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28.ここにいてほしい

その日の夕食はサイラスとティアも含めた全員が厨房のテーブルでとることになった。ちょっと狭いがこの方が距離も近く安心できる。


しかし、サイラスとセドリックが深刻な表情で厨房に入ってくると全員が顔を曇らせた。


悪い知らせがあるのは明らかだった。


「捕まえていた侵入者を尋問しようとしたところ、三人とも死んでいた」


サイラスの言葉にティアは思わず「どうしてっ!?」と叫んでしまった。


「分からない。ただ、怪我もなく病死でも毒殺でもないようだ。もし、アーサー王が背後にいるとしたら……契約魔法の書を使ったのかもしれない。契約を破ると突然心臓が止まるから……」


恐ろしくて体が冷たく感じる。死を身近に感じてティアは体の震えが止まらなくなった。


(怖い、三人も亡くなるなんて。そんな犠牲を出してまで誰かが私を襲わせたの……?)


「大丈夫だ」


サイラスがティアの頭を撫でて安心させるように微笑んでくれる。それだけで恐怖が薄れてくるから不思議だ。


「ま、今はゆっくり食べて英気を養ってよ!」


リチャードが明るい声を出した。今は彼の明るさが救いになる。食卓の雰囲気が一気に軽くなった。


今夜の夕食は野菜とベーコンのトマトスープと焼きたてのフォカッチャだ。


立方体状に切ったベーコン、玉葱、人参、ジャガイモ、キャベツ、マッシュルームをブイヨンとトマトでコトコトと煮込む。ハーブもたっぷりと加えてあるようだ。


フォカッチャは新鮮なローズマリーとオリーブオイルをたっぷり使ったので爽やかな匂いもたまらない。


「美味しそう。さすがね」


リチャードは優秀な料理人だとティアはスプーンでスープをすくう。温かい食事は身も心も温かくしてくれる。


食後のデザートのブルーベリーパイとお茶を楽しみながらリラックスしていると、サイラスが軽く咳払いをして話し始めた。


「ティアは王都よりもこの城にいた方が安全だと思う。不審者の侵入を防ぐための方策は取る。領民の中から警備員を雇う予定だ。セドリックに選抜を頼んだが、城の塗り替え作業をしてくれた若者から選ぶのがいいのではないかと考えている」


「はい。力もあるし信用できそうな若者たちでした」


セドリックが眼鏡を押さえながら頷いた。


「いずれは本職の騎士を雇って正式な護衛にするつもりだが、それまでの暫定的な措置だ」


大袈裟すぎるのではないかとティアは不安になったが、とりあえず黙ってサイラスの話を聞くことにした。


「俺は一度王都に戻り、情報を収集する。留守中はティアを決して一人にしないでくれ。できたらカーラと一緒にリヴァイ殿下が使用していた部屋で寝てもらえると助かる。あの隠し扉はこの城の者以外は知らないはずだ」


「もちろん問題ありませんわ! ティア、女の子同士、色んなお話ししましょうね」


カーラが片目をつぶるとティアはうんうんと微笑んだ。


「リチャードとジェイク、頼りにしている。どうかティアを守って欲しい」


二人は神妙な顔で頭を下げる。


「セドリック、タマラ。城のことを頼んだ。すまない。できるだけ早く戻るから」

「お任せください、旦那様!」


セドリックとタマラは胸を叩いて請け合った。


***


夕食の後、サイラスはティアをサロンに呼び出した。


翌朝早くにサイラスは王都に向けて出発する。


タマラは香りの良いラベンダーティを淹れた後、サイラスに向かって意味深な目配せをすると含み笑いをしながら出ていった。


リチャードが作ってくれたサクサクのバタービスケットがお茶うけに置いてある。


でも、真面目な話がありそうなのにビスケットを食べながらなんて失礼すぎると手を伸ばすのを躊躇っていると、サイラスが「食べないか?」と皿ごと差し出してくれた。


「ありがとうございます」と言いながら指でビスケットを摘まむ。


一口噛むと甘い風味が口の中いっぱいに広がった。


「美味しい!」

「ああ、美味いな」


サイラスは一枚を丸ごと口に入れて数度噛むとゴクンと飲み込んだ。


「リチャードはまた腕をあげたようだ」

「はい! リチャードの作るお料理とお菓子はとても美味しくて毎日幸せです!」


ティアの言葉に何故かサイラスは若干不機嫌そうな顔つきになった。


「君は、城の連中ととても仲が良いようだ」

「はい! 皆さん、とても素敵な方々で、ここに住むことができて幸運です」

「そうか」


満面の笑みで答えるティアにサイラスの顔も緩んだ。


「君は……本当に自由になるよりこの城での生活を望むのかい? その場合は、永遠に狙われる可能性があるんだよ」


ティアは俯いた。瞳から光が消える。


「私はそれでもここに居たいです。でも、城の皆さんやサイラスが私を邪魔だと思うなら……」


彼女の言葉を遮ってサイラスが両拳を握りしめた。


「ち、ちがうっ!!! 俺たちは君にずっとここにいて欲しいっ!!! でも、カッサンドラ様のご遺志を考えると俺たちの願望を押しつけていいのか迷うっ……っていうか」


我ながら凄い剣幕だと自覚したのだろう。サイラスの顔が真っ赤に色づいた。ティアも目をぱちくりさせている。


「いや、その……」


頭を掻くサイラスにティアは心から幸せそうに笑いかけた。その笑顔に魅入られたようにサイラスはティアの顔から目を離せない。


「お母さまは、私の自由にしろって言うと思います。自由に決めていいって。だから、決めます。私はこの城で皆さんと一緒に過ごしたい。できるだけご迷惑をおかけしないようにしますから……ダメですか?」


上目遣いで言われて、サイラスは真っ赤な顔で天を仰いだ。


「っ……分かった! 降参だ。君の好きにしたらいい!」

「ありがとうございますっ!」


瞳を煌めかせてティアが叫ぶと、サイラスは照れくさそうに微笑んだ。


「初めて君を見た時、なんて可憐な少女なんだろうって驚いたんだ。でも、君は去っていく人だと思っていたから……。君のおかげで、この城は明るく生まれ変わった。君は俺の人生を変えてくれた。俺は……君にここにいてほしい」


むすっとした無愛想な顔の印象が強いサイラスが笑っているのが嬉しい。


幸せを感じてティアも顔をほころばせた。

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