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24.サンドラの死

リヴァイとカッサンドラは国外でのびのびと幸せに暮らしているようだった。


カッサンドラからの手紙は、ウィリアムへの感謝の言葉や新しい生活の喜びで溢れていた。


アーサーに支払う金貨百枚のことを心配して、フィッツロイ家に伝わる宝石や金銭などが同封されていることもあったが、それらは全て返却して自分達のために使うように伝えた。


カッサンドラには、代々フィッツロイ家に伝わる驚くべき知識がある。特に植物に関しては常識の範疇を超えている。


食べるのに困ることはないだろうと思っていたが、実際に野菜や薬草を育てて売る仕事は順調らしい。


リヴァイは読み書きや剣術を教える私塾のようなものを始めたという。


サンドラの肖像画が届いたこともあった。リヴァイが趣味で描いたそうだ。


今まで見たことがないような明るくリラックスしたサンドラの表情から、彼女たちの幸せな様子が伝わってきてウィリアムは心から安心した。


アーサーの即位から二年経ち、アーサーとイヴに王子ロバートが誕生した。その一年後にカッサンドラとリヴァイの間にアリスティア、つまりティアが産まれた。


この頃が一番幸せだったとウィリアムはよく回想した。


契約のせいで、アスター伯爵家は国への納税以外に毎年金貨百枚をアーサーに支払わなければならない。


アスター伯爵家は比較的裕福であったが、時が経つにつれどれほど質素な生活をしていても困窮するようになっていく。


心配をかけたくなかったこともあり、カッサンドラ達と連絡を取る回数は減っていった。


その上、アーサーが国王になったせいでウィリアムは無理難題を押しつけられることも多くなった。


イヴがカッサンドラに成り代わっていることを知らない世間は王妃を傷つけたテイラー男爵家を責め続け、廃爵を求める声を無視できなくなってきていた。


世間の声を宥め、テイラー男爵家の存続に力を尽くせとアーサーに命じられたのである。


「さすがにイヴの実家だからな。つぶすわけにはいくまい」


一方的に通達し、人の気持ちなどまるで考えないアーサーの残酷さにウィリアムは自暴自棄になりそうだった。しかし、何とか踏みとどまりアーサーの命令に従った。


そのせいでウィリアムは、リヴァイを国王にするためにイヴを利用したという陰謀論まで噂され、貴族社会での孤立を深めていったのだ。


***


そんなウィリアムにとって、カッサンドラ達の幸せだけが生きる希望であった。


カッサンドラから手紙が届くたびにティアの成長や幸せそうな様子が伝わってくる。


しかし、ティアが一歳になる頃、突然リヴァイが事故死したと報告が入った。


慌てて彼らの家に向かったが、既にカッサンドラとティアの行方は分からなくなっていた。


混乱したウィリアムが必死で捜索したところ、なんとカッサンドラはティアを連れてテイラー男爵と再婚したという。それを知って愕然とした。


リヴァイは何故死んだのか?

何故すぐに再婚したのか?

しかも因縁のあるテイラー男爵と?

無理矢理、脅されたのか?


分からないことだらけだったが、カッサンドラと直接連絡を取ることはできなかった。テイラー男爵家はカッサンドラが外部と連絡を取れないようにしていたからである。


諜報からの報告によるとリヴァイは川で溺死したとのことだった。


事故死……だったのか? 


アーサーが彼の命を狙ったわけではないのか?


