33.オルレアン公
馬車の中でハリーはオルレアン公について話してくれた。
「オルレアン公は今年五十歳になるが今でもお盛んでね。公務はやりたがらず女性を口説く方に熱心なんだ。決して悪い人じゃないんだが、軽薄というか浮ついているというか……」
「王族なのに公務をやりたがらないって……」
呆れたようにサイラスが呟くとハリーも苦笑した。
「父上によると若い頃は真面目で優秀だったそうだが、二十年程前からかな、政界から遠のいて、あまり王宮に来なくなった。兄の前国王が突然亡くなったことも大きかったのかもしれない。仲の良い兄弟だったから」
「そうか」
サイラスは何とも言えずに黙りこんだ。
「オルレアン公は結婚せずに愛人を屋敷に住まわせているんだ。まぁ、そのせいで色々と言われているけどね」
「愛人を?」
「ああ、しかも三人も!」
「三人だって?同じ屋敷で暮らしているのか!?」
女性関係が派手だという噂は聞いていたが、大袈裟に広まっているのだろうと考えていた。まさか本当に愛人三人と暮らしているなんて…。
「三人ともとびきりの美女らしいぞ。一人は四十歳近いらしくてほとんど人前に姿を見せないが、チラッと見かけた使用人によると絶世の美女だそうだ」
「そんな使用人の噂までよく知っているな」
サイラスが感心したように言うと、ハリーは「俺は情報通なんだ」と片目をつぶる。
「他の二人は二十代と三十代。彼女たちも艶やかな美女のようだ。なんでも彼女たちが肌にいい保湿剤を作って、それが貴族令嬢の間で大人気。相当儲けているらしいぞ」
「へぇ」
興味なさそうにサイラスは呟いた。
オルレアン公の屋敷は王宮から少し離れた閑静な地域にあった。
さすが現国王の叔父である。
広大な敷地に城かと見紛うような豪邸がそびえていた。正門から屋敷の入口までも馬車で数分はかかる。
ウィルソン公爵家の豪華な馬車が屋敷の正面の入口でゆっくりと止まった。
馬車の扉からハリーとサイラスが降りるとオルレアン公が直々に出迎えてくれた。
「やあ、ようこそ。来てくれて嬉しいよ」
「こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」
ハリーと一緒にサイラスも深々と頭を下げる。
オルレアン公の両脇にとびっきりの美女が立っていて、彼女たちも優雅に会釈をした。
「まぁ、ヒュー様、こんな美青年がお二人もいらっしゃるなんて聞いておりませんでしたわ」
「君たちを奪われてしまっては立つ瀬がない。どうかこの年寄りを見捨てないでくれないか」
冗談っぽくオルレアン公が言うと美女二人はきゃっきゃっと笑い声を立てた。オルレアン公も美形のイケオジであり、自虐的な台詞も余裕の表れなのだろう。
なんとなく圧倒されたハリーとサイラスが当主の後についていくと、豪華な食器が用意された正餐室に案内された。
王宮に引けを取らない屋敷を見て本当に裕福なのだと伝わってくる。
豪華な部屋なのに飾りつけは派手になりすぎず上品にまとまっている。洗練された、というのはきっとこういう屋敷のことを言うのだろう。
女性との洒脱な冗談やハリーやサイラスとの会話も楽しく弾ませて、客をもてなす主人としても申し分ない。
オルレアン公は風流を解すると言われるのも納得だと、自分でも朴念仁の自覚があるサイラスは負けたような気分になった。
食前酒として爽やかな甘味のあるワインを飲みながら待っていると、きびきびとした動きの侍女たちが食事を運んできた。
前菜は、魚介、肉、野菜の一口サイズの網焼き、生ハム、貝や野菜の酢油漬けなどが皿に美しく盛られ、色鮮やかで見ているだけでも目を楽しませてくれる。
一つ一つの小さな料理に違った風味と食感があり、オルレアン公お勧めの白ワインとの相性も抜群だ。
(美味いな、ティアにも食べさせてやりたい)
これまで食事なんて栄養が摂れればいい、くらいに思っていたサイラスだが、城での滞在で美味しい料理を作る手間や想いに触れて、少しずつ考え方が感化されてきている。
「サイラス、君の奥方の話をしてくれよ。一体どんな深窓の令嬢が人気者の君の心を射止めたんだい?」
いきなりの攻撃に思わず食べ物が口から出そうになった。少し咳こみながら必死で息を整える。
「えっ、あのっ、その……」
口ごもった後、サイラスはティアの笑顔を思い浮かべた。
「俺なんかにはもったいないほど素晴らしい女性です。いつも人のことばかり考えて、自分のことは後回しで……。もっと自分を大切にしてほしいと、いや、俺が彼女のことをもっと大切にすべきだと考えています」
「きゃー、なんて大胆な告白!」
「人気の伯爵にそこまで溺愛されているなんて、羨ましいですわ~!」
二人の愛人は顔を真っ赤にして叫んだ。
ハリーもびっくりしたように口をぽかんと開けている。
オルレアン公だけは落ち着いた佇まいを崩さず、でも幸せそうな笑みを浮かべてサイラスを見つめていた。
「そうか。サイラス、良かったな。結婚おめでとう。心からお祝いの言葉を捧げるよ」
「あ、ありがとうございます」
オルレアン公の言葉には誠実さが感じられて、サイラスは素直に頭を下げた。
その後に出てきたメインの料理は子羊の香草焼きだ。極上の赤ワインとよく合う。
絶妙な焼き加減のラム肉にたっぷりと香り豊かな香草が振りかけられている。噛むと肉汁がほとばしるようなラム肉の旨味に誰もが無言で舌鼓を打っていた。
デザートのチーズケーキは濃厚で、上にかかっているブルーベリーソースの風味も堪らない一品である。
オルレアン公の料理人はさすがだ。ハリーもサイラスもお世辞ではなく彼らの腕を称賛して食事は終わった。
その後はしつこく引き留められることもなく、オルレアン公は爽やかに別れを告げて見送ってくれた。思っていたよりもずっと楽しい時間を過ごしたことにサイラスは驚いていた。
帰りの馬車の中でハリーは目を輝かせていた。
「オルレアン公は思っていたよりずっといい人だったな」
「ああ、そうだな」
サイラスも同感だった。
彼は秘密を知っているのか?
自分たちの味方かどうか確信は持てない。
ただ、敵であって欲しくないと願った。




