、何を言っているんだ? 君は何も悪くないのに」
サイラスはまっすぐに視線を合わせて、いたわるように微笑んでくれる。
「ひくっ、私が怖くないですか? 気持ち悪くないですか?」
情けないと自分でも分かっているけれど、思わず泣き言が口からこぼれる。
「怖くない。気持ち悪くない。当たり前だろう? ここにそんなことを思う奴は一人もいないよ。そうだろう? みんな?」
全員が何度も頷いてくれる。ティアの視界が涙で曇った。
そんなティアを見守りながらも、サイラスは「ただ懸念はある」と言った。
「君が魔法を使えると知られたら、それを利用しようとする者が現れるだろう。サンドラ様もそれを心配して痣を隠していたんだ。この秘密は何があっても守らなければならない」
「もちろんです!」
リチャードが大きな声で言い、他のみんなも同意した。
「ティアが狙われる可能性が増したということだ。既に護衛の騎士を手配してある。明日にはこの城に到着するだろう」
「そんな! 私なんかのためにわざわざ……」
「いいんだ。俺は自分がやりたいことをやっているだけだ」
有難いのと申し訳ないのでティアの目尻からますます涙が溢れてくる。
サイラスが心配そうにティアを見つめた。
「動揺させてすまない。今日はもう止めておこう」
「いいえ、私は大丈夫です。すみません……情けないところをお見せしました。続けてください」
ティアが涙を拭きながら健気にサイラスを見上げる。
「いや、本当に他に報告することは特にないんだ」
「え? そうなんですか?」
肩から力が抜けてティアはきょとんと首を傾げた。
「ああ、あと、前国王の弟であるオルレアン公に夕食に招待された。いい人そうだった、というくらいしかないよ。王都に行く日が決まったら知らせる。今日はもうゆっくり休んでくれ」
王都から戻ってきて以来、サイラスはずっと優しい。
彼の蒼い瞳に見つめられると、また一緒に馬に乗りたいと思ってしまった。