契約魔法でアーサーが彼らに危害を加えることはできない、はずだ。


純粋な事故なのだろうと思ったが胸のざわつきは消えない。


幼い頃から親しかったリヴァイの誠実そうな笑顔を思い出すと、悲しみに胸が塞がれ倒れてしまいそうになる。


ウィリアムは密かにリヴァイが将来アスター伯爵家を継いでくれることを望んでいた。ほとぼりが冷めた頃にアーサーにリヴァイの帰国を嘆願しようと思っていたのだ。


だが、それももう不可能だ。


セドリックからも真剣な顔で後継ぎの養子を迎えることを進言された。


係累の少ないウィリアムだが、従姉のサラがブラウン男爵の次男と結婚して息子のサイラスをもうけていた。


両親が亡くなり伯父のブラウン男爵に引き取られたサイラスを、ウィリアムは仕方なく後継ぎにすることに決めた。


***


ただ、後継ぎはリヴァイだと期待していただけに、サイラスに対する目線は厳しくなる。


まだ子供だと言い聞かせても『リヴァイ殿下は子供の頃から優秀だった』と比較してしまうのを止められない。


次期当主に相応しくなるようサイラスへの教育は自然と厳しくなった。


失意に満ちたウィリアムの苦境は続く。


伯爵家の財産を売り払いアーサーへの金貨百枚を捻出するも伯爵家の経済状態はどんどんと悪化するばかりで、領地の税率を上げざるを得なかった。


領民が苦しい思いをするのは自分のせいだ。


いっそ死を覚悟して真実を告発するべきではないかと煩悶した。


しかし、そのためにはカッサンドラの意思を確認する必要がある。


真実が明らかになれば彼女とティアは否応なく巻き込まれることになるからだ。


だが、彼女と意思疎通をはかる手段は何もなくただ月日だけが流れていった。


彼女の望みは分からないが、父親ほども年齢の離れているテイラー男爵との結婚生活が幸せなはずがない。


ウィリアムは自分の命を犠牲にして国王と王妃を告発し、真実を公表する決意を固めた。


正当な王位継承者はリヴァイとカッサンドラの血を引くティアであることも公けにするつもりだった。


それを伝えるため、彼はカッサンドラへ手紙を届けようとしたが、相変わらずテイラー男爵家の壁は厳しかった。


そんな時、ホリーというテイラー男爵家の侍女がウィリアムに近づいてきた。


たまたま王都の教会の礼拝に出席し、馬車に戻ろうとした時に話しかけられた。彼女はカッサンドラへ手紙を運搬する役を引き受けた。


「旦那様は奥様が外の者と接触できないようにしています。あのままでは奥様がお可哀想ですわ」


ホリーは涙を浮かべて、カッサンドラがいかに気の毒な生活を送っているかを訴えた。


ウィリアムは彼女を信用してカッサンドラへの手紙を託した。


しかし、その結果は最悪のものだった。


数週間後にカッサンドラが突然亡くなったのだ。


夕食を食べている時に突然吐血して倒れたそうだ。


カッサンドラの葬儀の前夜、ウィリアムはフランク・テイラー男爵に教会に呼び出された。


彼女の眠る棺の前で、ウィリアムは初めて二人きりでフランクと顔を合わせた。


王宮で何度が顔を見たことはあるが、挨拶以外で話をしたことはない。


というより、いつも避けられてきた。


「貴様はカッサンドラ様の正体を知っていたのだろう? 何故こんなことに!?」


カッサンドラと入れ替わっているイヴはフランクの娘だ。自分の妻が本物のカッサンドラ・フィッツロイだったと知らないはずがない。


ウィリアムが責めるとフランクは憎々しげに舌打ちするだけで何も答えない。黙って棺の顔の部分を開けてウィリアムに見せた。


顔の部分が白い布で覆われている。


ウィリアムは震える指で顔にかけられた布をめくった。


黒髪は在りし日のカッサンドラと同じだが、恐ろしいほど膨れあがった顔が現れて「うぐっ」と思わず呻いた。


「こんな……酷い。これじゃカッサンドラ様かどうか分からないじゃないか! 貴様は大切な方をこんな風に扱って……!」


全身を震わせながらウィリアムは嗚咽した。


フランクは無言のまま死体の瞼をめくりあげる。


瞼の下から黒い瞳が現れて、ウィリアムは絶望した。


(……やはりカッサンドラ様は亡くなったのか)


堪えようもなく涙が溢れ出た。


「……死因は?」

「分からないが毒を疑っている。でないと、こんな風に膨れあがらないだろう」

「誰かに狙われるようなことがあったのか?」


フランクがふっと嗤う。


「彼女の正体を知っているなら狙われて当然だと分かるだろう?」


ウィリアムは怒りと悲しみで声を荒げた。


「どうして!? なぜリヴァイ殿下を失ったばかりのカッサンドラ様と結婚した!? 親子ほども年の差があるのに? カッサンドラ様は嫌がっていたんじゃないのか!?」


フランクは無表情でウィリアムを見つめる。年配だが金髪碧眼の端整な顔立ちだ。彼は機械のような棒読みで呟いた。


「貴殿には関係ない。フィッツロイ家に代々伝わる知識が得られるかと思ったんだが、彼女は私を信用していなかった。何も教えてはくれなかったな」


莫迦にされているようでウィリアムはカッとなった。


拳を振り上げて「貴様っ!」と叫ぶと、フランクは白い封筒をウィリアムに押しつけた。


「これはっ!?」


封筒に書かれた文字に見覚えがある。カッサンドラの筆跡だ。


「内容は承知している。では七年後」


フランクはそういって踵を返した。ウィリアムは彼の背中をただ見つめるしかできなかった。


それが七年前のことである。

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