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20. 婚約破棄

「夕べの暴漢は三人とも捕まえた。逃げられる前に間に合って良かったよ」


サイラスの言葉にティアはホッと胸を押さえた。


「良かったです。……強盗だったのでしょうか? 私は金目のものを何も持っていませんが……」


自分が狙われたということをまだ認めたくない。金品目当ての強盗であってほしいとティアは願っていた。


「いや、狙われたのは君自身だ」


サイラスは無情に頭を振る。


彼は何度か口を開いては閉じるという動作を繰り返していたが、思い切ったようにティアの肩に手を置いて告げた。


「君はこの国の正当な王位継承者なんだ」

「……………は?」


あまりに思いがけないことを聞いて、ティアは思わず噴き出した。サイラスが冗談を言っているのだと思ったのだ。


しかし、彼の顔つきは真剣でティアの顔から血の気が引いた。


「あの、ちょっと意味が分からないのですが……」

「言葉通りだ。君は王族なんだよ。しかも正当な王位継承者だ」

「は……? まさか、そんな……」


やっぱり笑うところだと思ったがサイラスの表情は強張ったまま。


「え……」


あまりのことに脳が意味を理解できているのか自信がない。受け止められない情報に混乱するティアの手をサイラスはぎゅっと握った。彼の手の温かさのおかげで何とか意識が現実に戻ってきた。


「君の母君であるカッサンドラ様はそれを君に知らせたくなかったそうだ。俺の父、つまり先代のウィリアム・アスター伯爵はそう言っていた。だが、事態がこうなってしまっては仕方がない」


カッサンドラとは確かに母の名前だ。周囲の人間はサンドラと呼んでいたが……。


正直、ふらふらして倒れそうだが、しっかりしろとティアは自分に言い聞かせた。


両手で勢いよく自分の頬を叩き「はい、大丈夫です。聞かせてください!」と真っ直ぐにサイラスの目を見つめた。


彼はそんなティアを温かい眼差しで見つめる。


「君は勇敢だな」


そして長い昔話が始まった。


***


「カッサンドラ・フィッツロイ! お前との婚約を破棄する! 卑劣な手段でイヴを傷つけた罪は許されない!」


王太子アーサー・ノーフォークは舞踏会の会場で突然宣言した。


今宵の舞踏会に国王夫妻は不在だ。


王太子の後先考えない発言にウィリアム・アスター伯爵は額を押さえた。


(なんと愚かな……)


ノーフォーク王家にとってフィッツロイ公爵家がいかに特別であるか、まったく理解できていないのだろう。


フィッツロイ公爵家に結婚適齢期の令嬢がいる場合、彼女が正妃になることは伝統的にも法律的にも決定事項なのである。


したがって、彼女との婚約を破棄するということは自ら王太子の地位を投げ捨てるに等しい。


「ウィル、彼女は大丈夫か?」


アーサーの二歳年下の弟であるリヴァイ第二王子がウィリアムに囁いた。心配そうに彼が見つめているのはカッサンドラ・フィッツロイ嬢である。


婚約破棄を告げられ、罵詈雑言を浴びせられてもカッサンドラは顔色一つ変えない。


「私がイヴ様に卑劣な行為をしたことは一切ございません。それは周囲の皆さまもご存知ですわね?」


周囲を見回しながらカッサンドラが微笑むと、周りにいた貴族たちはなんとなく頷いた。


「……そもそもカッサンドラ様が他人を傷つけるなんてあり得ない」

「高潔で誇り高いフィッツロイ一族の姫君に何て無礼なことを……」


ざわざわと貴族たちが囁く。アーサーは苛立ちを隠さずに周囲を睨みつけた。


「おい! 俺は王太子だぞ! 俺が……」


その時、厳かな声が聞こえた。


「俺が、なんだというのだ?」

「へ、へいか……? どうしてここに……?」


アーサーの顔が紙のように白くなる。ふらつく体を隣のイヴが支えるが、彼女も悔しそうに表情を歪めた。


「カッサンドラ嬢との結婚が国王になる条件だ。もし、婚約を破棄するというなら自由にすればいい。ただし、その場合お前はもはや王太子ではない」


「そんな!? 父上! そんな古くさい伝統なんて無視すればいいじゃないですか? 俺はれっきとしたあなたの長男ですよ!」


アーサーの必死の抗弁も国王は一蹴した。


「我が祖先の遺言を古くさいと言うお前に国王たる資格はない! おい! 衛兵、その者らを捕えよ」

「なんだよ! なにするんだ!?」

「私までなによ!」


アーサーとイヴは衛兵に連れていかれた。


ざわつく貴族たちを静めると国王はカッサンドラに近づいた。


「サンドラ、大丈夫か?」

「はい、陛下。お騒がせして申し訳ございませんでした」


カッサンドラの愛称サンドラは親しい人間しか使わない。


カッサンドラは幼い頃に事故で両親を亡くしている。フィッツロイ家の最後の生き残りと言われたカッサンドラは王宮に引き取られ大切に養育されていた。


国王夫妻はいわば彼女の親代わりでもあったのだ。


「ウィル!」


国王に呼ばれてウィリアムは急いで彼らの近くに駆け寄った。


「サンドラを頼む」


ウィリアムは「御意」と言って、カッサンドラを別室にエスコートした。


不安げな表情を隠せないリヴァイも後に続く。


「リヴァイ殿下、まだ舞踏会は続いています。私に付いていらっしゃる必要はないですわ」


カッサンドラの言葉にリヴァイは頑なに首を振った。


「……兄上は愚かだ。君にあんなことを言うなんて!」


彼女はふっと微笑んだ。


「私はアーサー殿下からずっと嫌われておりますから」

「王位はともかく君と結婚できるなんて天に感謝すべき幸運なのにさ!」


リヴァイは口を尖らせると、はっと我に返って「いや、いまのは別に……」と顔を赤くして狼狽する。


つられてカッサンドラの頬も急速に紅潮した。


「リヴァイ殿下はお優しいですわ」


小さな声でサンドラが呟いた。


ウィリアムは二人のやり取りを微笑ましく見守っている。


その後、アーサーは王太子の地位を手放すことを拒み、イヴと別れるからカッサンドラとの婚約を継続すると前言を翻した。


「嫌ですわ!」


国王夫妻とのお茶会でカッサンドラは断言した。


「……無理もないわ」


王妃は気の毒そうに頬に手を当てる。


「婚約破棄するって宣言した男性に、王位につきたいからやっぱり結婚するなんて言われたって嬉しくもなんともないわよ」

「それはそうなんだが……そうすると王位はどうなる?」


国王も頭を抱えている。


「……しばらく考えさせてください。アスター卿が領地の城に招待してくださっているので、少しの間そこで静養させていただきたいのです。リヴァイ殿下も一緒に来てくださるそうですし」


子供の頃に両親を亡くして身寄りのないカッサンドラは、国王に引き取られ王宮で暮らしているが、ウィリアム・アスター伯爵が彼女の後見人として指名されている。


ウィリアムは第二王子リヴァイとも親しいので、二人を領地に招待することはこれまでもあった。


「ああ、それがいいだろう。ウィル。サンドラとリヴァイをよろしく頼む」


控えめに部屋の隅に控えていたウィリアムは会釈をしながら「御意」と呟いた。

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