37.フランク・テイラーの過去
ドレスとアクセサリーを注文した後、サイラスとティアはイーリーの町を探索した。
マダム・ポンパスが勧めてくれた食堂で昼食をとり、活気あふれる街並みを楽しむ。
おやつに寄った小さなカフェでは美味しいアップルパイと紅茶を味わった。
すっかりゆっくりしてしまい、城に戻る頃には夕暮れで空が薄赤く染まっていた。
再びサイラスの腕に包まれるようにしながら騎馬で森を抜けていく。
(温かいな……ずっとこうしていられたらいいのに)
不埒な考えを抱いてしまい、つい顔が赤くなる。
「寒いか?顔が赤いぞ」
サイラスに尋ねられて慌てて「大丈夫です!」と手を振った。
その拍子に体がぐらつく。
「ほら、しっかりつかまって」
優しく言われて、ティアは赤くなりながら片手でサイラスのシャツを摘まみ、もう片方の手を背中に回すと、彼の逞しい胸に寄りかかった。
*****
サイラスは城のみんなを厨房に集めて報告会を行うことにした。
いつからか厨房は城の参謀本部のようになっている。
城の全員と情報を共有することは城の備えにも重要なことだ。
皆、真面目な顔で席についている……が、ティアが用意したハーブティーとパウンドケーキを目の前にすると、どうにも緊張感が緩んでしまいそうになる。
こほんと咳払いしてサイラスが話し始めた。
「王宮に行って色々と分かったことがある……」
アーサー国王は、リヴァイもカッサンドラも殺していない、三人の暴漢をアスター城に送ったのも自分ではない、と主張しているそうだ。
そして、ティアが王都に行き国王に謁見することを望んでいるという。
「ティア様が王宮で危険にさらされることはないのですか?」
タマラが心配そうに尋ねた。カーラも真剣な顔で頷く。
「王都では俺が絶対に彼女を守る。それに彼女を守る騎士達の手配もしてきた」
「え!?そんな金銭的余裕があるのですか?」
ティアは驚きのあまり失礼なことを口走ってしまった。
心の広いサイラスもさすがに苦笑いだ。
「ああ、金のことはそんなに心配しなくてもいい。もちろん君の持参金は使わないから安心してくれ」
「そんなこと言ったって心配です! むしろ持参金を使ってください。セドリックからアスター伯爵家の財政状況は教えて頂いています。王都の屋敷だってアルマしか雇う余裕がないくらいなのに、私のドレスとか騎士とか……サイラスに迷惑をかけたくないんです!」
ティアは必死に訴えた。自分なんかのためにそんなにお金を使って欲しくない。
「ティア様、本当にご心配なさらなくて大丈夫ですよ」
セドリックがなだめるように口を挟んだが、ティアは納得できない。どこかで借金でもしていたらと思うと動悸が激しくなる。
「旦那様、ティア様には本当のことをお伝えすべきだと思いますよ。かえってご心配させてしまいます」
セドリックに言われてサイラスは渋々と頷いた。
「実は王都にあるアスター伯爵家のタウンハウスを売却したんだ」
思いがけないことを告げられてティアは口をあんぐりと開いた。
「どうして!? なんでそんなことしたんですか!?」
ティアが問い詰めるとサイラスは首の後ろを擦りながら弁解を始めた。
王都のタウンハウスはほとんど使っていない。使用人も通いのアルマしかいない。
サイラスは王宮に執務室があってそこで寝泊まりすれば仕事も問題ない。実際に王宮に住んでいる文官もいる。
だから王都のタウンハウスは必要なかったから売却しただけだと言われても、ティアは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……もしかしてドレスのお金も?」
サイラスが頭を掻きながら頷いた。
「そんな……お屋敷を売ったお金でドレスを買っていただくなんて」
涙目になるティアを隣に座っていたカーラが優しく抱きしめた。
「ティア、これは私たちの総意でもあるの。旦那様はみんなに相談してくださって、それが一番いいだろうってことになったのよ」
「でも……」
「ティア様、今はお金の話ではなく旦那様の王都でのお話を伺うことにしましょう? ね?」
タマラに言われて、ティアは渋々と頷いた。
「旦那様、ではお屋敷は無事に売却できたのですね?」
セドリックの質問にサイラスは嬉しそうに頷いた。
「ああ、希望していた以上の価格で売却できた。幸運だったよ」
だから、ティアの持参金に頼る必要はなくなった、と笑顔を見せるサイラスだが、ティアは複雑な心境だった。
しかし、今はとにかく彼の話を聞こうと耳を集中させる。
サイラスはテイラー男爵家についても調べてくれたらしい。
フランク・テイラーは領地が少ない分、美容・化粧品分野の販売に力を入れているそうで、かなりの収益があがっているという。
(父がお母さまと無理矢理結婚したのは美容についての知識を利用できると思ったからなんだろうな。お金に執着する人だったから)
彼は守銭奴だとテイラー家の使用人はしょっちゅう文句を言っていた。ちょっと気持ちが沈む。
その時、サイラスが深刻な顔で咳払いした。
「ここからはテイラー男爵家の過去の話なんだが……。ティア、ここで話してもいいか? もし二人きりの時に話した方が良ければ……」
「いいえ、どうかここでお話しください」
サイラスを遮ってティアは断言した。テイラー男爵家の過去に後ろ暗いことがあっても当然だ。むしろみんなにも知って欲しい。
「そうか……分かった」
***
約三十年前、王都付近の森で大きな馬車の事故が発生した。
激しい雨の中、視界が悪く御者が互いの馬車を目視できなかったのだろう。
正面衝突した二つの馬車が崖から落ちたのだという。
一つの馬車はフィッツロイ公爵家のもの。もう一つはテイラー男爵家のものだった。
その場にいた全員の顔が青褪める。事故のことを知らなかったティアも表情を強張らせた。
「その事故でタレック・フィッツロイ公爵とオリヴィア・フィッツロイ公爵夫人が亡くなった。当時八歳だったカッサンドラ嬢を一人遺して。彼女は馬車に乗っていなかった。それが君の母君だ」
ティアの視界が涙で曇った。
自分の祖父母が事故で亡くなった話は聞いていた。
しかし、テイラー男爵家の馬車との衝突事故だとは知らなかった。
「テイラー男爵の馬車にはフランクとその妻が乗っていた。妻が事故で亡くなり、生き残ったのはフランクだけだった」
辛そうに語るサイラスの顔を見ながら、ティアの瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。




