21. 第二王子 リヴァイ
アスター伯爵の城は風光明媚な高地にある。
城の周囲には森があり、その向こうに町が見える。
夕方の六時を知らせる教会の鐘の音が、風に乗って微かに聞こえてきた。
「ここは相変わらず素敵なお城ですわね。景色もいいし庭も綺麗。風が通って気持ちいいです」
カッサンドラが微笑むとリヴァイが誇らしげに胸を張った。
「そうだろう? 僕は時間ができるとここに来ているんだよ。ウィルは結婚していないから後継ぎがいない。いずれ養子になってアスター伯爵家を継がないかってウィルに打診されたんだ。父上と母上も賛成してくれたし、有難くお受けしようと思う。だから、ここで領地管理人のセドリックから勉強を教えてもらっているんだ」
瞳を輝かせるリヴァイを、カッサンドラは眩しそうに眺めた。
「まぁ、素敵ですわ。……羨ましいです」
「サンドラは王宮が嫌い?」
「いえ、両陛下には大変良くしていただいています。ただ……自分の居場所と感じるには恐れ多すぎて……フィッツロイ家の屋敷は既に他の方の手に渡ってしまったと聞きましたし」
リヴァイが驚いたように目を見開いた。
「ええっ!? フィッツロイ家の財産はすべて君のものだろう?」
カッサンドラは恥ずかしくなって俯いた。
「あの、アーサー殿下が、その…管理してくださっていたんです。私も殿下にお任せしっぱなしだったのが悪いのですが、知らない間に売却されていたようで」
「信じられない!」とリヴァイは爪を噛みながら悔しがっている。
「父上も母上も兄上に甘すぎるんだ。今回だって、あんなことまで引き起こしたのにサンドラとの婚約を復活させようとするなんて!」
眉根を寄せて口を尖らせるように文句を言うリヴァイが微笑ましくて、重かった胸が軽くなった。
ふふっと笑うと「また子ども扱いして!」とリヴァイが拗ねたように横を向く。
耳が赤くなっているのも可愛い。
カッサンドラはそう思ってしまった。
一緒に王宮で育ってきた二歳年下のリヴァイは弟のような存在だ。
「私はもうアーサー殿下とは結婚できません。殿下も嫌でしょうし、イヴ様は怖いので恨みをかいたくありませんから」
カッサンドラははぁっと大きな溜息をついて大きく伸びをした。
「私と結婚しなくても王位につけるようにして差し上げられないかしら?」
「それは難しいだろうね。王族だけの問題じゃない。国全体の伝統だから」
「そうね……でも、私が一生独身だったらどうするのかしら?」
びくっとリヴァイの肩が揺れた。
「サンドラだったら、結婚したい男は沢山いるよ」
「でも、私は王位のためじゃなく、私と結婚したいから結婚してくれる人がいいの。そんな人はいないわ」
諦めたように言うとリヴァイの顔が真っ赤になった。
「そんなことない! 君だから結婚したい男は沢山いる! ぼ、ぼくだって……」
必死な顔で訴えるリヴァイを見ていたら、カッサンドラの頬も熱くなった。
「リヴァイ殿下は……お優しいからアーサー殿下から捨てられた私を可哀想だと思う気持ちを勘違いなさっているのでは……」
「ち、ちがう! そうじゃないんだ! 僕はずっと前から……」
リヴァイは唇を噛んだ。
「一緒に来て!」
そう言ってカッサンドラの手を掴んで城の中に戻り、階段を昇っていく。一番上の階に東の塔に向かう階段があった。
薄暗い階段を昇ると明るい空間に出たが壁しかない。
ぽつんと小さな絵が白い壁にかけられていた。その絵の背後に手を滑らせるとリヴァイはいたずらっ子のように「ここを押すと開くんだ」と笑った。
ガチャン
何もない壁が割れて扉のように開いた。こんな隠し扉は初めて見る。
「僕がこの城に入り浸っているから、ウィルが安全のために僕の部屋が分からないように隠し扉にしたんだよ」
得意気にニッと笑う。
しかし、彼は緊張しているかのように自分の胸に手を当てると「ウィル以外の人間を入れるのは初めてなんだ。さあ、入って」とカッサンドラを部屋の中にいざなった。
中に入ってカッサンドラは言葉を失った。壁一面に何十枚もの肖像画が描かれている。
幼い頃から大人になるまでの自分の絵だ。
「リヴァイ殿下……これは?」
「ごめん。……引いた? 僕はずっと昔から君のことが好き、なんだ。でも君は兄上のお嫁さんになる人だから忘れなくちゃって。でも、どうしても忘れられなくて、君の肖像画を描いてもらったんだ」
幼い頃、両親と一緒にいる自分も描かれている。
懐かしい屋敷と可愛がっていた愛犬もいる。
こんな頃から自分を想ってくれていたのかと思うと胸が切なくなった。
派手なアーサーと違い、リヴァイは地味な目立たない王子だと言われてきた。
しかし、誠実な優しさと真面目さは昔から変わらない。
アーサーよりもリヴァイといる方が心安らぐと思ったこともある。
でも、男性として意識したことは正直なかった。今の今まで。
カッサンドラの頬が熱くなり、心臓がどきどきと早鐘を打ち始めた。
「あ、あの、これから、その、一緒に時間を過ごして、もっとリヴァイ殿下のことを知りたいです」
リヴァイの顔は一瞬輝いたが、すぐに不安そうに曇った。
「で、でも、僕は兄上みたいな目立つ美男子じゃないし、背も低いし、地味だし」
「そんなの私が気にすると思いますか? リヴァイ殿下はとても素敵です。私こそイヴ様のような華やかな美貌の方にはかないません」
「そんなことないっ、サンドラは誰よりも美しいよ!世界一だ!」
拳を握りしめて力説するリヴァイを見て、くすくすと笑いがこぼれる。
長い間こんな風に心から笑えることはなかった。
リヴァイも幸せそうに顔をほころばせて、おずおずと彼女の手に指を伸ばした。