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36.別居婚は理想の結婚の形です

優美な筆跡でマダム・ポンパスと書かれた洋装店の扉を開けると、丸メガネにド派手な服装の四十代くらいの女性が出迎えてくれた。


「サイラス様、お久しぶりです。王宮で仕事を始められる時に礼装をお作りして以来ですわね」

「マダム・ポンパス、あの時は助かった。王宮は儀式や儀礼の場が多くてな」

「それで本日は何を御所望で?」

「ああ、妻のために新しいドレスを数着頼みたいんだが」


マダムの迫力に押されたティアは、サイラスの影にひっそりと隠れるように立っていた。


「妻……? 噂の奥方様?」


丸メガネをくいと持ち上げながらティアに近づくと、マダムはじっと彼女の顔を見つめる。不安を覚えるくらい凝視されていたが、不意にマダムが白い歯を見せた。


「んま~、なんて可愛らしい奥様かしら! 黒髪も黒い瞳もとってもチャーミングだわ」

「あ、ありがとうございます」


おどおどと頭を下げるとマダムはティアの手を取り、奥にある試着室に連れ込んだ。


「今着ていらっしゃる藤色もお似合いだけど、黒髪にははっきりした色も合うんですよ。例えば真紅のドレスとか! 黒…はちょっと辛気臭いかしら? 思い切って濃い紫なんかも大人っぽくていいかもしれませんわ!」


喋り続けながら試着室のカーテンを引くとティアの服を脱がし採寸を始める。


サイラスの姿が見えなくて不安を覚えるが、マダムの採寸は手慣れていてとても優しい。

少しずつ気が楽になってきた。


「具体的なデザインは後でご相談させて頂きますが、今日は取りあえず色とドレスのシルエットを決めましょうね。色々な形のドレスを着てみてください」


はっきりした色と言われて、けばけばしい黄色がでてきたらどうしようと不安だったが、マダムのセンスはさすがだった。


真紅のAラインのドレスはオフショルダーで華奢な首から肩へのラインが美しく見える。


「……ちょっと露出が多いんじゃないかな?」


サイラスの言葉をマダムは笑い飛ばした。


「これくらい普通ですよ! 色が白いから赤が際立つし殿方の視線は釘付けですわ!」

「似合いませんか?」


自信なさげにティアが尋ねるとサイラスは真っ赤になって否定した。


「に、にあう! 似合うが…似合いすぎて………他の男に見せたくないっ」


後半の声が小さくなりすぎて良く聞こえなかった。


「え? なんておっしゃいました?」

「いや、なんでもない! 良く似合う! じゃあ、この色とデザインでいいかい?」

「はい。でも、こんな高価なもの…」


ティアが不安そうに俯くとマダムがバンッとサイラスの背中を叩いた。


「王都の店に比べたら格安ですよっ! それに、サイラス様は王宮でエライ出世したって聞きましたよ。大丈夫ですよね?」

「ああ、問題ない。算段はついている。あと数着作ってくれ。アクセサリーや靴も必要だな」


サイラスは自信満々だが、ティアは心配になった。セドリックからアスター伯爵家の財政状況は聞いている。彼の給金で王都の屋敷を維持しなくてはならない。そんなに余裕はないはずだ。


「あの……持参金も使ってくださるのですよね?」


失礼な言い方かもしれないと思ったが、サイラスは明るく笑ってティアの頭を撫でた。


「いや、あれは君のものだ。城のために使ってくれてありがとう。これ以上は君に甘える訳にはいかない」

「で、でも……」

「こんなんじゃ詫びにもならない。君が城のために使ってくれた金額の方が遥かに高い。これは俺から奥方への贈り物だ。何も言わずに受け取ってくれないか?」


サイラスの透明な蒼い瞳が真っ直ぐにティアを見つめる。言葉を失って彼の端整な顔を見返すことしかできなかった。


その後、マダムの勧めでシャンパンゴールドと青いドレスも追加した。


「白いドレスもお似合いですが、婚礼の衣装みたいですものね」


マダムが言うとサイラスが青くなって「うぁああああ、結婚式」と頭を抱えた。


「あの……サイラス、結婚式のことはどうかお気になさらないで」

「なにをおっしゃっているの!? 気にしますよ! まさか、まだ結婚式を挙げていないのですか!? 王都でも!? なんて酷い! この甲斐性なし!」


両方の眉を吊り上げてマダムが叫ぶ。


しおれきったサイラスが「すまない……不甲斐ない俺のせいで……」と呟いた。


ティアはおろおろとしながらもマダムに立ち向かった。


「サイラスは何も悪くありません! 私も結婚式なんて望んでおりませんから! どうかサイラスを責めないでください!」


丸メガネの向こうの大きな目が大きく見開かれてぐるりと円を描いた。


「ティア様も結婚式を望んでいない? じゃあ、お二人ともなんでご結婚されたんですか?」

「純粋に色々な事情があったからです! 貴族の結婚には恋愛の要素はありません! だから結婚式には意味がないんです!」


ティアがきっぱりと告げるとサイラスの顔がさらに曇り、力尽きたように椅子に座り込んだ。


「……ティア様、それで本当によろしいのですか?」


マダムに尋ねられてティアは満面の笑顔で答えた。


「はい! 私は今の生活がとても幸せです。サイラスが王都でお仕事をして、私が領地でお城のために働く。別居婚は理想の結婚の形です!」


サイラスは椅子に座ったまま頭を抱えているが、マダムは何かを察したらしい。


「……サイラス様、少し割り引きさせて頂きますわ。手強いですが、頑張って。応援していますから」


打ちひしがれたサイラスの耳元でそう囁いた。

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