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32.痣

数時間後、目を閉じて指で瞼と眉間を揉みながらサイラスは考えた。


疲れたが発見は多い。


城に戻ったらティアにも教えてあげようと想像しただけで頬が緩む。


***


遥か大昔、まだこの地が未開であった頃に天変地異が起こった。その時に偶然この世界に迷い込んだ異世界からの客人がいた。


当時は小国が乱立し戦が続く時代であった。


カンゴシという変わった名前の不思議な力を持つ女性は、危機的な状況にあったノーフォーク王国を救っただけでなく、人々の怪我を治し病に苦しむ人々を助けた。


奇跡を目の当たりにした人々は彼女を神と崇め奉った。それが女神信仰の始まりである。


民衆が原始の教会を作り、女神カンゴシは魔法と呼ばれる不思議な力を国や人々のために惜しみなく使った。


魔法の研究も彼女の協力のもと、大きく発展していくことになる。


例えば、女神の魔法は人間を完全に操れる力があった。


「止まれ(プロイヴェーレ)」と詠唱すると人間の心臓を止めることもできる。


恐ろしい力であるがその力を使った魔道具も開発された。その一つが契約魔法の書である。


また、女神は元にいた世界に戻ることを強く希望しており、そのための魔法陣研究に多くの人材が関与していた。


魔法陣は、魔力を増幅、調節するだけでなく、異世界との扉としても作用するとされている。


残念ながら女神は魔法陣で元の世界に帰ることはできなかったが、多くの魔法陣の研究は遺産として教会に託された。


その後も長きに渡り、教会は魔法の研究を続けていた。


だからこそ自然災害で国が滅びそうになった時、教会は魔法陣を使い異世界から女神を召喚することに成功したのである。


召喚された女神はノーガクブと呼ばれ、魔法を使えるだけでなく作物の品種改良など植物に関する深い知識を有していた。


彼女は食糧難であったノーフォーク王国を救い、聖女として教会で祀られることになる。


始祖の女神と違い、彼女はこの世界で伴侶を見つけ結婚した。


功績が認められ、彼女はフィッツロイ公爵として叙爵された。領地は賜らなかったが、彼女の子孫は特別な一族として尊敬を集めることになる。


ここまでは既に知っている知識だ。しかし、新しい情報もある。


例えば、聖女が研究して品種改良した作物はその過程で聖女の魔力が籠められたという。既存の作物とは比べ物にならないくらい成長速度が速く収穫量も多くなる。


聖女は研究熱心だったらしく美容に役立つ植物も品種改良したらしい。保湿剤なども開発したと記録に残っている。


人間の細胞組織の代用となる物質も植物から抽出したようだ。イヴの黒色の瞳やティアの傷痕を思い出す。


サイラスが探しているのはティアの左の頬にあった赤い痣についての情報だ。


四つ葉のクローバーの形をした痣をカッサンドラは必死に隠そうとしていた。その理由を知りたい。


ティアは暴漢に襲われた時に不思議な力が使えたと言っていた。何か先祖の魔法に関することかもしれない。


司書が勧めてくれたぶ厚い本の目次を見ていく。


『女神と聖女の魔法を受け継ぐ者たち』


ふと目を引いた項目のページを探してめくってみる。


『……異世界から召喚された人間はこの世界で特殊な能力を顕現させる。普通の人間にはできない超常的な能力を魔法と呼ぶが、彼らは魔法を操ることができるのだ』


『魔法の能力は単純に子孫に受け継がれるものではない。しかし、稀に女神や聖女と同様の魔法を使うことができる先祖返りと呼ばれる人間が現れる』


『顕現する魔法は多種多様であるが、先祖返りは体のどこかに四つ葉のバースマーク(生まれついての赤い痣)がある』


サイラスの体が硬直した。


これだ。間違いない。


ティアは魔法の力を受け継ぐ先祖返りなのだ。


カッサンドラは代々フィッツロイ家に受け継がれた植物の知識を通じて不思議な力を使うことができた。


しかし、ティアの場合はもっと直接的に魔法が使える。


魔法の種類は多種多様というが、彼女は一体どんな魔法が使えるのか?


事の重大性が徐々に脳に浸透していく。


アーサーはティアの能力を知らない。


カッサンドラがティアの頬の痣を隠した判断は正しい。


もし知られたら、魔法の醜い奪い合いにティアは否が応でも巻きこまれることになったであろう。


いや、今からでも秘密を知られたら、アーサーは彼女を自由にはさせないかもしれない。


他にも彼女を狙う者たちが現れても不思議ではない。


サイラスは深い溜息をついた。


城を襲撃した暴漢たちは彼女の痣を知る者に依頼されたのか?


いや、それだったら彼女を殺そうとするのはおかしい。なにか辻褄が合わない。


サイラスは苛立ちを隠せずに机を指でとんとんと鳴らす。


いずれにしてもティアの安全と自由、そして彼女の幸せを最優先にさせることに変わりはない。


自分はそのためならどんな努力でもする、とサイラスは改めて心に誓った。


その時、ノックの音がした。


「どうぞ!」


サイラスが声をかけると扉が開いてハリーが顔を出す。


「仕事がちょっと早く終わったんだ。お前の方はどうだ?」

「俺もほとんど終わった」

「オルレアン公の屋敷には俺が馬車を出すから」


ハリーの笑顔にサイラスは感謝の気持ちがこみ上げてきた。


彼は国王との謁見についても尋ねたいことがあるに違いないが、何も言わずにいてくれる。


頼りになる素晴らしい先輩だ。


「ありがとう。助かる」


サイラスが笑うとハリーの目がぱちくりと瞬いた。


「お前、なんか、こう、変わったな。やっぱり結婚すると人間丸くなるのかな」

「なんだそれ!?」

「いや、今の方がずっといい。楽しそうだ」

「楽しそう?」


意外なことを言われてサイラスは首を傾げる。


「俺が楽しそう、か?」

「ああ、いつか奥方を紹介してくれよ。サイラスをこんな風に変えるなんてさぞかし素晴らしい奥方に違いない」


ハリーの開けっぴろげな笑顔にサイラスは思わず頷いていた。


「そうだな。いつか紹介できたらいいな」

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