23.契約の儀式
*誤字脱字チェック、本当にありがとうございます<m(__)m>
「いいか! 全員、俺の言う通りにしてもらう。逆らう者は排除する」
アーサーの要求は、リヴァイと本物のカッサンドラが王位を諦め、国外で目立たぬように暮らすことだった。世間には、リヴァイは海外留学していると発表する。
そして、イヴがカッサンドラに成り代わりアーサーと結婚。実質的にアーサーとイヴが国王と王妃になるということだ。
「父上と母上には即刻隠居していただきます」
アーサーに冷たい目で告げられ、国王夫妻は滝のような涙を流している。
なぜ息子はこんな風になってしまったのかと嘆いている表情だ。
「でも、イヴ様がいなくなったらテイラー男爵家でも気づくでしょう? それに私の顔を知っている者は王宮にも社交界にも沢山います。そんなに簡単に成り代われるものでしょうか?」
カッサンドラの質問をアーサーは鼻で嗤う。
「自分の娘が王妃になるなら、テイラー男爵は我々の味方になるに違いない。世間的にはイヴがカッサンドラを襲撃して顔に怪我をさせたことにすればいい。公けの場に出る時は顔を覆う仮面をつけていれば分からないだろう」
「そんな嘘はすぐに露見します。彼女の世話をする侍女たちは素顔を見る機会があるでしょう?」
『なんだそんなこと?』というようにイヴも醜い笑みを浮かべた。
「侍女たちとは契約魔法を結びますわ」
その場の全員の顔が青褪めた。ウィリアムも驚愕を隠せない。
遥か大昔、違う世界から突然現れた女神はこの世界に魔法という不思議な力を持ち込んだ。
特に始祖の女神が遺産として教会に託したのが、魔法陣の使用書と契約魔法の書である。
契約魔法の書は巻物のような形状で、教会が厳重に保管している。
当事者双方の約束事が契約魔法の書に記されると、約束を破った時に違反者の心臓が止まるとされている。
命がけの危険な約束、それが契約魔法だ。
契約魔法の書をアーサー達は教会から手に入れたというのか?
近衛騎士団と衛兵の掌握。
契約魔法の書の入手。
これらから分かるのはアーサーが長い時間をかけて、この陰謀をくわだてていたということだ。
「契約魔法を結べば侍女たちは口をつぐむ。そのうちカッサンドラ様の顔を知る者もいなくなるでしょう」
イヴの高慢な顔が喜色を帯びる。
「それだって、あるはずの傷が顔になければ、何故顔を隠すのかと疑問に思う人間もいるでしょうね」
悔しそうにカッサンドラが叫んだ。
確かにいくらイヴでもわざと自分の美貌を傷つけるようなことはするまいとウィリアムも考えた。
「ああ、そんなことか。カッサンドラ、お前はそういうのが得意だったよな? 偽の傷痕の作り方を昔教えてくれたじゃないか。瞳の色の変え方だって」
アーサーが事もなげに言う。
フィッツロイ一族には聖女の知恵というものが代々伝わっている。
植物に関する知識が主で、例えば植物の粘液と灰や鉱石の粉を混ぜて粘膜を作り、皮膚に貼りつければ本物そっくりの傷痕に見える。
カッサンドラは唇を噛んだ。
アーサーはフィッツロイ一族の持つ知恵の内容をよく知っている。
婚約者だからと心を許して教えるのではなかったと後悔しているのだろう。カッサンドラは歯を軋ませた。
ウィリアムも国王夫妻も、怒りのあまり涙が止まらない。
リヴァイだけは相変わらず心配そうに彼女を見つめている。
いたわるような彼の視線を感じて、カッサンドラは少し気持ちが落ち着いたようだ。表情が柔らかくなる。
アーサーは国王夫妻とウィリアム、リヴァイ、カッサンドラにも契約魔法を結ぶことを命令した。
言うことをきかないと、この場で全員を殺す。そうなれば国王になれるのはアーサーしか残らない。
「そっちの方が簡単かもな」というアーサーの顔は狂気に満ちていて、ウィリアムは要求をのむしかないのかと絶望した。
アーサーは一方的に契約の内容を通達した。
一項 現国王は即座に退位し、遠方の離宮に隠居する。同時にアーサー・ノーフォークの即位を公けに宣言する。イヴ・テイラーがカッサンドラ・フィッツロイとして王妃となる
二項 一項の事実を知る契約者は、イヴ・テイラーとカッサンドラ・フィッツロイが入れ替わっている事実を誰にも話さない
「これではいくらなんでも一方的すぎる」
口内の布を外されたウィリアムは三項としてカッサンドラとリヴァイに危害を加えないことを要求した。
「なるほど……代わりに俺も何か条件をのんでもらうがいいな?」
顎に手を当ててしばらく考えていたアーサーはウィリアムの顔を見て最終的に首肯した。
三項 アーサー・ノーフォークはカッサンドラ・フィッツロイとリヴァイ・ノーフォークに危害を加えない。
その条件を聞いたカッサンドラが口を開いた。
