27. 秘密
城のみんなは厨房に集まっていた。
不安と安堵が入り混じった表情でティアとサイラスを迎えてくれる。
「ティア! 無事で良かった!」
カーラが泣きながらティアに抱きついた。
「随分遅かったですね。何をしていたんですか?」
リチャードにジトっと睨まれて、サイラスが慌てて「話をしていただけだっ!」と抗弁する。
セドリック、タマラ、ジェイクも安心したように頬を緩めてティアを見守っている。
三人の暴漢は地下に繋いであるそうだ。後でサイラスとセドリックが尋問する予定だという。
「それにしてもティア様がご無事で良かった。どうやってあの苦境をかわされたのか。本当に心配で……」
セドリックが目尻に涙を浮かべた。ティアは心に引っかかっていたことを思い出した。
「あ、あの、実は私、皆さんに隠していたことがあります。ごめんなさい!」
ティアが頭を下げると、全員がポカンと口を開けて彼女の顔を見つめた。
「これは母が『何があっても絶対に人に言ってはいけない』と繰り返していたことで……」
「待ってくれ、母君がそう言っていたなら君は話すべきではない」
サイラスが慌てたように口を挟んだ。他の面々も同意するように頷く。
「で、でも、夕べ暴漢が入りこんだのは私のせいです。皆さんにも危険が及んだかもしれない。サイラス、どうか皆さんにも私の事情を話してください」
サイラスは眉間にしわを寄せて苦悶している。
「セドリックとタマラはある程度分かっていると思うが、秘密までは打ち明けていない。秘密を知ることで危険が増す……いやでも、事情も分からず何かあったらそちらの方が危険か……」
「旦那様! ティア様の御身に関わることでしたら、私どもは知っておく必要がありますわ。私どもは何があってもティア様をお守りする所存です!」
タマラが立ち上がって主張した。他のみんなも真面目な顔で同意する。
サイラスはふぅっと息を吐くと簡略にティアの事情を説明した。サイラスは契約魔法を結んでいないので秘密を漏らしても影響はないはずだ。
ティアの両親と王妃の正体について説明すると全員の目が驚愕に見開かれた。
話し終わるとみんな呆然として声も出せないようだった。
「あの……皆さん、ごめんなさい。こんなことに巻き込んで……」
「いえ! ティア、私たちはあなたの味方よ。話してくれてありがとう。旦那様、私たちにも内緒にするなんて水くさいですわ。絶対にティアとアスター家を守ります!」
きっぱりと言い切り、力強く拳を握るカーラは頼もしい。
タマラはティアを抱きしめながら「よくぞご無事で」と囁いた。
「私とセドリックはカッサンドラ様にお会いしたことがあります。ティア様にお会いして血縁の方だろうと想像しておりましたが、詮索するなと遺言状にも記されていたので……」
セドリックも眼鏡をクイと持ち上げて納得したように頷いた。
「先代のウィリアム様が毎年大金をどこかで使っていることには気がついていました。よからぬことに使っているのではないかと心配だったのですが……そういった事情だったとは」
「ああ、父もセドリックとタマラに心配をかけてすまなかった、と」
セドリックの瞳が涙で光る。
「それで領地での税率を上げざるを得なかったのですね……お気の毒に。あれほど質素に生活し、領民にも優しかったウィリアム様が何故このように苛烈な税率にするのか不思議でなりませんでした。きっとお辛かったことでしょう」
「父が亡くなれば国王陛下に金貨百枚を払う必要はなくなる。契約では父上が生きている限りとなっていたはずだ。だから、俺が後を継いだら税率を下げて領民の生活を守ってくれ、と亡くなる時に父上が言い遺したんだ……」
サイラスの顔も悲しそうに歪んだ。ウィリアムの最期の姿を思い出したのかもしれない。
そして、サイラスはティアに向きなおった。
「それで君の秘密とはなんだい? 俺たちは決して秘密を漏らさないと誓う。何があっても君を守るよ」
ティアは大きく深呼吸をした。
「騙していてごめんなさい!」
そう言うと左の頬にある大きな傷痕に手を当てた。ぐりぐりと手で押すと傷痕がぺろりと玉葱の皮のように剥けて、全員の目が大きく見開かれた。
「……傷は?」
「ごめんなさい! この傷は偽物です。お母さまが植物の粘液を使って偽物の傷痕を作っていたんです。その……この痣、バースマークを隠すために」
ティアの左の頬も、他の部分と同様に透明感のある白磁のような肌だ。ただ、その真ん中に赤い四つ葉のクローバーの形をした痣がある。
「母は、この痣のことは誰にも話してはいけないと何度も繰り返していました。この痣にどんな意味があるのかは分かりません。ただ、これまで危険な目に遭った時に、この痣が危機を知らせてくれました」
全員が赤い四つ葉のクローバーに注目する。
「実は夕べも暴漢が入りこむ前にこの痣がぴりぴりして……」
「ぴりぴり……」
カーラが呆然と呟いた。
「なにか特別な痣なのか?」
リチャードの問いにティアは「ごめんなさい、分かりません」と俯いた。
「そのような痣のことは聞いたことがないが、今度王宮の図書館で調べてみる。カッサンドラ様が隠した、ということはきっと意味があるに違いない」
サイラスが真剣な顔で言うと、ティアの背筋がピンと伸びた。
ここからが重要な話だ。
「そ、それで、これは初めてのことだったんですが、夕べ侵入者と階段で鉢合わせした時に、左の頬がすごく熱くなりました。無我夢中で逃げようとして……体が勝手に動いたんです。目を見ながら『動くな』と念じたら、その人は本当に動けなくなって、階段を転がり落ちていきました……それで逃げることができたんです」
全員が呆気にとられてティアを見つめる。
(やっぱり、気味が悪いよね。もう、嫌われてしまうかも)
悲しくなってティアが俯くとカーラがそっと抱きしめてくれた。
「無事に逃げられて良かった。その痣にどんな力があるのか分からないけど、ちゃんとティアを守ってくれたのね。お母さまのご加護があったのよ」
ティアの瞳に涙が滲んだ。こんな自分でも受け入れてもらえると分かって胸に喜びが満ちあふれる。
「傷痕は元に戻せるかい? もし痣に不思議な力があるとしたら、カッサンドラ様の言うように隠しておいた方がいい」
サイラスが心配そうに左の頬に手を当てる。男の人の大きな手を直に頬に感じてティアの心臓が飛び跳ねた。
「はい。大丈夫です。偽物の傷痕を作るやり方もお母さまが教えてくれましたから」
「よし。君は傷痕を戻して部屋でゆっくり休んでおいで。カーラ、彼女についていてくれないか? リチャードは食事の支度を頼む。ジェイクは侵入者が入りこんでいないか庭を確認してくれ。セドリックとタマラは今後のことで話があるので執務室に来て欲しい」
サイラスがテキパキと指示を出すと、全員解散となった。