「待って! ウィリアムの安全も保障して欲しい。それから私たちの家族も加えてちょうだい」
「家族? お前とウィリアムに家族はいないのに? そんな文言が必要か?」
アーサーは莫迦にしたように笑うが、カッサンドラは必死に言いつのった。
「将来は分からないわ。ウィリアムだってこれから結婚するかもしれないし、私とリヴァイ殿下だって、その……将来子供ができるかもしれないし」
カッサンドラだけでなくリヴァイの顔も真っ赤に染まった。
アーサーが面白くなさそうに舌打ちする。
「はっ、分かったよ。家族も入れてやる」
三項 アーサー・ノーフォークはウィリアム・アスター、カッサンドラ・フィッツロイ、リヴァイ・ノーフォーク及びその家族に危害を加えない
「これで満足か? お前たちの希望を聞いてやったんだから俺も希望も付け加えさせてもらう。ウィリアム、お前が死ぬまで毎年俺に金貨百枚を支払ってもらおう」
「アーサー殿下、それはあんまりです! フィッツロイ家の財産だってお渡ししたのに……」
カッサンドラの抗議をアーサーは無視してウィリアムに問いかける。
「どうだ? それでカッサンドラとリヴァイの安全が確保されるんだ? いい条件だろう?」
二人の命は金に換えがたい。
しかし、金貨百枚は大金だ。しかも毎年なんて……アスター伯爵家の全財産を尽くしても足りるか分からない。
苦渋の決断だがウィリアムは頷いた。
「ほら見ろ! 契約成立だな」
四項 ウィリアム・アスターは、アーサー・ノーフォークに死ぬまで毎年金貨百枚を支払うものとする。
ウィリアムは悔しくて歯を嚙みしめた。
金のためじゃない。こんな男が国王になってしまうのかと絶望したのだ。
しかし、彼に逆らったら全員この場で殺されてしまうだろう。
それにカッサンドラとリヴァイの幸せを考えると、これが一番穏当な結論なのかもしれない。
彼は諦めて首を縦に振った。
国王夫妻も涙を流しながら頷いている。
カッサンドラとリヴァイは悲しそうにお互いを見つめ合った後、契約に同意することを伝えた。
アーサーは古めかしいペンを取り出し、羊皮紙のような巻物に合意した項目を書き始めた。
四項の内容をウィリアムたちに見せて「いいな」と確認すると、イヴが全員の親指に針を刺して血の一滴を巻物に吸わせる。
ウィリアムの血が契約魔法の書に沁み込むと、心臓を鷲掴みにされるような違和感を覚えて思わず「うっ」と呻き声をあげた。
痛みはすぐに消えたが、カッサンドラたちも顔色が悪い。
契約魔法は本当に有効なのだと本能で悟ったのかもしれない。
アーサーが呪文を唱えると契約魔法の書が一瞬だけ青白く輝き、すぐに光が消えた。
羊皮紙に書かれた文字や血の跡はまったく残っていない。
「文字や血は消えても契約は残っている。忘れるな」
高笑いを浮かべてアーサーとイヴは去り、ウィリアムたちは解放された。
国王と王妃は深刻な顔つきで自室に戻っていく。
カッサンドラとリヴァイはウィリアムに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。無責任なようですが、アーサー殿下とは結婚したくありませんし、争うことも苦手です。私はリヴァイ殿下と共に外国で静かに暮らすことを望みます」
彼らの気持ちは理解できる。ウィリアムは無理に笑顔を浮かべて二人の手を握った。
「できるだけの協力はするよ」
***
その日の夜、国王が亡くなったと聞き、ウィリアムはさらなる絶望に足元から崩れ落ちそうになった。
どうやら、国王はアーサーの陰謀を誰かに漏らして息子を止めようとしたらしい。
契約魔法は現実のものなのだとウィリアムの全身に鳥肌が立った。
何も知らない貴族や国民が亡き国王を追悼しつつ、若くて魅力的な新国王の即位を歓迎する中、ウィリアムは一人孤独な戦いを続けていた。
国王が急死し、すっかり憔悴した王妃は遠方の離宮に送られていった。そこで静かに余生を過ごすという。
アーサーでもさすがに実の母親にこれ以上残酷なことはしないだろうと信じるしかない。
一方、リヴァイは国外に留学するということが大々的に発表された。
そんな中、イヴ・テイラー男爵令嬢がカッサンドラ・フィッツロイ公爵令嬢を襲撃し、顔に大怪我を負わせたという茶番劇が繰り広げられ、二人の入れ替わりも行われた。
イヴは自害したと発表されたが、テイラー男爵家にどのような説明がされたのかは全く分からない。
ウィリアムはカッサンドラとリヴァイの今後で頭がいっぱいだった。とにかく今は二人を安全な場所に移動させたい。
二人を無事に国外に逃がした後、ウィリアムは一切の公職から身を引き、領地の城に引きこもるようになった。
*腹の立つ展開ですが最後はざまぁ!になる予定ですのでどうかご容赦くださいませ<m(__)m>